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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

別人

「別人に生まれ変わりたい」
「○歳の頃に戻りたい」
叶わぬ夢と知りつつも、そんな願望を持ったことがある人は多いのではないだろうか。
同時に、そんな妄想を楽しむ人も。

かく言うこの根暗もその一人。
健康・年齢・容姿・性別・地位・名誉・経済力etc
そんなことで他人を羨んだり他人に嫉妬したりしながら、自分の理想像をつくり上げていく。
そして、生まれ変わって別人になることを空想する。

格差社会云々が叫ばれるようになって久しい。
どの角度から眺めてみても下の方に位置している私は、どうあがいても負け組のエースで四番。
今更、別人には生まれ変われない現実に溜め息を漏らしながら、
「勝ち組にはなれないけど、負け組から抜け出す迂回路がどこかにあるんじゃないか」
と、光を求めて暗闇をさまよっている。
足りない能力・根性・努力を棚に上げて。

ある日の午後、郊外の住宅街にある一軒家に出向いた。
依頼の内容は遺体処置・納棺業務。
家の外には葬式用の提灯や看板等が設営されており、番地を探さなくても目的の家は簡単に見つけることができた。

私を出迎えてくれたのは初老の女性。
普段着に化粧気もなく、どことなく落ち着かない様子。
身だしなみを整える余裕もないまま、葬儀の準備に奔走していることが見て取れた。

その日の夜はこの家で通夜が営まれることになっており、家人はその準備に忙しいようだった。
その雰囲気を読み取った私は、女性に余計な手間をとらせないように言葉数を抑えて家の中を進んだ。

通されたのは裏庭に面した奥の和室。
部屋を隔てる襖は外され、二間続きの広間になっていた。
部屋の奥には大きな葬儀祭壇が設置。
真ん中には中年男性の遺影が掲げられていた。
回りには、たくさんの供花や供物。
傍らには、空の柩が置いてあった。
肝心の故人は、その祭壇の真正面に安置。
最終的には、故人を柩に納めるのが私の仕事だった。

「スイマセンね・・・バタバタしちゃってて」
「いえいえ・・・」
「慣れないことばかりで・・・」
「仕方ないですよ」
「すぐにお棺に入れちゃうわけじゃないですよね?」
「ええ・・・準備に時間がかかりますから」
「じゃ、その間に用事を済ませてきてもいいですか?」
「あ、はい・・・」
「まだ自分の身支度も整えてないものですから」
「どうぞ・・・準備を進めながら皆さんの支度が整うまでお待ちしてますから」
女性はそそくさと部屋をでていき、私はそれを見送った。

「さて、仕事に取り掛かるか」
私は、祭壇の前で横になっている故人の枕元に近づき、顔を覆う白い面布をとった。
そこには、眠るような顔の故人、初老の男性がいた。
顔色の悪さは否めなかったけど、特段の変色や死臭もなく、見た目には安らかに休んでいるように見えた。

「・・・あれ?なんか違うような気が・・・」
私は、葬儀祭壇に掲げられている遺影の顔と目の前に横たわっている故人の顔が似ていないことに気がついた。

「おかしいなぁ・・・オレの目がおかしいのかなぁ」
私は、目を見開いて遺影を凝視。
それから、急いで故人の顔を見て脳裏の残像と重ね合わせた。

「ん゛ー、似てないなぁ・・・」
首と目を素早く動かして何度見ても、二つの顔は重ならなかった。

「でも、こんなに堂々と掲げられてたら、誰かが気づくはずだよな・・・遺族だって見てるはずだし・・・」
私は、自分の中で無難に決着をつけた。

遺影写真と故人の顔が別人のように見えることは決して珍しいことではない。

遺影写真は見た目重視なので、そのほとんどは故人が元気だった頃の写真が使われる。
顔色もよく凛々しい表情の写真が好んで用いられるのだ。
随分と若い頃の写真を使う遺族も少なくない。
片や、故人は顔色も悪くやつれていることが多い。
表情らしい表情もなく、力を失った筋肉は重力のなすがまま。
亡くなっているわけだから、元気ハツラツ・凛々しい顔を求めても無理がある。

そうすると、遺影写真と故人の顔が別人のように異なることも頷けるだろう。
それでも、遺影になった人は同一人物なわけで、どこかしらに共通した面影があるもの。
しかし、どこをどう見ても、この現場の故人と遺影写真の面影には共通するものはなかった。

「お待たせしました」
しばらくすると、正装した女性が部屋に入ってきた。

「あれ?なんか違うような気が・・・」
私は、目をやった女性の顔にプチ仰天。
声や話し方は同じも、最初のときとは顔が別人のようになっていたのだ。
人の顔をジロジロ見るのは失礼とは思いつつ、ついつい女性の顔に視線が止まってしまう私だった。

「女性ってスゴイな・・・化粧ひとつで別人になれるんだから」
私は、女性の変容ぶりに感心しながら作業を進行。

それから、数人の遺族が部屋に集合。
全員がキチンと礼服を着ていたせいもあってか、部屋は一気に厳粛な雰囲気に包まれた。

私は、決まった段取りを踏みながら遺族の手を借りて故人を柩に納め、ドライアイスや副葬品等を一緒に納棺。
それから、柩用の細長い掛布団を故人に掛け、蓋を閉めて納棺式を終了させた。

退室の際も遺影を見たけど、やはり私の目には別人にしか見えず。
また、遺族の気配を気にしてはみたけど、誰にも遺影を不審に思っているような様子はなく。
私は、疑念を残したままこの仕事を終えたのだった。

後日・・・
結論から言うと、やはり故人と遺影の人物は別人だった。
そして、その事実が発覚したときは大騒ぎになったらしかった。

私が現場を離れたのは通夜開始の直前。
つまり、それが発覚したのは通夜式が始まって以降にであった可能性が高い。
仮に、通夜式中に発覚したとすると、その後は想像するのも恐い。

おそらく、遺影の原板は何人もの人が写った集合写真が使われたのだろう。
それで、遺族と葬儀社の間で写真にする人物指定に錯誤が生じ、結果的に別人が抜き出された可能性が高かった。
しかし、それが祭壇に掲げられてもなお気づかない遺族に「?」だった。

仮に・・・
遺影にされた本人が弔問に来たら、どんなに驚いたことか。
その様を想像すると、不謹慎ながらもちょっと可笑しく思えた。

もう若くはない私。
別人のように変われることは、もうわずかしか残っていないだろう。
あとは、このまま年老いていくのみ。

そんな諦めと虚しさの境地に立たされながらも希望がないわけではない。
人は誰でも、そして何時でも、自分の人生を生まれ変わらせるチャンスだけはあると思っているから。
目に見えないところには、別人のように変えることができることが、まだたくさんあると思っているから。

さてさて、死ぬまでにどれだけこのダメ人格を変えることができるか。
結果に勝ちはなくても、やるだけの価値はありそうだ。

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