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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

家族(前編)

特掃の依頼が入った。
亡くなったのは中年女性、独り暮らしだったらしい。
依頼者してきたのは、故人の夫から委託された管理会社。
当の夫は、仕事の都合で遠方に単身赴任。
仕事の都合がなかなかつかず、葬式を済ませるのが精一杯で部屋の片付けまでは手が回らないらしかった。

現場は、閑静な高級住宅街に建つマンション。
現場に着いて驚いた。
「うわぁ~いいマンション!俺には場違いなところだなぁ」
敷地内の駐車場には高級車ばかり、出入りする住人達は上品そう。
勝手な想像ながら、人々は生活に追われているように思えず、みんなが笑顔で暮らしているように見えて羨ましかった。
「一体、何をどうすればこんな暮らしができるんだろう」
私は、諦めの溜め息をついた。

ピカピカに磨かれた大理石のロビーは、いつもの特掃靴で入るのは申し訳ないくらいだった。
(ちなみに、特掃靴は普段はきれいにしている。)

管理事務所で鍵を借り、暗証番号を教えてもらってから上階の部屋に向かった。
玄関前に立っても腐乱臭は感じなかった。
玄関ドアには、「携帯電話?」と思うような鍵がついており、厳重にロックされていた。
「間違って警報でも鳴らしたら大変だ」
私は、教わった番号を慎重に押し、鍵を回した。

「失礼しま~す」
私は、誰もいるはずのない部屋の玄関を開けた。
すると、プ~ンといつもの腐乱臭。
「やっぱこの臭いか!高級マンションでも、この臭さは変わりないな」
そして、玄関から伸びる廊下を目を凝らしてよく観察した。

玄関の上がり口を観察するには理由がある。
パッと見はきれいでも、よく見ると汚れていることがよくあるからだ。
それが、普通の家庭汚れなら我慢もできる。
注意しなければならないのは腐敗液・腐敗脂の類。
特に腐敗脂は見えにくいので要注意。
そんなのを素足(靴下は履いてるけど)で踏もうもんなら、もう大変。
精神的にも物理的にも、その汚れは簡単には落ちない。

また、警察が遺体を回収するときに土足で上がり込んだのか靴を脱いで上がったのか、それを見極めることも肝心。

普通、土足のまま家に上がる人はいまい。
ましてや、人様のお宅に靴を履いたまま上がり込むなんて、もってのほかだ。
しかし、特掃の現場ではそれが許されることがほとんどなのだ。
土足には土足、素足には素足、私も警察の足跡に従うようにしている。

結局、この現場では特段の汚れと警察が土足で入った形跡は目につかなかったので、私は靴を脱いで部屋に入った。
部屋はきれいで広く、外の眺望もよかった。
更に、置いてある物も高そうなものばかり。
「お金持ちって、ホントにいるんだなぁ」
と、感心。
しかし、それら全てを腐乱臭とハエが台なしにしていた。

目当ての腐乱痕は台所にあった。
「これか・・結構ヒドイな」
故人は、台所に立って料理でもしていたのだろうか、流し台から床にかけて茶黒い腐敗液がベットリ付着していた。
あちこちにべばり着く長い髪が、唯一、故人が女性であったことを物語っていた。

見積を立てる材料を集めるため、汚染箇所を中心に部屋のあちこちを観察した。
台所の周囲はウジ・ハエで汚れていたものの、部屋全体はきれいに片付いており、上品な生活ぶりが感じられた。
だだ、調った部屋に似合わないゴミとワインの空瓶が目についた。
「ゴミ出しって面倒臭いからなぁ・・・」
ゴミを溜めた故人を心の中で弁護した。

私は、汚染箇所を眺めながら思った。
「どんなお金持ちでも、どんな上品な人でも、死んでしまえばただの肉塊と言うことか・・・」
「そして、腐ってしまえばただの臭い汚物・・・」
「故人も、まさか自分がこんな死に方をするなんて、思ってもみなかっただろうなぁ」

一通りの見分を終えた私は、管理事務所に挨拶をしてから現場を離れた。
しかし、程なくして現場にUターンすることになるのだった。

つづく

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