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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

榴の咲くころ(後編)

病院から出発する頃、時間は明け方近くになっていた。
それでも、晩冬の夜明けは遅く、まだまだ空は暗い。
澄んだ空に、光る星がきれいに見えていた。

「行き先は、ご自宅じゃないんですか?」
「自宅なのですが、その前に行きたいところがありまして・・・」

料金メーターこそついてないものの、遺体搬送業務の料金体系はタクシーと同様。
走行距離・時間帯・待機時間によって、かかる料金が変わってくる。
私は、時間のことも気になったが、増額されていく料金が気にかかった。
しかし、夫を亡くして消沈している女性に
「料金が上乗せされますが、よろしいですか?」
なんて確認はできなかった。

「で、どちらに行けばよろしいですか?」
「○○公園まで・・・主人と私が好きな場所なんです」

後部座席(故人の横)に座った女性は、ずっと何かしらの言葉を故人に掛け続けていた。
そして、シーツの上から故人の身体を摩っていた。
「死別って、やっぱ悲しいもんだなぁ」
東の方から白んでくる空の下、ハンドルを握る私はそんな風に思った。

ちょっと余談。
最近の傾向として、病院から自宅に行くケースは減っている。
逆に、斎場の霊安室や葬儀場に直行するケースが増えている。
単なる自宅スペースの問題なのが、遺体を家に置くことに不安があるのか分からないが、そんな傾向が強くなっている。
その場合、遺体を運ぶルートに自宅前を入れることがある。
「安置はできないけど、せめて故人に自宅を見せてあげたい」
そう願う遺族が多いからだ。

ただ、この場合は違った。
行き先が夫婦の思い出の地と聞いて、私はますます料金のことを言い出せなくなった。
「俺の裁量でサービスできるかもしれないけど、距離メーターにはバッチリでるからなぁ・・・あとは野となれ山となれ」

特に急がなければならない道程ではないので、私は快く引き受けた。

夜が明けて到着した○○公園は大きな公共公園だった。
梅・桜・榴など、たくさんの草花や樹木が植えられ、広い芝地もあった。
その広大さから、昼間は多くの人が憩っているであろうことが伺えた。

「さてさて、どこに車を停めようかな」
駐車場は営業時間外。
眺めのよさそうな所を探して周囲を走り、ちょっとした停車スペースを見つけた。

「二人でよく来た○○公園よ」
女性は故人に話し掛けながら泣いていた。私は黙っていた。

「主人を車から降ろすことなんてできませんよね?」
「え!?降ろすんですか?さすがにそれは・・・」
私は、驚き弱った。
女性の気持ちが分からないでもない。
しかし、公共の場所に遺体をさらすことには抵抗があった。
女性にとっては愛する夫、私にとっては大事なお客さん。
しかし、一般の第三者にとってはただの遺体(死体)。
それを外に出すことなんて、とてもできることではなかった。

「できる範囲のことをしよう」
私は、そう考えた。
故人は車の右側に積んでいる。
公園の景色が右側にくるように、車の向きを変えた。
そして、担架の固定ベルトを一つ外し、故人をスッポリ包んでいたシーツの顔の部分だけをめくった。
面布を取ると、故人の顔が現れた。

「故人様を外に降ろすことはできませんけど・・・」
私はそう言って右のスライドドアを開けた。
冬の乾いた空気が冷たかった。

何分にも早朝のことで、街の人通りが少なかったことが幸いし、ゆっくりと公園を眺めてもらうことができた。

女性は、感慨深そうな表情で外の景色を眺めていた。
「二人でオニギリ持って、榴の花見によく来てたんですよ」
梅や桜を愛でる人は多いけど、この夫婦は、ひっそりと咲く榴が好きだったらしい。

「榴かぁ・・・俺の人生には花がないなぁ」
私も車を離れ、身体を伸ばしながら深呼吸した。
睡眠不足で目がショボショボしていたけど、女性と故人の静かな別れが気分を穏やかにしてくれた。

女性は、きっと元気を取り戻して、また一人で公園に来るだろう。
残りの人生で何度出会うことになるか分からない、榴が咲くころに。

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