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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

奥歯の痛み

歯の一番奥を〝親知らず〟って言うけど、なんで「親知らず」って言うんだろう。
何らかの意味・語源があるんだろうな。

20台後半の頃、左上奥の〝親知らず〟が急に痛みだした。
斜めに生えていたその歯は、長年、モノを噛む役には立っていない歯だった。
その内部が、知らず知らずのうちに虫歯になっていて、ある日突然に歯が崩壊(ビックリ!)、激痛が走った。

私は、駆け込むように歯科医院へ行った。

私は、子供の頃から大の歯医者嫌い。
いい歳をしていても、歯医者に行くと緊張して(恐くて)心臓がバクバクする。

「いらない〝親知らず〟だから、治療せずに抜きましょう」
医師は、事もなげにそう言った。
「抜歯」の一言に、バクバクしていた私の心臓は凍りついた。

「ぬ!?、抜くんですか!?」(え゛ーっ!)
「そう、明日来れますか?」
「あ!?明日!?」(そんな、いきなり!?)
「痛むから早い方がいいでしょ」
「え・・・ええ、まぁ・・・」(心の準備が・・・)

乳歯を抜いた経験はあったものの、永久歯を抜いた経験のなかった私は、「永久歯は、もともと抜けないようにできている」「痛いうえに、何日も顔が腫れ上がる」といった世間情報を鵜呑みにしていた。
歯痛と恐怖心のせいで、その日は眠れない夜を過ごした私だった。

翌日、足をガクガクさせながら歯科医院へ。
診察台に横たわった私の身体は、死人のように硬直。
反して、心臓だけは飛び出そうなくらいにドキドキ。

医師や医院スタッフにも、私がかなりビビッているのが分かったらしく、
「緊張しなくてもいいですよ」
「深呼吸してみて下さい」
と優しく声を掛けてくれた(苦笑しながら)。

少しすると、麻酔注射が視界の中に入ってきた。
私は、覚悟を決めて、口を開けながら目を閉じた・・・。
「あがー!!!」

誰しも、人に言いにくいことを言わなければならない局面に遭遇した経験をもっているだろう。
特に、それが人を困らせたり悲しませるようなことだったら、尚更言いにくいものだ。
それでも、この社会で生きていくためには、言いにくいことでも言わなければならないときがある。

現場に行って、初めて、そこが死体発生現場であることを知るケースは意外と多い。
第一報は電話で受けるのだが、そのときには現場で人が死んでいたことを言わない依頼者が少なくないのだ。

死人発生の有無で仕事は大きく変わるので、そこのところは肝心なポイントなのだが、多分、依頼者も何て言っていいのか分からないまま言いそびれるのだろう。
また、人間が持つ〝死〟に対する嫌悪感がそうさせているとも言えるだろう。

そうは言っても、
「そこで人が死んでますか?」
なんて質問もストレート過ぎるしデリカシーもなさ過ぎる。
それこそ、言いにくい・・・イヤ、言えない。
とにかく、現場に行けば分かることなので、依頼者の言いたくなさそうなことには触れないで見積検分に出向くのである。

「管理している部屋が臭いんで、消臭をお願いしたい」
不動産会社からお呼びが かかった。
担当者の、奥歯にモノが挟まったような話し方が気になったが、
「まずは現場を見なきゃな」
と出掛けた。

現場は1Rマンションの一室。
指示されたキーボックスから鍵を取り出し、玄関を開けた。

入居者はしばらく前に退去したらしく、既に空部屋状態。
内装リフォームも済んでおり、中はとてもきれい。
そんな部屋は、見た目には何の問題もなかった。
ただ、汚い所に慣れ過ぎている?私は、きれいな現場に少々の違和感を覚えた。

「きれいじゃーん」
私は靴を脱ぎ、鼻で小刻みに息を吸いながら玄関を上がった。

「さてさて、どんなニオイかなぁ・・・ん!?、こ、このニオイは・・・」
キッチンと部屋を隔てる扉を開けた途端、私の鼻はわずかながら例のニオイを感じた。

「これは、あのニオイ・・・イカンなぁ・・・」
私としては、例のニオイとして確信が持てたのだが、〝確かにそうだ〟という証拠がない。
モノがモノだけに、間違ってたらマズイ。
私は、念入りにそのニオイを嗅いで観察した。
そして、ニオイの原因がわずかでも残っていないかどうか、目を懲らして鼻を鳴らして探してみた。
(人間の腐乱痕と腐乱臭を素で探せる自分が、何とも不憫であり可笑しくもあった。)

しかし、内装工事・清掃が済んでいる部屋では、肉眼で確認できるような所見が見つかるはずもなかった。

「んー、どうしよう・・・不動産屋はニオイの元を知ってるのだろうか」
「知らなかったら、何て言おう」
私は、玄関を出たところでしばらく考えた。

普通だったら、腐乱死体現場を管理不動産会社に気づかれることなく始末することは不可能に近い。
しかし、私の経験上だけでも、それをやってのけた人(遺族)が何人かいる。
惜しいところまでいったのに完遂できなかったケースばかりだけど。

この現場も、その可能性があった。

ニオイの原因として考えられるのは、部屋の角隅に汚染が浸みていることと新品クロスの下に汚染が残っていること。
ただ、内装工事が済んでしまっていては、どうにも確認できない。

「不動産屋は、ニオイの原因については何も言ってなかったよなぁ」
私は、悩みながら不動産会社へ電話した。
そして、奥歯にモノが挟まったような話し方になりながら、真相を探った。
しかし、いくら話していてもラチがあかず、私は、あくまで私見であることを念押しした上で観察結果を率直に伝えた。

「この部屋で人が死んでいた可能性があると思うんですが・・・」
「えっ!?わかります!?」

やはり、不動産会社は、この部屋が腐乱死体現場であったことを把握していた。
その上で、不動産会社は、〝ニオイの元がバレるかどうか〟を確認したかったみたいだった。
そんな事情があったから、最初の電話の歯切れも悪かったのだ。

幸か不幸か、私は誰よりも腐乱死体のニオイが分かる男。
そのニオイが分からないわけはなかった。

「内装を全部剥がして、特殊清掃からやり直さないとダメですね」
「え゛ーっ!?」
この部屋は内装工事を早まってしまったパターン。
不動産会社は、大きく落胆した。

奥歯にモノを挟んだままの生き方をしてると、そのうち痛みがでてきそう。

〝心の親知らず〟
思い切って抜いてみたら、人生が楽になるかもしれない。

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