Home特殊清掃「戦う男たち」2007年分孤軍奮闘(vs人生編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

孤軍奮闘(vs人生編)

「おばあちゃんの嫁入り道具だったのかな?」
故人が亡くなっていた部屋には、骨董品になりそうな桐箪笥があった。
そして、そのタンスの上には小さな仏壇があり、遺影の老年男性がモノクロの微笑みを浮かべていた。
それは故人の夫、依頼者の父親であろうことはほぼ確実だった。
そして、生前の故人が供えたものだろう、そこには少しホコリを被ったカップ酒とカチカチに乾燥した小盛の御飯があった。
そこから、一組の夫婦がこの世を去ってからも、時間は真理に従って流れ続けていることを思わされる私だった。

「さてと、まずは引き出しから見てみるかな」
貴重品がある可能性が高いのは引出しの類なので、私は、収納ケース・棚・タンス等の引出しを一つ一つ開けてチェックした。

簡単に〝引き出し〟と言っても、その数は膨大。
普段は何気なく使っているけど、自分の身の回りにある引き出しを数えてみれば、それが分かるはず。
小物を収める小引き出しからタンスの引き出し。
流し台・洗面台や食器棚・クローゼットにも引き出しはついている。
押入の収納ケースだって、引き出しと言えば引き出し。

中のモノを散らかさず、それらを一つ一つチェックしていくことは、結構根気のいる作業。
他のモノの中に大事なモノが紛れていることや、意図的に隠されているようなケースもあるため、私は、できる限り念入りに調べた。

滲みでる汗も放って作業を進めているうち、私の前には、ある特異な状況が露になってきた。
あちこちの引き出しから、財布が一つ二つ三つ・・・と出てきたのだ。
そして、作業を進めれば進めるほど、次第にその数は増えていった。
更に、どの財布も金銭在中。

「財布って、一人でたくさん持つようなものじゃないはずだよなぁ」
それは、通常、一人の人間が持つ数をはるかに越えており、私は、その不可思議さに困惑した。

結局、各所引き出しからは、小銭入れから札入れまで大中小の財布が20個ちかくでてきた。

「次は・・・台所を見てみるか・・・」
台所に場所を変えると、多めにたまった生活ゴミが目についた。
ゴミには、惣菜や弁当の容器類が多く、それにより故人の食生活がどういったものだったかが容易に想像できた。
自炊なんてなかなかできなくて、女性(娘)が来ない日は買ってきた惣菜や弁当で食事を済ませていたようだった。

「老人の独り暮しじゃ、仕方ないか・・・」
そんな故人の生活ぶりを想像しながら何気なくゴミを眺めていると、それに混ざるように放置してある、口を縛った小さなレジ袋がいくつか目についた。

「ん?これもゴミかな?」
生活ゴミにしては小さいその袋に気を留めた私は、その一つを手に取ってみた。

「ん?」
持ち上げると、ジャリッとした音とそれなりの重量感があった。
その質感から、中身は小銭であることを直感的に察知。
念のために袋を透かして見ると、間違いなく中身は硬貨。
それも、一円玉や五円玉だけではなく、それ以上の硬貨も混ざっているようだった。

「と言うことは・・・」
私は、そこら辺に目につくレジ袋を手に取った。
すると、予想通り、小銭が入った袋があちこちからでてきた。

一円玉や五円玉を瓶などに貯めている人はよくいる。
一般的によくあることで、決して珍しいことではない。
しかし、この家のお金は額も量も、そして置いてあるところも全く違っていた。

「そう言えば・・・近所の人達は故人のことを〝ボケてきてた〟って言ってたな・・・痴呆だったのかなぁ」
この状況をそんな風に考えながら、私は、途中経過を遺族に知らせるために、一旦外にでた。

「財布がたくさんでてきました・・・あと、お金も!」
中の状況をテンションを上げながら話す私に対し、遺族の二人はさして驚いた様子もなかった。
そして、ずっと無言だった女性が始めて口を開いた。

「母は、特殊な病気を煩ってまして・・・」
「特殊な?」
「ええ、アルツハイマーを・・・」
「アルツハイマー・・・」
「そう・・・老人性痴呆症とは少し違ってて・・・」
「・・・」
「・・・それが少しずつ進行してまして・・・」
「・・・」
「最期の方は、お金の勘定もできなくなってしまって・・・お店でも紙幣しか使ってなかったんです・・・」
「・・・」
「だから・・・でてきているお金は、買物に行った毎の釣銭だと思うんです・・・」
「・・・」
「財布も、失くしては買っての繰り返しで・・・」
「アルツ・・・ハイマー・・・ですか・・・」
「自分でもそれが分かってましたから、ツラかったと思います・・・」
「・・・」
話しているうちに感極まってきた女性は、両手で顔を覆って泣き始めた。
一方の男性も、黙ったまま顔を歪めていた。
私は、そんな二人に掛ける言葉もなかった。

「作業の続きをやってきます」
それ以上の話を聞いても遺族の悲しさを蘇らせるだけなので、私は、話を打ち切って家の中に戻った。

「気持ちを入れ替えて作業再開!」
私は、怪しそうなバッグや鞄、ちょっした袋類の中もチェック。
すると、やはりそれらの中からもジャラジャラと硬貨がでてきた。

「まさか、ここにも?」
部屋の隅に脱ぎ置かれた洋服を何の気なしに持ち上げると、チャリンと金属音。
ポケットに手を入れると、そこからもまた、まとまった量の小銭がでてきた。

「と言うことは・・・ひょっとして?」
私は、壁やクローゼットにかかる服をポンポンと叩いてみた。
すると、そのほとんどからそれらしい金属音が。

「やっぱり?」
私は、一着一着のポケットに手を突っ込んで、中身をを確認。
すると、出るわ出るわ、小銭がジャラジャラとでてきた。

「こんな状態で暮らしていたとは・・・おばあちゃん、楽じゃなかっただろうな・・・」
私は、作業の手間を忘れて故人の晩年を想った。

故人は、自分の行く末をどう受け止めていたのか・・・。
生きる重圧に押し潰されそうになったことがあったかもしれない。
行く末を悲観して、生きる意欲を失ったことがあったかもしれない。
それでも、ギリギリまでこの家に留まることを選択した故人。

それを決意させたのは何だったのか、
それを支えたものは何だったのか、
それに耐え得る力はどこからでてきたのか・・・。
力のない私には、想像すらできなかった。

結局、財布・服のポケット・部屋に散乱するレジ袋の中etc・・・小銭は部屋の至るところに隠れており、最終的に集まった硬貨は、段ボール箱一杯分にもなった。
それは、非力の私ではとても持ち上げることはできず、仮に持ち上がったとしても段ボール箱が壊れてしまうくらいの重さになっていた。
そして、その重さは、まるで故人の晩年を象徴しているかのようでもあった。

「もし俺が同じような境遇になったら、保ち堪えることができるだろうか・・・自信ないなぁ・・・」
自分の無力さを常日頃からイヤと言うほど痛感させられている私は、部屋の隅に梱包された汚腐団の方を見てただただ首を振るだけだった。

これからも続く人生戦。
その孤独な戦いを想うと気持ちの中に重い空気が流れてばかりだけど、人が生きているかぎりは避けられない宿命。
その結末は誰も知る由もないことだけど、ただ、喜びと悲しみを携えて戦っていくのみ。
それしかない。

そう考えると、何となく、故人の晩年が暗いだけのものではなかったように思えてきた。
そして、そんな私に頷くかのように、仏壇の遺影は笑っていたのであった。

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