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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

夏の日

春も盛り、日によっては初夏の陽気。
遺体が腐敗しやすくなる季節がやってきた。
そうなると、私がこなす仕事の割合も特掃が大きく占めるようになってくる。

私の仕事を大きく分類すると、頭脳労働や精神労働ではなく肉体労働になるだろう。
まさに〝体力勝負〟の場面も多い。

当然のことながら、私は昨年の同時期からは一つ歳をとっている。
と言うことは、体力も一歳分は衰えている。
そして、残念ながら脳力も衰えているような気がする。
身体も頭も疲れやすくなってきた上に、疲労回復のスピードも落ちてきた。
やはり、歳には勝てないのか。

作業見積の依頼が入った。
依頼の内容は、家財・生活用品の撤去処分。
ただ、依頼者が発する言葉の少なさと声のトーンの低さから、現場で人が亡くなっている可能性を感じさせた。
ただ、直感的にそう感じながらも、依頼者の方も余計な会話をしたくないようだったし、現場に行けば分かることなので、私は余計な質問はしなかった。

約束の日が来た。
現場は公営団地の一室。
依頼者より先に到着した私は玄関の前に行き、その周囲を確認。
異臭もなく、特に変わった様子はなかった。
ただ、玄関ドアの向こうから伝わる冷たい気配が、この現場で人が亡くなった予想を予感に変えた。

しばらくすると、依頼者である中年の女性がやってきた。
始めて会う相手でも、それが電話で話した相手であることは何となく分かる。
お互いで視線を合わせながら会釈。
その現場は、まだ人が亡くなったことが確定している訳ではなかったので、私は明るい態度で接した。
片や、女性の方は暗く疲れた様子で、電話の時と同じく言葉数は少なかった。

私は、女性の後をついて中に入った。
中に入ると、玄関を開ける前には感じなかったかすかな異臭を感じた。
そのニオイは、腐乱臭というよりも、軽度の腐敗臭。
部屋全体のカビ臭さも合わさって独特の異臭になっていた。

「ここにあるモノを全部処分していただきたいんです」
依頼者は、ニオイを感じていないかのような素振りで部屋の一つ一つに私を案内した。
間取りは3DK、私は各部屋を確認し、最後に玄関脇の和室に入った。
女性の心理を反映してか、怪しそうな部屋が最後になった。

鼻に感じるかすかな異臭は、その部屋からのものだった。
その部屋には、ベッドやタンスがあり、この家の住人は寝室として使っていたらしかった。
私は、家財・生活用品の種類と量を記録しながら、それとなくニオイの元を目で探した。

足元に目をやると、小さな敷物。
畳の上にカーペットを敷くのは珍しいことではない。
しかし、この部屋の敷物は大きさも色合いも部屋に合ってなく不自然な感じ。
しかも、踏心地にも違和感があった。

私は、敷物をめくってみてもいいかどうか、女性に尋いてみた。
女性は、諦め顔で了承。
私は、ちょっとドキドキしながら端からゆっくり敷物をめくってみた。
すると、下の畳には新聞紙、更にその下はコーヒーでもこぼした痕のようなシミが広がっていた。

「やっぱり・・・」
そう思いながら、私はしゃがみこんだ。
しばしの沈黙の中、ジッと畳を見つめていると女性が口火をきった。

「私の母が、ここで亡くなっていたんです」
「そうですか・・・」
充分に予想できていたので驚く必要もなかったし、驚くと女性に悪い気がしたので、私は声のトーンを変えずに返事をした。

故人は独り暮らしの老女、女性はその娘で現場の近くに暮らしていた。
〝味噌汁の冷めない距離〟というヤツだ。
普段から、女性は頻繁に母親宅を訪問。
介護が必要なほど弱ってはいなかったけど、女性は母親のことを何かと気にかけていた。
そして、母親が遺体で発見される3日前にも、この家で普通に会っていた。
それからわずかのうちに、〝まさか〟の出来事が起こってしまったのである。

「今まで2~3日、一週間連絡をとらなくても当然に生活してきたのに・・・まさか死んでたなんて・・・」
依頼者は声を詰まらせた。
夏の暑さの中では、2~3日寝てれば充分に腐る。
畳の汚染具合とニオイから推測すると、発見時、遺体はだいぶ変容していたはず。
いきなり死んでしまったことだけでも充分に悲しかっただろうに、それに気づくのが遅れたことと、その変わり果てた姿に女性は大きなショックを受けたに違いなかった。
そのキズが癒えるには相当の時間が必要・・・イヤ、一生癒えないかもしれない。

「音沙汰がないのは達者な証拠」
と、よく言う。
しかし、
「音沙汰がないのは死んでる証拠」
とも言える。
まさに、表裏一体。

人は、当り前に生きているのではない。
言い換えると、いつ死んでもおかしくない生き物なのである。

さてさて、この夏は、どんな戦いが私を待ち受けているのか。
遺体が流す腐敗液の分だけ、人が流す涙の分だけ、私は汗を流すことになるのだろう。

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