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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

孤軍奮闘(vs人間編)

敵と味方。
世の中の人をどちらかに分けるとしたら、どちらが多いだろう。
敵だと思っていた人が味方だったり、その逆があったり。
また、同じ人でも、状況や局面によって敵になったり味方になったりすることもあり、結局は、〝敵でもなく味方でもない人が最も多い〟と、希薄なところに落ち着くのだろうか。

人生を生き抜くことは、孤独な戦いでもある。
だんだんと生きにくくなっているこの世の中では、まずは、自分が自分の敵にならないように奮闘するのみか。

基本的に、特殊清掃は孤独な仕事。
一人で黙々とやる仕事。
考え方によっては、〝故人+自分≠孤独〟とも言えるかもしれないけど、目に見える人間は一人。

決して好きでやっている仕事ではないのだが、魂に刺激を覚える仕事。
汚物との戦いは自分との戦いでもあり、故人の死に様を自分の生き様に写し換える作業でもある。

ま、私の場合は、〝一人で黙々〟とはいかないことがほとんど。
愚痴ったり、ボヤいたり、時には悲鳴をあげたり、泣いたり・・・普段は寡黙なわりに現場では結構騒々しい男なのである。

そこは、どこにでもあるような一般的な住宅街。
あちらこちらに空地や畑もあるような、ちょっと長閑なところだった。

現場の家は、古い一戸建。
かなり寂れた感のあるその家は、家人と共に老いていったことが伺えて、かつては若い家族で賑わっていたであろうことが想像できた。

玄関の前に立っても特段の異臭はなし。
私は、鍵を持った遺族を待つ間、家の外周を観察することにし、雑草が繁りゴミが散乱する家の外周を歩いた。
窓の内側には何匹かのハエが見え、それが、この家から腐乱死体がでたことを物語っていた。

少し進んで家の裏手に回ると、いつもの異臭をわずかに感じ始めた。
更に歩を進めと、私の鼻は、それが死体腐乱臭であることを確信。
そして、それを最もハッキリ感じる部屋の窓には、黒壁のハエだかりができていた。
おそらく、そこが故人が倒れていたであろう部屋に違いなかった。

一通りの外周確認を終えた私は玄関の前で待機することにし、ついでに、特掃の準備を開始した。

少しすると、あちこちの家から住民達が出てき始めた。
近所の誰かが、噂の家をうろつく風変わりな男を見つけて連絡をとりあったのだろうか、示し合わせたようにゾロゾロと。
それはまるで、ウ○コに寄りつくウジのようだった(例えが悪すぎ?)。

そして、近所のウジ・・・もとい、近所の人達は、遠くから私を眺め始めた。
それから、何やらヒソヒソ話。
その様子はあまり気持ちのいいものではなかったが、私は黙って作業の準備を進めた。

しばらくすると、住民達の中から一人の年配男性が私に近づいてきた。
怒ったようにズカズカと歩いてくる姿は、何だか私を威嚇しているかのように威圧的だった。

「アンタ、ここんちに来たの?」
「そうですけど・・・」
「これから何やるの?」「は?・・・」
「〝何をするんだ?〟と尋いてるんだよ!」
「遺族に頼まれたことです」
「だから!〝これから何をするんだ?〟と尋いてるんだよ!」
「この家のプライバシーもあるんで、詳しいことは答えられませんが・・・」
「何?、近所にこれだけ迷惑をかけておいて〝プライバシー〟もへったくれもあるか!」
「そんなこと、私が言われる筋合いはありませんよ!」

男性は、険しい顔でまくし立ててきた。
その高圧的かつ礼儀をわきまえない態度に、私は、自分が悪人扱いされているようで嫌悪感を露にした。

そんなやりとりをしていると、始めは遠巻きに眺めているだけだった他の住民達も近寄ってきて、男性に加勢し始めた。
そして、男性と一緒になって、この家に関する苦情を私にぶつけてきた。

「家の中が臭くなった」
「洗濯物が干せない」
「ハエが飛んできて不衛生」
「地域の資産価値が下がる」
「気持ちが悪い」etc

確かに、近所から腐乱死体がでるようなことは、滅多に起こることではない。
一生かかっても、そんな経験はしない人が大半だろう。
したがって、住民達の感情が理解できないわけではなかった。
しかし、私の耳には、住民達が大袈裟なことを言っているようにしか聞こえなかった。

異臭だって、その部屋の側まで近づかないと感じないし、ハエだって家の中にたくさん湧いているだけで、それが大量に外に飛散しているとは思えず、〝資産価値が下がる〟ったって、その地域のもともとの資産価値は高いとは思えなかった。

私が黙って聞いていると、今度は、生前の故人の暮らしぶりにまで悪口を言い始めた。

「家が汚い」
「ゴミの出し方が悪い」
「回覧板も回さない」
「挨拶もしない」
「だらしない」
「ボケてきてた」etc

その場に故人や遺族がいないことをいいことに、住民達は言いたい放題。
一人では何も言えないくせに大勢だと大きな口を叩く、典型的なパターン。
そこには、無責任さに擁護された人間による、人を見下げることによってしか自分を高めることができない悲しい人間性があった。

そんな中、騒々しくなってきた衆の話を割って、再び最初の男性が言い分を主張し始めた。

「とにかく、一刻も早く片付けてくれないと困るんだよ!我々みんなが迷惑してるんだから!」

男性は地域の世話役・自治会長で、本人の弁によると、〝地域のため住民のために心血を注いで事の収拾に奔走している〟とのことだった。

男性は、自治会長というポストが余程気にいっているらしく、尋いてもいないのにその任に就くまでの経緯を長々と話し始めた。
遡っては、出身大学からかつての勤務先・肩書にまで及び、自分の正義感と人望の厚さをアピール。

片や、そんな男性の話を聞く住民達は、
「またいつもの自慢話が始まった」
とばかりに、ニヤニヤと顔を見合わせて冷笑。
見せかけの一枚岩は、自治会長を筆頭に、ただの利己主義者の集団だった。
そんな二枚舌連合に腹の中で失笑しながらも、地域住民を敵に回しては仕事がやりにくいだけなので、私は男性の話を黙って聞いた。

調子に乗ってきた男性は、アレもやれ!コレもやれ!と言いたい放題のことを私に命令してきた。
挙げ句の果てには、「幽霊屋敷になったら困るから」と、現場の家の取り壊しまで要求。

ここまでくると、私の耳は次第に拒否反応を示し、その奥の脳はカッカと加熱。
生前の故人を知らない私には反論する根拠はなかったけど、さすがに黙ってはいられなくなってきた。
しかし、前述の通り、近隣住民を敵に回しては、何かと仕事がやりにくくなる。
それはまた、遺族にとってもマイナス。
そうは言っても、この人達をおとなしく引っ込ませないと仕事にならない・・・と言うより気持ちが収まらない。

私は、多勢に無勢の中、ない頭をひねった。
そして、私の零感を霊感に変える妙案を思いついた。

「あまり言いたくはないんですけどねぇ・・・私ねぇ・・・こんな仕事をしてますからねぇ・・・ちょっとした霊感みたいなものがあるんですよねぇ・・・亡くなった人のことは、あまり悪く言わない方がいいと思うんですよねぇ・・・世の中、何が起こるかわかりませんからねぇ・・・」
何かに怯えるようにチラチラと故人宅に目をやりながらそう話すと、住民は態度を一変。
表情を固く強張らせた。

「べ、別に悪口を言ってるわけじゃないんですよ」
と、言い訳がましいことを言ったかと思うと
「あとは会長さん、よろしくお願いします」
と、男性に丸投げして、それぞれの玄関にそそくさと引っ込んでいった。
当初の威勢と自己顕示はどこへやら、男性も住民達についてスゴスゴと退却。
まるで何もなかったかのように、私一人がポツンと残された。

「あー、スッキリした!遺族が来る前に駆除できてよかった」
「ウジ・ハエの駆除も大変だけど、始末が一番やっかいなのは人間かもしれないな」
孤軍奮闘のあと、そんなことを考えながらいつもの空に向かって背伸びする私だった。

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