Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分親父と家族(後編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

親父と家族(後編)

昔、私が学生だった頃、何も見通せない自分の将来を漠然と考えながら、父親と話していたときのこと。

「自分の人生にとって大切なものは何?」
と父親に尋ねてみた。
すると、少し間を置き、
「家族・・・やっぱり家族だな」
父親は、静かにそう応えて頷いた。

もっと派手なきれい事を期待していた私は、なんだか肩スカシを食らったようで拍子抜けした。
そして、更に、
「しょぼーっ!全然楽しくなさそうじゃん・・・俺は、そんな生き方はまっぴら御免だ!」
と思ったものだった。

現場の話を続けよう。
男性は、亡き息子の腐乱痕を指差しながら、故人がどういう体勢で亡くなっていたのか私に説明し始めた。
そして、
「こんな風に死んでたんだよ」
と言いながら腐敗痕上に腰をおろし、自分の身体を遺体痕に重ねようとした。

「ちょ、ちょ、ちょっとそれはやめた方がいいですよ!」
私は、驚いて男性を制止。
無意識のうちに男性の腕をつかんでいた。

息子の死に様を誰かに分かってほしかったのか、真剣に説明する男性の心情を思うと痛々しかった。
ただ、男性が説明するまでもなく、腐敗液の形状は故人の痕を如実に表していた。

「私もこの仕事は長いですから、現場を見ればだいたいのことは分かりますから」
「あ、そぉ・・・分かればいいけど・・・」
男性と私は、汚染箇所から身を引いた。

それから、作業内容と費用を明示すると、
「じゃ、それでヨロシクたのむよ」
と、男性は作業を依頼してきた。

ウジ・ハエ・近隣住民のことを考えると、特掃作業は早い方がいい。
家財・生活用品の撤去は後日へ後回しし、まずは汚染箇所の処理をやることになった。

外で装備を整える私に近寄って来て、男性は言った。
「俺にも手袋かしてよ」
「え?」
「一緒にやるから」
「え!?」
「俺も一緒にやるよ」
「イヤイヤ、私がやりますから外で待ってて下さい」
「そういう訳にはいかねぇよ!これでも息子の父親なんだからよ」
「私はこの仕事に慣れてますし、一人で大丈夫ですから」
「俺にはもう、息子にしてやれることはないんだから、やらせてよ」
「でも・・・お金をもらううえに手伝ってもらっちゃ、申し訳ないですよ」
「気にしなくていいよ、俺は人の嫌がる仕事が好きだし・・・な?アンタもそうだろ?」
「はぁ・・・」

助っ人の申し出を拒もうとする私に、男性は、
「特掃を手伝う!」
と言って譲らなかった。
私は、恐縮しながら男性に手袋とマスクを渡し、二人で汚部屋に入った。

「アンタ、歳はいくつ?」
「○○歳です」
「え?息子と同じくらいじゃねーか」
「そうですか・・・」
「長いの?この仕事、大変だろ?」
「○○年になります」
「ふぇ~!偉いなぁ!」
「偉くなんかないですよ」
「息子はその歳で死んじまって・・・ま、これも息子の運命、俺がこうなってるのも俺の運命なんだよ」
「そうかもしれませんね・・・」

故人は、子供の頃から気の優しい性格。
常に控え目で、同級生からもイジメられやすいキャラクター。
強い男に育てようと頑張ってはみたけど、結局、故人の性質は変わらなかった。
社会人になった故人は、まあまあの企業に就職。
色々なストレスを抱えながらも、何とかやっていた。
しかし、生き馬の目を抜くような社会の競争と、常に心理戦状態の人間関係に疲れ果て、晩年はこのアパートでほとんど引きこもり生活をしていたらしかった。
そして、体調を崩して孤独死・腐乱。

「他人は、いい時にはいい顔をして寄ってくるけど、悪くなるとすぐに冷たく離れていくものさ」
「でも、家族は違う・・・家族は、いい時も悪いときも一緒」
「自分一人じゃ頑張れないことも、家族がいると頑張れるんだよ」
「俺には、家族が一番大事なんだ」

男性が熱く語るそんな話を聞きながら、作業を手を動かし続けた。

他人の腐敗汚物を片付けたことは数知れない私だけど、身内のそれをやった経験はない。
だから、身内の腐敗汚物を片付ける人の気持ちを正確に理解することはできない。
ただ、素人が人間の腐乱痕を片付けることは並大抵のことではないはず。
それでも、イヤな顔ひとつせずイソイソと作業する男性に感心・感謝しながら、親父の強さとたくましさを見た。
そしてまた、ぶっきらぼうなキャラクターだけど、男性が家族に持つ想いが深くて大きいことを知って、何だかホットな気分になる私だった。

二人でやった特掃作業はスムーズに終了。
「これで一段落つきましたね」
「そうだね、ありがとう」
「こちらこそ」
「コレ、少ないけど冷たいものでも買ってよ」
「スイマセン、気をつかってもらっちゃって」
「アンタ、息子みたいな死に方しちゃダメだよ」
「・・・はい」
「幸と不幸は紙一重、人生はいい時もあれば悪い時もある・・・頑張んなよ」
そう言って、男性は私のポケットに千円札をねじ込んでくれた。
黒く陽に焼けた満面の笑みに潤む目が印象的だった。

外は暑いくらいの陽気。
ひと仕事を終えて汗と脂にまみれた私は、子供の頃の夏、
「アイスでも買え」
と100円玉を握らせてくれた父親のことを思い出していた。

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