Home特殊清掃「戦う男たち」2006年分まりも(前編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

まりも(前編)

「毬藻」を知っているだろうか。

子供の頃、私の家には毬藻がいた。
祖父が買ってきたものらしかった。
小さな容器の水の中、いつまでもジッとしている緑の球体が不思議に思えた。
実際にも摩訶不思議な生物らしい。

「毬藻」は知っていても、「毬藻人間」を知っている人はいないだろう。
私は、不本意にも毬藻人間と遭遇してしまったことがある(本件に限らず何度も)。

ある日の午後、遺体搬送の依頼が入った。
遺体搬送業務の制服はスーツなので、私はスーツに着替えて出発した。
到着した現場は、警察の霊安室。
何人かの人が入口の前で右往左往しており、中には誰も入れない様子。
どことなく、ザワついた雰囲気だった。

「ヒドイよー!」「クサイよー!」と嫌悪する誰かの声が聞こえた。
正直言うと、私も中に入るのはかなりの抵抗があったのだが、仕事の責任があるので仕方なくドアを開けた。

「ブハッ!」
「ゲホッ!」
あまりの悪臭に、鼻と肺が空気を吸うのを拒んだ。
それ以上、ドアから先に進むことができなかった私は、急いでドアを閉めて一時退却。

とにかく、モノ凄い臭いだった。
普段嗅いでいる腐乱臭を、もっと生々しくしたような臭い(と言っても分かる訳ないか)。
私は、簡易マスクを何重にも着け、気持ちを落ち着けて再突入。
寂しいことに、後に続く者は誰もいなかった。

検死の終わった遺体は、ステンレス台に置かれていた。
バンバンに膨らんだ身体は、今にも溶けだしそうに全身緑色。
全体の形を見ないと、人間だと分からないくらいに酷い有様だった。

「これをどうやって運べっつーんだよ!」
私は、誰にでもなく腹が立ってきた。
遺体搬送業務では、大した装備は携行しない。
しかし、これは特掃級の装備が必要なレベルだった。

中は猛烈な悪臭が充満しており、私の身体は一瞬にしてその悪臭を纏った。
遺族や故人には申し訳ない表現だが、私にとってその遺体は「緑色の怪物」。
私は、怪物を前にしばらく立ち尽くすしかなかった。
そして、どうやって運び出すかを悶々と考えた。

とりあえず、私一人では無理なことは明白。
誰かの助けが必要。
助手を頼めそうな人がいないかと、外に出てみた。
すると、ほとんどの人が私と目を合わすことなく蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「うわぁ、薄情だなぁ」
わずかに残った人も、私が何か言う前から私と目を合わせようとしなかった。
イザと言う時の人の冷たさを、あらためて痛感した。

そんな中でも、一人だけ「手伝ってもいい」と言う人がいた。
本件の担当刑事らしかった。
仕事への責任感からか、慈善意識からか分からなかったが、とにかく助かった。
イザと言う時の人の温かさを、あらためて痛感した。

私は、その人と中に入り、ジェスチャーを交えながら作業手順を打ち合わせた伝えた。

どちらにしろ、遺体は納体袋に入れなければならないのだが、このままの状態では持ち上げることさえできない。
とりあえず、吸防水シーツで遺体を包んでから納体袋に入れることにした。

まずは、遺体を横に転がすようにしながら、背中からシーツを回し、膨張腐敗した怪物を包む作業。
この作業が、かなり過酷なものになった。

何倍にも膨らんだ遺体の表皮は苔のようなものが付着して、全身緑色。
あちこちに水房ができて破れている。
そして、各所から黄色・茶色・緑色の液体が漏れ出していた。
そのクサイことと言ったら・・・文字でしか表現できないのが悔しいくらい。

身体に触ると皮がズルッと剥けてしまい、下からツルンとした白い脂肪層かでてくるような始末。
シッカリ持つために力を入れようものなら、腐った肉に自分の指がグズグズと食い込んでいく・・・。
でも、そんなことを躊躇っていたら、一向に作業が進まない。

「もー、最悪!」
私は、開き直って手を汚すしかなかった。

つづく

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