Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分秘宝(中編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

秘宝(中編)

私は、女性が落ち着くのを静かに待った。
それから、作業内容と料金を再確認して、早速、作業にとりかかった。

作業と言っても、やるのは布団の梱包・ウジ&ハエの始末・簡単な消臭消毒のみ。
床に転がるウジ・ハエも少なく、悪臭もほとんどない状態は、私にとって朝飯前の軽作業。
テキパキと働いて、さっさと済ませた。

作業が終わってしばらくの間は、部屋に入れない。
薬剤の効かせるためと、薬剤の匂いを緩和させるために、しばらくの時間を置く必要があるのだ。

その時間を、私は女性と世間話をしながらつぶした。
「もう大丈夫です」(バッチリ!)
「ありがとうございます」
「少ししたら、部屋に入れますよ」(あとは待つだけ)
「よかったぁ・・・ホッとしました」
「私もです」(無事に済んでホッ)
「父は質素な暮らしをしてたようですから、金目のものはないと思いますけど・・・」
「まぁ、後でゆっくり見てみましょう」(たいした物はなさそうだけど)
「それにしても、大変なお仕事ですね」
「・・・よく言われます」(ホントによく言われる)
「長くやってるんですか?」
「ええ、○年目になります」(もうそんなになるんだな)
「ヘェ~!スゴイですね!」
「インパクトだけは、他の仕事に負けませんよ!アハハ」(インパクトあり過ぎ)

そんな話をしていると段々と女性の表情もほぐれてきて、長く下降気味だったであろう女性の気分が上向きに転じてきたように思えた。

しばらくして、部屋に入れる時刻になってきた。
念のため、女性を部屋に入れる前に私が一人で入って問題がないかどうかを確認。
「OK!」
故人が寝ていた布団と床のウジ・ハエがなくなった以外は、私が来る前とほぼ変化なし。
見た目の問題はなく、薬剤の臭いが残っているだけだった。

部屋に入ろうとする女性は緊張しているようで、お化け屋敷にでも入るかのようにオドオドしていた。
そして、部屋のあちこちを眺めては、感慨深そうに表情を曇らせた。

女性の心情に配慮して、遺品の確認と整理は、ゆっくり始めた。
もともと、この作業は仕事(見積)に含めてなかった私。
ただ、本作業も軽かったし時間もあったので手伝った次第。
とりあえず、ゴミの片付けは後回しで、とにかく遺品を確認しながら必要品を取り除けていった。

台所の隅には、大量の焼酎の空ボトルが積まれていた。

「随分とお酒を飲まれてたようですね」(分かるなぁ、飲みたい気持ち)
「アル中状態で・・・死因もそれみたいで・・・」
「アル中?」(え!?自殺じゃないの?!)
「ええ、ほとんどアルコール漬けの状態だったようです」

私はドキッ!とした。
どうも故人は重度のアル中で、死因もその関連らしかった。
「アル中だったら、人に言えなくないと思うけどなぁ・・・ある種、俺だってそうかもしれないし」
特掃魂を間違った方向へ先走らせていた私は、詫びる相手が見つからなくて、内心でかなり気マズイ思いをした。
そして、女性との会話を一つ一つ思い出しながら、それまでに失礼な発言がなかったかどうか自己チェックした。

「危なかった!もうちょっとで言葉の事故を起こすところだった」
何はともあれ、私が考えていたことが女性に気づかれないで済んだことに安堵した。

女性と手分けして遺品の確認をする私は、壁にかかったジャケットを手に取った。
そして、念のため一つ一つのポケットに手を入れてみた。
すると、内ポケットに何かが入っていた。
「財布かな?」
取り出してみると、古ぼけたパスケースだった。
使い込まれた様子から、故人の愛用品であったことは明らかだった。
「免許証でも入ってるかな?」
そう思って、何気なく中を開けてみた。
中には古い写真が入っており、どこかで見たことがあるような笑顔の女の子が写っていた。

「パスケースがありましたよ・・・中に写真が入った」
「あ!懐かしい・・・随分前に私がプレゼントしたものです・・・お父さん、ずっと使っててくれたんだ・・・」

私は、嬉しそうに手を出す女性にそれを渡した。
そして、次の作業を進めようと身体の向きを変えた途端、女性の泣き声が耳に飛び込んできた。
号泣にちかい泣き方に、私は声を掛けようかどうしようか迷った。

「それにしても、よく泣く人だなぁ・・・俺も他人のことは言えないけど」
横目でチラッと見ると、私が渡したパスケースを握りしめて泣いているようだった。

どの現場でもそうだが、私は、泣いている人の顔は見ないようにしている。
そして、そんな時は空気のような存在になるように心掛けている。

私なりの心遣いのつもりで。

結局、ここでも、強引に女性の泣きに気づかないフリをして作業を続けた。
女性は、しばらく泣き続けていた。

私は、掛けるべき言葉を見つけられないまま、黙々と作業を進めるしかなかった。
既に見つかったいた秘宝を知る由もなく。

つづく

 

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