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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

シアワセ

苦しいこと・悲しいこと・辛いこと・悩むこと・・・
自分の人生は、そんなことだらけじゃないかと暗い錯誤を覚えることがある。

日常のささやかな楽しみや幸福感は、目には見えず肌で感じるだけの風みたいなもので、あまり実質感がない。
そんな感覚で生きていると、シアワセってなかなか手に入らないような気がする。
しかしながら、実は、簡単に手が届くようなところあるような気もする。

現場は、古い分譲マンション。
最初に電話をしてきた依頼者は、故人の息子・中年男性。
しかし、現地調査(見積)のときに現場に来たのは依頼者の妻、つまり故人の嫁だった。

「だいぶヒドイと思いますよ!」
女性は、〝中に入るなんてとんでもない!〟といったしかめっ面で、私に鍵を渡した。

「いっちょ、行ってくるか!」
気が進まない人と一緒に行くより、一人で行く方が気を使わなくていい。
私は足取りに勢いをつけて、現場の部屋に向かった。

「想定の範囲内だな」
玄関を開けるといつもの腐乱異臭、何匹かのハエが私の身体とニアミスしながら背後に飛び去っていった(何匹かは身体に衝突)。

目当ての汚染痕は洗面所にあった。
狭い洗面所の床は、例の各種腐敗汚物に占領され、私が入る隙間を与えてくれなかった。
故人は鏡の前に立って何かをしていたのだろうか、汚染は床だけでなく洗面台にまで拡散。
シンクの排水口に向かって延びる何本もの深紅が、私の目に鮮烈に飛び込んできた。
そして、その元人間がシンクの底に溜まるように固まっていた。
当然、無数のウジも・・・。

「ヘビー?・・・イヤ、ミドル級・・・だな」

中の観察を終えて、私は一階の外で待つ女性のところに戻った。

「こんな死に方するなんて・・・」
女性は、〝まったく!やっかいな死に方しやがって!〟とでも言いたげな冷たい口調でそう言った。
「義母は、義父が亡くなってからは独り暮しで、悠悠自適にやってたんですよ」
どうも、〝故人は、妻としても冷たい女だった〟と言いたげだった。
「口癖のように〝私は幸せ者だ〟なんて、よく言ってましたけど、ダンナの遺産を好きなように使えれば幸せに決まってますよね」
遺産の分け前が自分に回って来なかったのを不満に思っているようだった。

「長年、育児と家事に追われ、夫に従順を尽くし、未亡人になってやっと人生の羽根を伸ばしたパターンかな?」
「ま、そんな余生もありだよな」
そんな風に思いながら、黙って女性の話を聞いた。

故人は、夫を亡くしてからは、趣味や娯楽、旅行などに時間と金を浪費。
夫が残した財産も臆せず使い未亡人生活を謳歌・満喫。
そのシアワセぶりが、女性に違和感(嫉妬?)を与えたみたいだった。

作業の日。
今度は依頼者である男性が現場に来た。

「まさか、母親がこんな死に方をするとは・・・」
男性は、故人は元気に生活しているとばかり思っていたみたいで、孤独死なんて思いもよらなかった様子。
「自宅でポックリ死ぬのは本人も望んでたことなんですけど・・・気づくのが遅すぎましたね」
母親の身体を腐乱させたことに、悔やみきれないようだった。
「母親は、〝私は幸せ者だ〟が口癖でしてね・・・」
男性は故人のその口癖が好きだったのだろう、幸せそうな表情を浮かべた。

ミドル級の現場では、時間さえもらえればシュミレーション通りの作業ができる。
男性との話に一段落つけて、ヌルヌルの腐敗沼に足を踏み入れる私だった。

作業が終わり、私は、特掃の自信の成果?を確認してもらうために、男性とともに洗面所に入った。

「ニオイはまだ少し残ってますけど、やれるだけのことはやりましたんで」
「あぁ!きれいになってる!何もなかったみたいだ!ありがとうございます!」
男性は、特掃の成果に驚きながらとても喜んでくれた。
そして、その笑顔に疲れが癒える私だった。

「これで、やっと親父も墓に入れますよ」
「ん?親父?」
「そう、親父は何年も前に亡くなったんですけど、遺骨はまだこの家に置きっぱなしなんですよ」
「そーなんですかぁ」
「〝一人だとお父さんが寂しがるから〟って、母は父の遺骨を墓に入れず、ずっと自分の傍に置いておいたんですよ」
「へぇ~」
「でも、ホントに寂しかったのは母の方だったのかもしれませんがね」
「・・・かもしれませんね」
「母想いの父、父想いの母でしたから」
「・・・」

男性の話を聞いて、故人が言っていたシアワセの真髄が、深い夫婦関係にあったことを感じて気持ちが和んだ。

きれいになった洗面台の鏡中からは、〝一人の男〟がこっちを見ていた・・・そう、そこに映っていたのは、一仕事を無事にやり終えた私。
そのくたびれた顔には、小ジワが刻まれ汗が流れていた。

「このツラも、随分と老朽化してきたもんだなぁ・・・この男も、いつかは死体か・・・俺にとってのシアワセって何だろうな・・・」
自分の世界に入ってホッと笑ってみると、男の顔のシワにアセが流れた。

そこには、ツラい労苦の中にも爽やかなシアワセを感じる私がいた。

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