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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

密室(中編)

〝孤独死〟は、なにも独り暮しの人にだけ起こるものではない。
家族と同居している場合でも、トイレや浴室・自室等でひっそりと人知れず亡くなっているケースもあるのだ。
本blogでいくつか取り上げてきたように、私はその様な現場に何度となく遭遇してきた。

そんな現場の故人は、やはり高齢者が多い。
高齢・加齢に伴う肉体の衰えは誰にとってもやむを得ないことで、そんな人はちょっとした体調不良や気温・気圧の変化が命に関わることがある。
どうせ逝かなければならないのなら、長患いをせずにポックリ逝った方がいいのかもしれないけど、その後は直ちに発見してもらわないと色々とマズイことが起こる。

人の死は、何か特別な出来事であるかのように思われがちだが、実は至極自然な現象で意外なほどに呆気ないものである。
しかしながら、ピンピン生きている人やその家族にとっては想像だにできないものでもある。
だから、家族の中にいても孤独死は発生するのだ。

また、これはかなりのレアケースなのだが、独り暮しではないのに故人が腐乱していることがある。
本blog初期の頃に一現場のことを書いたことがあるが、私も今までにそんな現場をいくつか経験してきた。
風呂で煮られたわけでもなく・暖房に焼かれたわけでもなく、家族にも気づかれず・関心を持たれず、故人が長い時間放置されて腐っていった現場だ。

そんな現場に初めて遭遇したとき、私は、家族に対する驚きを隠せなかった。
その家族模様を現実のものとして信じることができなかった。
しかし、どれも紛れもない現実だった。
そして、そんなことが起こる現場は、共通して家族は家庭内別居状態であり家は一戸建であった。

家庭内別居をして日常は顔を合わせることがなくたって、その生活には同居人が存在する気配くらいはあったはず。
その気配(存在感)が急になくなったら変に思うのが自然だろうと思う。
更に、しばらくすると異臭が漂い始めたはずで、ここまでくると異変を感じない方がおかしいくらいだと思う。
それでも、家族は故人を無関心に放置し、腐敗が進んだ状態になってやっとその死に気づくのだった。

とにもかくにも、どんなに家族内の人間関係が希薄でも、お互いに存在の気配くらいは気にかけておいた方がいいような気がする。
お互いのために。

そんなウソみたいな経験を持っていた私は、今回の現場でも同様の疑いを抱いていた。

同行した不動産管理会社の担当者はインターフォンを押した。
すると、家人の女性が中から応答。
その声の利発さときちんとした返事に、私は意表を突かれた。
私は勝手な先入観で、「変人+無愛想=会話不成立」を想像していたのだ。

女性は、担当者の話を無視するわけでもなく、はぐらかすわけでもなく、また無礼な口をきくわけでもなく、その語り口から受ける印象は淑女そのもの。
しかし、担当者がいくら頼んでも玄関のドアを開けることはかたくなに拒み続けた。
話に聞いていた通り、どうも、その部分だけは譲れないようだった。

それでも担当者は粘り強く説得を試みたが、結局、女性の気持ちを動かすことはできず。
もちろん、強行突破なんてできるはずもなく、具体的な進展を得られないまま、我々はスゴスゴと引き下がるしかなかった。

「いつ来ても、このパターンなんですよ」
「なるほど・・・困ったもんですね」
「ところで、どうです?何のニオイだかわかりましたか?」
「ええ・・・ゴミのニオイですね」
「ゴミ・・・だだの?」
「いや、大量のゴミです・・・色んなニオイが混ざってて・・・中はゴミ屋敷になっていると思いますよ」
「え!?ゴミ屋敷!?」
「ええ、これはゴミ屋敷特有のニオイですね・・・腐った食べ物・腐った水・害虫・糞尿・カビ・トイレ・風呂など、色んな悪臭が混ざって熟成しているんだと思います」
「う゛ぁ・・・」
「多分、動物の死骸まではないと思いますけどね」
「・・・」

私は、現場のニオイが腐乱死体のものとは異なったものだったので、とりあえず安堵した。
ホッとした安心感からでるジョークで、中では人が死んでいないことを「動物」という言葉に変えて伝えてみたのだが、最初からそんな心配をしてない担当者には全く通じておらず、私だけが空振りの後の冷たい風を感じていた。

「で、どうすればいいですか?」
「ん゛ー・・・外回りだけ消臭・消毒しても、根本的な解決にはなりませんよ」
「ですよね・・・」
「焼石に水、費用を無駄にするだけですね」
「困ったなぁ・・・」
「やはり、原因そのものを解決しないと、いつまでもこの問題は片付かないと思いますよ」
「そうですかぁ・・・」

火事や救急などの特段の事情でもないかぎり他人の家を勝手に開けることはできない。
そして、ゴミだろうが不用品だろうが、家主の同意・許可がないと家の中にある物には他人が手をつけることはできない。
また、女性宅に踏み込む正当性を証するには、その程度の悪臭では弱すぎた。
私は、それまでに経験してきたゴミ屋敷や遭遇してきた家主のことを思い出しながら、頭の中で策を練った。

ゴミ屋敷の片付けは、本人が問題意識を持ってやる場合と、身内による説得や強制的手段で行われる場合とに分かれる。
前者のパターンは若年層に、後者のパターンは老年層に多く当てはまる。
そして、この現場の家主は高齢者。
つまり、私は、近しい身内の人に動いてもらうことを思いついたのだった。

「入口を変えましょう」
「は?入口?」
「正面玄関はやめて勝手口から入るんです」
「勝手口?」
「そう、(家主女性の)身内を探して連絡をとってみて下さい」
「はい・・・」
「次のことはそれからにしましょう」
「わかりました」

その日の仕事はそれまでにして、我々は現場を退散。
私は、これ以上この現場に関わりたくない逃走本能と、最後までやり遂げたい特掃魂とを心の天秤でグラつかせながら帰途についた。

それから、担当者から〝親族が見つかった〟旨の連絡が来るまでには、わずかの日数しか要さなかった。
しかし、頼みの綱である親族が見つかったものの、事はそう簡単には進まないのだった。

つづく

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