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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

ま、間違えたーッ!

遺体搬送業務の話。
もう随分と前のこと、遺体を自宅から葬儀式場へ搬送する依頼が入った。
病院へのお迎えは「今すぐ」という依頼がほとんどだが、自宅へのお迎えは事前に時間を決められているケースがほとんど。
時間厳守も礼儀のひとつ。到着時間に余裕を持って連絡された住所へ車を走らせた。
当時はまだカーナビはほとんど普及しておらず、いつも縮尺一万分の一地図を使用して目的地に行っていた。それで、大きな支障はなかった。

指定された地番に依頼者名の入った表札を見つけるのは容易だった。
インターフォンを鳴らすと、家の中から初老の女性が出てきた。少し疲れた様子だった。
「故人を迎えにきた」旨を伝えると、少々怪訝そうな表情で私を家の中に通してくれた。
話がスムーズに通らないので、ちょっと変に思いながらも私は家の中に入った。

そして、仏間に通された。
てっきり、布団に寝かされた遺体があるものと思っていたのに、部屋には何もない。
よく見ると、扉の開いた仏壇の前に、お骨・遺影があった。
「?」と思った私は、「あのぉ、故人様は?」と尋ねてみた。
女性は、お骨に目をやって、「こんなに小さくなってしまって・・・」と泣きそうになった。
私の「?」は更に大きくなった。
次に何を言っていいのか分からなくて黙っていると、女性は「○日前に火葬して・・・」と、葬式の話をし始めた。
「住所は間違いないし、名字も合ってる」「なのに、故人は骨になっている」「どういうことだ?」あれこれ考えているうちに心臓がドキドキし始めた。
そして、やっと気づいた。

「ま、間違えたーッ!」
そう、私は行くべき家を間違っていたのである。

一瞬、頭が真っ白になったが、呆然としているヒマはない!
あとは、この場をどう取り繕って退散するか。
とにかく、ゆっくり仏壇の前に正座し、うやうやしく焼香をした。
冷汗をかきながら、その間にうまく脱出する策を考えた。
・・・葬儀を無事に終えた疲労をねぎらい、落ち着かれた頃に伺って焼香だけでもさせてもらいたかった旨を伝え、お骨になると喪失感も倍増するのであまり気落ちされないように励ました。
そして、「それでは、私はこれで失礼します」と深々と頭をさげて、玄関を出た。
女性の方も「わざわざ、ご丁寧に恐縮です」と言った感じで私に頭を下げた。

「故人を迎えに来た」と言って家に入っておきながら「焼香に来た」と用件をすりかえ、しかも名前も名乗らないまま退散。我ながら怪し過ぎる!

私は逃げるようにその家から離れて一息ついた。
家を間違ったことは分かったけど、今度は本当の目的地に行かなくてはならなかった。
心臓はバクバクと鼓動したまま、約束の時間を少し過ぎていることが合わさって焦りに焦った。

目的の家は、間違った家の近所で、番地も名字も全く同じだった。
確かに、同じ番地の家が数件あるような地域は珍しくない。
ただ、よりによって同番地・同姓で、葬儀を終えたばかりの家があったなんて・・・。

今度は、故人をフルネームで慎重に確認した。
時間も大幅に遅れることなく到着できて、ホッと一息。
しかし、すぐに一息なんかついている場合じゃないことに気がついた。
間違って訪問した家はこの家のすぐ目と鼻の先。
万が一あの女性が私の居る間にこの家の前を通りかかりでもしたらアウト!だ。
とにかく、回りの人影にビクビクと怯えながら急いで遺体を車に積み、ここも逃げるように車を出した。
幸い、どちらの家にもミスを気づかれずに済んだが、私は胃に穴が開きそうな思いをした。自業自得だけど。

結局、間違って行った家の女性が憔悴していたことが幸いして切り抜けられた訳だが、後から女性の方も「???」と思ったことだろう(ゴメンナサイ)。

次は遺体処置業務の話。
これも、もう随分と前のこと、遺体処置の依頼が入った。
この家にも地図をみながら出向いたのだが、その家はすぐに見つけることができた。
家族も私の到着を待っており、話はスムーズに通り、私は家に上げてもらった。

玄関から近い薄暗い和室に布団が敷いてあり、掛布団が盛り上がっていた。
「この部屋か」と、その部屋に入り、布団の前に正座した。
遺体は頭までスッポリと布団をかぶっていた。
うやうやしくお辞儀をしてから掛布団を取ろうとした時、死んでいるはずの遺体が寝返りをうった。「うッ!?」と、思わず体が反った。
と同時に遺族の女性(嫁)が後から部屋に入ってきて「そっちじゃない!そっちじゃない!」、「こっち!こっち!」と、笑いながら片手で口を押さえ、片手で手招き。

「ま、間違ったーッ!」
そう、私はお昼寝中のお爺さんを遺体と間違えたのである。

家の奥からは、「爺さんはまだ生きてるよぉー。殺しちゃダメだめだよぉー(笑)。」と、中年男性(故人夫婦の息子)の笑い声も聞こえてきた。
目当ての故人はお婆さんで、私が死人と間違ったお爺さんの奥さんだった。

遺体処置の場には、家族に集まってもらう訳だが、先程の失敗が尾を引いてかなり気まずかった。
しかし、すごく大らかと言うか寛容な遺族で、男性(息子)は、昼寝から起きてきたお爺さんに、「さっきコノ人、爺さんが死んでると思って間違ったんだぞ」と茶化しながら報告。
そして、お爺さんの方は「ああ、そうかい・・」と言って意に介していない様子。
女性(嫁)も声を殺して爆笑しているのが分かった(肩がスゴク揺れていた)。
・・・分かり易く言うと「ちびまる子ちゃん一家」に似た雰囲気の家族で、とにかく、私はそれで救われた!
一方の私はどんな顔をしていいのか分からず、ただただ苦笑いをしながらペコペコするしかなかった。
本来は、主役であるべき故人(お婆さん)の存在が薄らいでしまったが、「生前も粋な家族に囲まれて幸せだっただろうな」と冷汗をかきながら思った。

お爺さんは、冷たくなった妻(お婆さん)の額を弱々しく撫でながら、「あっと言う間だった・・・なぁ、婆さん・・・」と一言つぶやいた。
共に80歳を過ぎた老夫婦。
何度も何度も妻の額を撫でていたその姿と、その言葉が心に残った。

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