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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

ショートケーキ

いきなり景気の話。
この世の中、〝景気がいい〟と言われだしてしばらく経つ。
しかし、自分にあてはめてもその実感はなく、回りにもその実情は見つからない。

もともと、景気の動向を肌で感じるような仕事でもないのだが、そんな中にあってもあちこちの現場から、この社会が段々と生きにくいものになってきていることを感じている。
中でも、ここ数年の間に、経済的な困窮と人間関係の希薄さ(孤独化)を強く感じる現場が増えてきたような気がする。

物価・税金・社会保険料etc・・・出ていくお金は増えていくばかり。
一方、好景気なんて〝どこ吹く風〟、入ってくるお金はそう簡単には増えていかない。
また、表裏と打算にまみれた人間関係からは人の真意が見えない。
身内でさえも関わり合いになるのは煩わく疲れるばかり。
だから、少々の寂しさよりも独りでいることの気楽さの方にウェイトを置く。

そんな〝貧乏独居〟が増えていく社会には明るい未来が描きにくく、それを思うと楽しい気分にはなれない。

話は変わってケーキの話。
私は、酒も好きだが甘いものにも目がない。
5号ぐらいのラウンドケーキならペロリとたいらげてしまうことは過去blogにも書いた通り。
ミルクレープをラウンドで食べる夢は実現していないけど、各種甘味はちょくちょく食べている。

私の懐は安物を、腹は高級品を欲しがるけど、結局はほとんどコンビニやスーパーで売っている手頃なものばかりを食している。
どちらにしろ、私は、自分でも嫌になるくらいメタ坊が喜びそうなものばかりが好んで食べているのである。
まったく、困ったもんだ。

特掃の依頼が入った。
依頼者は中年の女性。
女性の話をつなぎ合わせてみると亡くなったのは女性の夫で、夫婦は別居していたようだった。
その模様を淡々と話す女性の口調に、気丈さと動揺が滲み出ていた。

「発見が少し遅れまして・・・」
「どのくらい経っていたみたいですか?」
「警察からは、〝約一週間〟と言われました」
「そうですか・・・で、倒れられていたところはどこですか?」
「台所みたいです・・・私は見ていないのですが・・・」
「とりあえず、現場を見せて下さい」
「お願いします」

約束の日時、私は現場で依頼者の女性と待ち合わせた。
現場は密集した住宅街に建つ1Rのアパート。
〝古くもなく新しくもない〟といったたたずまいで、異臭は外にまでは漏れだしていなかった。
その季節と死亡してからの経過時間、そして異臭が外にまでは漏れていない状況を考え合わせると、汚染はライト級であることが想像できた。
そんな想定のもと、私は、マスクは首にブラ下げたまま手袋だけを装着して玄関を開けた。

「これかぁ・・・」
玄関を入ってすぐの所、流し台の前の床に故人が倒れていた痕があった。
「軽いな・・・」
さすがに、部屋の中には異臭がこもっていたが、私にとっては余裕で我慢できるレベルだった。

「見ますか?」
私は、少し離れた後方で緊張している女性に声を掛けた。

「はい・・・」
女性は、小さく返事をしてゆっくり近づき、玄関口から中を覗き込んだ。

「ご主人が亡くなっていたのはここで、多分、ここに頭があって、こういうかたちで倒れられていたんだと思います」
私は、身振り手振りを交えて故人のカタチを表した。

「そうなんですか・・・・」
女性は、鼻と口に手をあてて、現実味が湧かない様子でそれを眺めていた。

「この汚れは何ですか?」
「グロテスクな話になりますけど・・・人体が腐敗する段階で流れ出た体液です」
「血?・・・ですか?」
「血液も混ざってると思いますが、それだけじゃないですね」
「???・・・」

女性は、腐敗液の正体はおろか、人体が腐敗していく過程も全く想像できないようで、私の説明にも怪訝な表情を見せるばかりだった。
私も、余計な知識をひけらかしたところで何の意味もないので、女性に質問されたことに簡潔に答えることだけに留めておいた。

「これくらいの汚れでしたら、すぐに掃除できますよ」
女性には外で待っててもらい、私は、汚染部分の掃除をさっさと済ませた。
それから、部屋に散乱するガラスの破片を片付けた。
これは、警察がこの部屋に突入する際にベランダ側のガラスを破ったことによって残されたものだった。

作業をやり終えると、若干のニオイが気になるくらいで、部屋はきれいに蘇った。
もともと部屋にある家財・生活用品の量は極めて少なく、ゴミや不用品らしきモノもほとんどなかった。
そこからは、故人の慎ましい生活が偲ばれた。

私は女性を部屋に呼び、貴重品類を探してもらいながらその後の打ち合わせをした。

「それにしても、荷物が少ないですね」
「・・・ええ・・・引っ越してきたばかりですから・・・」
「・・・そうですか・・・」
「仕事が不景気でね・・・主人は、再出発するためにここへ越してきたんです」
「・・・」
「でも、まさかこんなことになるなんて・・・」
「・・・」

話が暗い方向に煮詰まってきたので、私は作業で身体を動かして場の空気を変えることにした。
まずは、〝腐りモノ〟をチェックするため、冷蔵庫の扉を開けた。
すると、中には赤い苺がのったショートケーキがあった。
コンビニかスーパーで買ったものだろう、二個入用の透明ケースに一個だけ残された状態で。
手に取って見ると、消費期限はとっくに切れていた。
だだ、外見上はいたんだ様子もなく美味しそうなケーキそのものだった。

「ケーキが入ってますね」
「ショートケーキですね・・・」
「ええ・・・」
「主人は、昔からケーキが好きでね・・・よく食べていたんですよ」
「へぇ~、私も好きですよ」
「〝ケーキを食べると贅沢な気分が味わえて楽しい〟って、よく言ってました」
「わかるような気がします」
「一個残したまま逝っちゃったんですね・・・」
「・・・」

私には、この夫妻が別居するに至った経緯を想像することはできなかったが、二個ペアの一個だけ残ったショートケーキが二人の人生を象徴しているように見えて仕方なく、女性が流す笑顔の涙に切ない寂しさを感じるのだった。
そしてまた、世の中の景気が良かろうが悪かろうが働ける仕事があり、ショートケーキが食べたい時にいつでも買えるくらいの生活ができていることに小さな幸せと生きている実感を覚える私だった。

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