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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

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ある日の夕刻、オレンジに燃える陽を見ながら思った。

「俺の人生なんてちっぽけなものだよなぁ」
「俺一人が死んだって、世の中には何の影響もないだろうし」
「太平洋に砂粒が落ちた程の波も立たないはず」
「いつか死に、誰からも忘れられ、生きていた事実さえも夢のように消え去るだけか・・・」

遠くに沈みゆく夕陽は、私に人生の終焉と、自分という人間の存在が、どこまでも軽く・どこまでも小さいことを想わせるのだった。

私は、たまに夜の繁華街に出掛けることがある。
自らすすんでのことではなく、人の付き合いで。
若い頃は、意味もなく夜の繁華街にワクワクしていたものだが、歳を追うごとにその嗜好は変化し、今では苦手になっている。
あの人ゴミの騒々しさとネオンの乱舞には、何とも言えない疲れと熱を覚えるのだ。

普段は少人数の小さなコミュニティーに身を置き、単独行動・単独プレーも少なくない私は、自然と人ゴミに馴染めない人間になっているのだろうか。
それとも、それ以前に、もともとが人間集団にマッチしない性質なのだろうか。
どちらにしろ、軽くて小さい私は、人に流されないように、ちょっと距離をあけておいた方がいいのかもしれない。

そんな繁華街は、いつでも人ゴミでごったがえしている。
不夜城のごとく、深夜になっても人通りが途絶えることがない。

「うわぁ、腐るほどいるなぁ」
「こんだけの人間がいれば、少々の人が死んだって、世の中にはほとんど影響しなそうだな」
人ゴミの中に紛れると、ついつい、そんな風に思ってしまう。
そう考えると、尚更、人の命なんて小さくて軽いものに思えてくる。

実際、一人の人間が亡くなっても、世の中に与える影響はわずか。
友人・知人、身内や関係者の中でいくらかの騒動になるくらい。
それも、いくらかの時間が経ってしまえば何もなかったかのように消えていく。
なんだか、〝人の命は地球より重い〟という言葉が説得力を失う感じ。
まぁ、この言葉は、あくまで、誰にでも分かりやすい比喩表現として用いられているのだろうけどね。

〝ひねくれ者の戯言〟と流してもらって構わないが、私は、〝人の命が地球より重い〟なんて思わない。
仮にそうだとして、だったら、何故、この世の中では人の命を軽く感じるのだろう。
人の死を小さく感じるのだろう。
この地球が、それよりも軽くて小さいとは、とても思えない。

また、人がいるから地球があるのではなく、地球があるから人がいれるわけで、一人の命のどうこうは、地球にとっては大事ではない。
逆に、地球の小事は万民にとって大事。
したがって、私は、愚考を承知で上記の言葉に異を唱えるのである。

ついでに言うと、〝地球より人の方が大切〟という傲慢な考え方が、今日の環境破壊につながっているのかもしれないしね。

そもそも、人の命の重さを測ろうとすること、具現化しようとする自体がナンセンス。
もっと言うと、愚行・愚考である。
人がする命の査定には限界がある。
本来、人には、人の命を測る資格も能力もないのだから。
あるのは、生存本能に基づいた希望・願望のみ。
しいて言えば、〝人の命は、重くもあり軽くもあり〟または〝重くもなく軽くもなく〟と言ったところか。

忙しい時は、私は、一日に2~3件の特掃をこなすこともある。
そうなってくると、余計なことを考えているヒマはない。
モタモタ手間取っていると次の現場に影響するので、あらゆる無駄を省いて、ひたすら作業効率の向上に努める。

そして、一旦、現場に入ったら徹底して作業に集中。
集中すれば集中するほどに無心になり、まるで 何かにとりつかれたように腐敗汚物と格闘する。
言葉の使い方が間違っているかもしれないけど、〝夢中〟になるのだ。
やっているうちに〝気持ち悪い〟という感情が薄まり、自分が鍛練されているような熱を感じてくる。
特掃は、現場を磨くだけのものではなく、自分をも磨くものなのかもしれない。
それが、使命でも、運命でも、宿命でもなく、私の定め・・・モノ凄くツラいんだけど。

ある日の夕刻、とあるマンションの一室。
その日に予定されていた三件の特掃を終え、私は最後の玄関を出た。
そして、マスクを外して仰天!

「く、くっせーっ!」
自分の身体が放つ凄まじい悪臭に、一瞬、頭が真っ白になった。

「く、くさすぎるーっ!」
そのニオイに、私の脳は破壊されそうな危険に晒された。
私の身体は、三人分の腐乱臭に私自身の体臭が加えて、計四人分のニオイのハーモニーを強烈に奏でていた。
それは、ウ○コ男が、それまでの自己記録を更新した瞬間でもあった。

「俺は危険な男・・・女・子供は近づかない方が身のためだぜ」
自分でも、一件一件の仕事をこなす毎に臭くなっていることは分かっていたけど、まさかそこまで臭くなるとは思っておらず、この時の私は、かなりの要注意人物になっていた。

「長居は無用!自分がキズつく前にさっさと退散しよう」
私は、急いで帰り支度を整え、回りに人がいないのを見計らってマンションの出口に向かってダッシュ。
当然、エレベーターは使わず、誰とも出会わないことを祈りながら階段を駆け降りた。
私が通り過ぎたあとの残り香はなかなかの珍臭に違いなかったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「作業は終わりましたか?大変だったでしょ!」
一階フロアに降りると、私が返事をする間もなく管理人は私に急接近。
同時に、悪臭パンチをモロに受けた管理人は、驚愕の表情で目をパチパチ。
四人分・・・しかも、ただの四人じゃない者の体臭を纏っているわけだから、臭さがヘビー級なのも仕方がない。

「スイマセン!失礼しま~す」
と、私は逃げるように現場を離れた。

帰りの車の中も悪臭が充満。
とても、窓を閉めたままではいられなかった。
車窓から吹く外の風を心地よくうけていると、一気に気が抜け、くだらないことが頭に浮かんできた↓

・・・・・
このニオイ、香水にでもしてブランド化したら凄そうだな。
〝虫除け〟ならぬ〝人除け〟に効果を発揮しそう。
〝孤独を愛する硬派な貴方に最適!〟なんてキャッチコピーをつけたりすると、人を寄せ付けたくない人に重宝されるかも。
ブランド名は、どんな名前がいいだろう。
原材料は人間だから・・・横文字にして〝PERSON〟なんてどうだろう。
イヤ、一人じゃなく大勢だから、複数型にして〝PERSONS〟だな。うん、それがいい。
生産国は、どこにしようかな・・・。
洗練されたお洒落なところがいいから・・・やっぱ〝ふらんす〟かな。うん、それしかない!
・・・・・

私は、腐乱死体のニオイをプンプンさせながらも、そんなことを考えてニヤニヤと楽しそうにする危ない(バカな?)男だった。

皆が嫌うPERSONS、皆が恐れるPERSONS、されど元は皆と同じ人間。
多くのPERSONSに出会うことによってコノ世での寿命を縮めている?私だけど、それに引き換えて、多くのPERSONSからコノ世に生きるうえで大切なものを教えてもらっている。
そしてまた、そんなPERSONSに支えられて生きている私だったりする。

今まで、一体私は、何人のPERSONSを纏ってきただろう。
そして、これから何人のPERSONSが私と遭遇することになるのだろう。

これからも、あちらこちらでPERSONSと出逢いながら、少しでもマトモな人間になれるよう研鑽を積んでいこうと思う。

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