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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

家族(後編)

管理事務所からの急な要請が入り、私は再び現場に戻った。
「当夜、依頼者が来るから、それまでに清掃を終わらせてほしい」
と言う内容だった。
「まだ見積料金も提示していないのに、大丈夫かなぁ」
私は不安があったけど、依頼者も管理事務所も急いでるらしかったので、とりあえずやることにした。

車から道具・機材を降ろして、再び上階の部屋に向かった。
エントランスや廊下ですれ違う住人達は、私に丁寧に会釈をしてくれた。
多分、私が何者かを知ったら驚いて逃げ去ったかもしれない。
「哀愁のマットレス」の時のように。

私はずっと低頭のままそそくさと現場に急いだ。
何も悪いことをしている訳ではないのに、第三者に対して何とも気マズイ思いをするのは何故だろう。
自分の仕事を、どこか恥ずかしく思ってる証拠だろうか。

こんな凄惨な現場でも、特掃の難易度は軽~中程度。
頭の中にしまってあるノウハウを取り出し、現場の状況に適用させた。
そして、おのずと決まった手順と慣れた作業で手抜かりなく片付けた。
しかし、見た目にはきれいになっても、部屋中に充満付着した悪臭は簡単には片付かない。
とりあえず、依頼者を部屋に入れるための急場しのぎで、応急の悪臭対策を施しておいた。

しばらくすると、玄関前に依頼者(故人の夫)が現れた。
「やっかいなことをお願いして、申し訳ありません」
社会的にも責任ある立場らしく、礼儀正しい紳士的な人物だった。

私は、当初の中の様子と作業内容、現在の状況を伝えた。
男性は、冷静に受け答えをしながらも、神妙な面持ちで私の話を聞いていた。

男性は、仕事の都合で長く単身赴任しているらしく、女性が倒れたことも亡くなったことも全く気づかずにいたらしい。
「気づいた時は、既に腐乱していた」
と言う訳だった。

「妻は、元気にやってるとばかり思ってました・・・連絡がないのは無事な証拠と勘違いして・・・」
「私が一緒にいれば、妻はこんな死に方をしなくて済んだはず・・・」
そうボヤく男性に、私は返す言葉がなかった。

私には関係ないことだったが、二人の間に子供がいないのか尋いてみた。
すると、二人の娘さんがいた。
二人とも外国に留学中で、葬式のときだけ帰国し、この家には一歩も入らないまま戻って行ったらしかった。
母親の最期の姿を見ることもなかったとのこと。

一通りの話を終えて、私は男性と部屋の中に入ることにした。
まるで自分の家に入るかのような私と、その逆に、他人の家にでも入るかのように遠慮がちな男性が変に対照的だった。

最初に比べたら随分マシになったとは言え、中はまだ臭かった。
素人の男性にはキツかったかもしれない。

男性は、台所にたまったゴミと無数のワイン空瓶を見つけて、
「これはここのゴミですか?」
と、変な質問をしてきた。
「もちろん、はじめからここにありました」

男性は驚いた様子で
「本当ですか?妻はきれい好きだったし、酒は飲めなかったはずなのに・・・こんな生活をしていたとは・・・」
と呆然と呟いた。

酒飲みの気持ちは、私も分かる。
酒というヤツは、舌が欲しがる時と胃が欲しがる時がある。
そして、心が欲しがることも。

実際、故人がどうだったかは知らない。
ただ、
「心が酒を欲しがってたんじゃないかなぁ」
と、例によっての勝手な想像を巡らせた。
そして、
「故人が本当に欲しかったのは、家族との暮らしだったんじゃないかな」
とも。

男性は、黙ったままジッとゴミとワイン空瓶を見つめていた。
「どうして、こんなことになってしまったんだろう」

自分から仕事をとったら何も残らないような生き方をしている男性諸氏は多いのではないだろうか。
「仕事と家族(家庭)、どっちが大事?」
なんてことは愚問であることは承知している。
この二つを比べること自体がナンセンス。
究極的には家族(家庭)の方が大事なんだろうけど、平時では両方とも大事なものだ。
それなのに、明らかに仕事の方を大事にしている人が多いような気がする。

自分の名誉や欲のために働いているのに、「家族のために働いて(やって)いる」と錯覚(責任転嫁)している独善的な企業戦士に心当たりない?
それが、本当に家族のためになってればいいけどね。

「愛」の対極にあるのは「無関心」。
自分は家族に無関心、家族も自分に無関心だとすると、何だか寂しいね。
一概には言えないけど、もっとお互いに関心を持ち合えば、孤独死や自殺、死体の腐乱を減らせるんじゃないだろうか。
そんな気がする。

「助かりました・・・わずかですが・・・」
別れ際、男性は私にチップをくれた。
本当は受け取りたいのに、社交辞令で一旦は固辞。
結局は、ありがたく頂戴して現場をあとにした。

その日の帰り道、もらったチップで酒を買う私だった。

 

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