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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

お財布

「すぐに来て下さい!」
特掃の依頼が入った。
電話の主は、マンションの管理人。
非常勤の管理人らしく、週に1~2回くらいしか行かないマンションの一室で腐乱死体が発見されたとのことだった。
現場はだいぶ酷そうで、私に電話が来たときは、警察が遺体を回収していった少し後だった。

「とにかく急いで来て下さい!」
との要望に、私は、警察から立入許可がでているかどうかを確認。
それから、急ぎでない仕事を後に回して現場に急行した。

到着した現場はオートロック式の分譲マンション。
電話をかけてきた管理人は、私の到着を〝今か、今か〟と待ち構えていた。
そして、現れた私に鍵を握らせ、急かすように現場の部屋に向かわせた。

玄関前に立つと明らかな異臭。
そして、警察による遺体の動かし方が悪かったのか、腐敗液の一部が玄関ドアから共有通路へ浸み出していた。
玄関ドアの隙間から腐敗液が浸み出している様は、他の住民にとっては仰天の惨事だっただろう。

「こりゃ、中はだいぶ酷そうだな」
私は、手袋とマスクの装着を確認し、上着のジッパーを全部あげて玄関ドアを開けた。

「あ゛り゛ゃー!いきなりここか!」
玄関には、ドス黒い腐敗液と薄黄の腐敗脂が厚く広がっていた。

「とにかく、これを何とかしないと!」
私は、管理人のところへ行って、汚染の状況と作業の内容を説明した。
管理人は、長くマンション管理の仕事をしているけど、腐乱死体に遭遇したのは初めてらしく、興奮状態で私の話に聞き入っていた。

「責任が持てる方から、部屋への立ち入り許可をもらって下さい」
そのまま特掃作業に入ることになった私は、管理人にそれを依頼してから特掃の仕度を始めた。

腐乱死体現場とは言え、人様の家に入るうえは、とるべき手順がある。
いくら緊急事態と言っても警察と違ってこっちは何の権限もない。
だから、必要な手続きをキチンと経ることによって後々のトラブル発生を未然に防ぐのだ。

準備を整えながら待っていると、遺族から立入許可が得られたことを管理人が伝えてきた。
そして私は、「イッチョやるか!」とばかりに、作業にとりかかった。
各種腐敗物の除去は、過去に何度となく書いた通り。
ここでも、同じように作業。
腐敗粘土に沈む故人の眼鏡と壁面にまとわり着く髪の毛が、汚物の人間性を感じさせた。
私は、情が湧くか湧かないかのギリギリのところを行ったり来たりしながら作業を進めた。

作業も終わりかけの頃、警察に出向いていた遺族が現場に戻って来た。
初対面の私達は、お互いに、
「この度はどうも・・・」
と神妙な面持ちで、頭を下げた。
遺族への〝御愁傷様〟は分かるけど、私への〝御愁傷様〟は分かるような分からないような・・・。
それから、とりあえずの処理が完了したことを伝えると、ホッと安心してくれたようだった。
何はともあれ、無事に掃除できてよかった。

そして私は、遺族に貴重品や必要な遺品類をあらかじめ取り分けておくように依頼して、その日の作業を終了した。

それからしばらくして、遺族から連絡が入った。
「貴重品や捨てたくない物は取り分けたんですけど、財布が出て来ないんですよ」
「ご存知ないですか?」
一通りの貴重品は出てきたものの、故人が普段使っていたらしき財布が見当たらないと言う。

「ひょっとして、オレが疑われてるのか?」
その話を聞いて、イヤ~な感じがした。
だけど、
「よ~く探して下さいね」
「家財撤去の時も、気をつけてみますけど見つけ出られる保証はありませんから」
と、私は関知してないことを暗に伝えた。

後日、家財・生活用品を撤去する日がやってきた。
私は、まず故人の財布の行方が気になって、あちこちを探した。
そして、玄関隅に積まれたの靴の山に、汚れたビニール袋を発見。

「ん!?ゴミ袋か?」
あまりの汚さに内容物も分からず、見過ごそうかとも思った。
しかし、玄関は故人が倒れた場所でもあるので、普段使いの財布があってもおかしくはない。
私は、思い直してビニール袋を手に取って中を覗いてみた。

「お゛ーっ!汚財腐ーっ!」
そこには、見るも無惨な姿(チョコ味噌漬状態)になった故人の財布があった。
故人が身に着けていたものを、警察が袋に入れて取り除けていたみたいだった。

撤去作業も終盤になる頃、私は遺族に連絡を入れた。

「例の財布、見つかりましたよ!」
「ホントですか?よかったぁ」
「だいぶ重いですよ」
「重い?そうですかぁ」「後でトラブルになったら困るので、見つけたままの状態で置いておきますから」
「ええ、そうして下さい」
遺族は嬉しそうだった。

この遺族のように、余計な懸念を招かないためにも人様のお金を無闇に触るのはやめた方がいい。
私は、遺族に言った通り、財布に手を触れることなくビニール袋の口を縛った。
そして、それを故人が最期を迎えた玄関に置いて現場を去った。

見つかってよかったのかどうか・・・汚宝になったお宝、汚財腐になったお財布をその後の遺族がどうしたのか、身の潔白を証せた私には興味のないことだった。

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