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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

闇の中の人

夜の暗闇って、不気味でもあるけど、考え方によっては妙に落ち着くものでもある。
顕著な例は、就寝時。
一日を終えて眠りに就くときの暗闇は、格別に落ち着く。
静かな暗闇の中に身を委ねると、一時的にでも生の苦労から解放されるから。

かつての私は、暗闇が大の苦手だった。
何か恐ろしいものが潜んでいるような気がして仕方なかったのだ。
その〝恐ろしいもの〟の終局にあるのは〝死〟。
暗闇は、死を象徴するものだから恐怖感を覚えていたのかもしれない。

でも、いつの頃からか私は暗闇をそんなに苦手にしなくなった。
精神が強くなっているのか神経が麻痺しているのか、または、〝死〟は無闇やたらに忌み嫌うべきものでもないことがわかってきたからか・・・そのハッキリした理由は自分でも分からない。

「急いで来てよ!」
電話をしてきたのは、不動産管理会社の担当者。
事の前後・脈略を無視して話を続ける様に、かなりの動揺と苛立ちが伺えた。

「警察の立ち入り許可はでてますか?」
「立ち入り許可?そんなのがいるの?」
「それがないと部屋に入れませんから・・・」
「そんなこと知らないよ!何とかしてよ!」
「とりあえず、警察に問い合わせてみて、それからまた連絡下さい」

そんな状況で、その時の電話は終えた。
同じ依頼者から電話が入ったのは、その日の夕方になってからであった。
「警察から立ち入り許可がでたよ!事件性はないらしいんで急いで来て!よ」
「わかりました・・・とりあえず現場に向かいますね」
私は、依頼者に対して、最初の電話では気づかなかった自己中心的な横柄さを感じながら電話を切った。

現場に到着した頃、外は既に暗闇に覆われていた。
現場は賃貸の1Rマンションで、依頼者である不動産管理会社の担当者は私より先に来ていた。

「お待たせしました」
「遅いよ!」
「あ、スイマセン・・・」
「はい、鍵!○階の○号室!」
「はぁ・・・」

電話で感じた依頼者のキャラクターは間違っていなかった。
発する言葉は全て命令形。
常用の下請業者と混同しているのか、私を完全に下に見ているようだった。

人間関係に必要なマナーを持たない人は、どの世界にもこんな人がいることは承知している。
ひょっとしたら、ある場面では知らず知らずのうちに自分がそんな人間になっていることだってあるかもしれない。
ただ、私は、この現場で一方的に指示・命令される立場でもなくその筋合もなかった。

「○号室ですか・・・じゃ、一緒にお願いします」
「一緒に!?なんでよ!」
「Before.Afterをどちらも確認してもらっとかないと困るんです」
「・・・」
「あとで間違いがあるといけないんで」
「そりゃそうかもしれないけど・・・」
「さ、行きましょう」
「・・・」
「行きたくないなら仕方ありませんが・・・」
「・・・」
私が放った軽いジャブが効いたみたいで、依頼者は横柄な態度をおとなしくさせた。
そして、黙り込んだ。

「ジッと考えてても仕方がないんで、とりあえず見るだけ見てきますよ」
怖じ気づいた顔の依頼者につまらない優越感を持ち、私は一人で現場に向かった。

「こりゃ、かなりイッてそうだな」
玄関からは腐乱臭がプンプンと漂っており、中の熟成が進行していることが伺えた。

玄関を開けてまず目に飛び込んできたのは暗闇。
私は、薄っすらと入る外からの明かりを頼りに、壁に電気スイッチを探した。

「あれ?」
電気はつかなかった。

「ブレーカーかな?」
玄関を入ってすぐ頭上にブレーカーはあった。

「ヨイショっと・・・あれ?」
レバーを上げても電気は通らなかった。

「料金滞納だな・・・完全に止められちゃってるよ」
部屋の電気は完全に止められているみたいだった。

「これじゃ、仕事にならないな」
私は、玄関から先に進むのはやめて、一旦退出した。

「あれ?もう終わったの?」
「いや、電気が点かなくて中が見えないんですよぉ」
「え?点かない?ブレーカーが下がってるんだよ」
「ダメです・・・上げてみましたけど・・・」
「ダメ?そんなはずないよ!ちゃんと見たの?」
「電気料金滞納で、止められちゃってるんだと思いますよ」
「何とかならないの!?オタク、専門の業者だろ?」
「・・・」
「チッ!しょうがねーなー!」

依頼者は、不機嫌そうに舌打ちをした。
態度にださなかっただけで、私の方もとっくに気分を害していた。

「とりあえず、懐中電灯で見てみますよ」
私は、車に常備している懐中電灯を手に、再び部屋に向かった。

同じ暗闇でも、必要であれはいつでも明かりが点される状況と、いくら必要でも明かりが点されない状況とでは、その心細さが違う。
私は、それを客観的に自覚しながら、玄関を開けた。

「俺も神経がズ太くなってきたなぁ・・・それとも、神経がイカれてきたのか?」
中に入っても平常心はキープされたまま。
現場への恐怖感が少ない自分こそが不気味に思えるくらいだった。

「どれどれ」
まず始めに、懐中電灯を部屋全体に巡らせて、全様を確認。
家財や生活用品の量は多く、床には足の踏場もないくらいにゴミが散乱していた。
それから、汚染箇所と思われる場所を探した。

「あ゛ー、あそこだな」
警察がやっていったのだろう、部屋の中央に毛布が広げられているところがあり、その下が汚染箇所だと思われた。
私は、ゴミを踏み越えて毛布に近づき、その端をつまみ上げた。

「やっぱりな!」
予想通り、そこからは茶黒い粘液が出現。
懐中電灯の光に反射する様が、不気味さを増長させていた。

現場を確認し終えた私は、悪臭を携えて依頼者の元へ戻った。

「オタク、臭くない?」
「このニオイで、部屋の中がどんなになってるか想像できますでしょ?」
「・・・」
「だいぶ深刻ですよ」
「掃除するよね?」
「電気がないから厳しいです」
「それじゃ困るよ!何とかしてよ!」

依頼者の態度と口調は相変わらずで、寛容さを持ち合わせていない私の忍耐力は決壊寸前まできていた。

依頼者が特掃作業を急ぐ理由は近隣住民の苦情にあった。
噂が噂を呼び、マンション全体が大騒ぎ。
それを抑えるために依頼者は、〝今日中に何とかする〟と大見栄を切ったらしかった。

「やれる方法としては・・・」
「方法があんの?
「・・・懐中電灯ですかね」
「それいこ!それ!」
「ただ、大変なんですよ」
「大丈夫!仕事だろ?」
「あと・・・」
「あと?」
「一緒に入って私の手元を照らしてくれる人が必要です」
「え゛?・・・」
「でないと無理です」
「・・・」
「どうします?」
「・・・」
「ま、無理する必要はないですが」
「・・・と、とりあえず、玄関まで行ってから考える・・・」

消沈した声に、依頼者の深刻な心境が表れていた。
そして、その表情は、玄関に近づくにつれ強張っていった。

二人で玄関前に立つと、私はおもむろにドアを開けた。
同時に、中からは強烈な悪臭パンチが炸裂し、依頼者の鼻をブン殴った。

「グエーッ!」
依頼者は、言葉にならない悲鳴を上げたかと思ったら、逃げるように外へ走っていった。

「グホッ!ゲホッ!」
パンチは腹にまで効いたらしく、依頼者は苦しそうに咳込みながら〝降参〟をジェスチャー。
結局、その夜はそれ以上のことはできないまま退散となった。

翌日、特掃作業の日。
約束の時間に現れたのは前夜の依頼者ではなく別の担当者だった。

「昨夜の○○さんは?」
「急に体調を崩したらしく、今日は休ませてもらってます」
「え?そうなんですか」
「昨日はピンピンしてたんですけどね」
「昨日の夜も元気でしたよ・・・帰り際までは」
「はぁ・・・そうでしたかぁ・・・」
「ま、とにかく〝お大事に〟とお伝え下さい」

人の不幸を笑ってはいけないけど、どうしても頬が緩んでしまう闇の中の私だった。

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