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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

牛丼

どちらかと言うと、私は大食いの方だと思う。
どこで何を食べても通常の一人前では全然足りず、ライス大盛でも満腹にはならない。

高校~大学の頃は特に大食いで、最盛期には一度の食事で三合の御飯をたいらげていた。
スポーツや身体を動かすことには縁がなかった私だったのに、それでも当時は太ることはなく、体重は標準数値を少し下回るくらいで維持されていた。
今とは比べものにならないくらい新陳代謝がよかったのだろう。

満たされない心を腹で満たそうとしたって身体を壊すだけなので、今は腹八分で過ごすことを心掛けている。

そんな私は、食事のスピードが早い。
モタモタと食べるのは空っぽの胃が許してくれないのだ。
また、いつまでもモグモグやっていては、せっかくの食べ物が口の中で腐ってしまいそうだし。
噛む回数が少なく、ほとんど丸呑みしてしまっているのかもしれない。

そんな私は、素早く豪快に掻き込めるワンディッシュフードを好んで食べる。
一口に〝ワンディッシュフード〟て言っても、そのメニューは様々。
皿物・器物、そして丼物。

私の中で上位に位置している丼物は牛丼。
どこかの宣伝文句の通り、〝旨い・安い・早い〟から。
あちこちに店もたくさんあるし、臭くなければ一人でも入りやすい。
つゆダクにして、紅生姜と七味唐辛子を多めにかけるのが私の食べ方。
若い頃は玉子も常連にしていたが、この歳でこれ以上エンゲル係数を上げる必要はないので、今は御無沙汰している。

ま、牛丼に限らず、毎日美味しい食事がとれていることに感謝・感謝!だね。

特掃の依頼が入った。
現場は古い公営団地。
現場棟の下には何人かの人が集まり、私の姿を見つけるとジーッと視線を送ってきた。
そして、私が何者かがすぐに分かったらしく、興味深そうに近寄ってきた。

「○○(故人名)さんちに来たの?」
「そうです」
「いい人だったから、きれいにして上げてね」
「はい・・・」
「○○さんには、みんなお世話になっててね・・・」
「・・・」
「よろしく頼みますね」
「了解です」

集まっていたのは、生前の故人と親交があった人達ばかり。
独居老人が多い団地で、お互いで仲良く助け合って暮らしているらしかった。

人の死は、回りの人間の心を騒がせる。
ましてや、孤独死・腐乱ときたら並ではない。
そんな中、ここの人達は、どこにでもありがちな恐怖心や嫌悪感よりも故人に対する同情心の方が強いみたいで、故人のためを想って私にアレコレと注文してきた。
そんな人々の優しさは、特掃前の緊張感を和らげてくれた。
また人々は、注文をつけるだけではなく、私が仕事がしやすいように協力もしてくれた。
その心遣いには、実務上だけではなく精神的にも大きく支えられるものがあった。

「ここか・・・んー、たいしたことなさそうだな」
玄関を開けたすぐの台所に故人が亡くなっていた痕があった。

「こりゃ、すぐ済むな」
汚染部を踏まないようにしゃがみ込み、そう思った。

「きれいに片付いている家だな・・・」
室内は、古そうなモノばかりながらきれいに整理整頓されていた。

ふと見ると、ガスコンロには鍋がかかったままになっていた。
だいたい、このパターンでは鍋中はロクな状態になってないことがほとんど。
ドロドロになった汚味噌汁とか、毛の生えた正体不明物体とか・・・。

腐乱したニオイが強烈なのは人間ばかりではない。
食べ物が腐敗したニオイも同様。
そのパンチは腹を直撃、思わず鳴咽してしまう。
だから、そんな鍋の蓋をとる時は、それなりのドキドキ感があるのだ。

「メニューは何だったんだろうな?」
私は、恐る恐る鍋の蓋をとってみた。

「は?」
鍋の中は、レトルト食品が一袋、水に浸かっているだけだった。

「ホッ、これだけか・・・」
レトルトをつまみ上げながら、安堵した。

「牛丼の具か・・・故人も好きだったのかな」
牛丼好きの私は、故人にちょっとした親近感を覚えた。

「と言うことは・・・」
私は炊飯器を探した。
しかし、それらしきモノは目につかない。

「となれば・・・」
側にあった電子レンジの扉を開けてみた。

「あったー!」
案の定、電子レンジの中には、パックライスがあった。

この状況から、故人は食事の仕度をしているところでバタンと逝ってしまったことが想像できた。

「おっとと、こんなことやってる場合じゃなかった・・・お掃除、お掃除!」
私は、つくりかけの牛丼を放っておいて、床の特掃にとりかかった。

普段から近所付き合いがあった故人は発見も早く、汚染もライト級。
特掃隊長の手にかかれば、難なく片付けられるレベルだった。

「次は食べ物を片付けないとな」
上記の通り、現場で腐るのは人間ばかりではない。
食べ物も、放っておくとどんどん腐って、末期には相当にヒドイことになる。
だから、戸棚・収納・冷蔵庫の中の食品は早々に片付けることが必要。
私は、あちこちを開けて、腐りそうな食品がないか探した。

「随分と古い冷蔵庫だな」
旧式の冷蔵庫を開けると、中には調味料類と惣菜が少し入ってるだけだった。

「棚はどうかな?」
古びた戸棚を開けると、そこにはインスタント食品・レトルト食品・缶詰・乾物etc、結構な量がまとまっていた。

「高齢の独り暮らしじゃ、食事をつくるのも大変だろうからな」
手軽に食べられるものが生活に合っていたのだろう、保存がきいて簡単に食べられるものばかりがあった。

限られた年金で自分の丈に合った生活を送っていたのだろう、置いてあるものを見渡しても、故人が慎ましい暮らしをしていたことは明らかだった。
そして、近所の人達から伝わる故人の人柄が、私に故人に対する親しみを帯びた同情心を覚えさせた。

鍋の中にはレトルト牛丼。
電子レンジの中にはパックライス。
テーブルの上には小さな丼。

「牛丼・・・食べずして逝っちゃったのか・・・片付けてしまうのは何だか偲びないな」
「ここのお婆さん、今にも〝ただいま〟って帰ってきそうな気がするし」
「腐るわけでもないし、これはこのままにして行くか」

その日の作業を終えた私は、故人が生きていた余韻を台所に残し、現場をあとにするのだった。

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