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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2007年分

特殊清掃「戦う男たち」

それぞれの年の瀬

毎年のことだが、X'masを前後してのこのシーズンはどこに行っても賑やかだ。
今年のX'masを楽しく過ごした人も多いと思う。
今年は、いい具合いに連休も重なったしね。

そう言う私は、連休もへったくれもない。
夏場に比べれば余裕があるものの、相変わらず現場を走り回っている。
この年末も、都心から郊外のあちこちに出没し、社会の陰部を黙々と片付けている。
ゆっくり休みがとれないのは残念だけど、それでも年末年始のお祭ムードを世間からおすそ分けしてもらって、ささやかな幸せを感じている。

それぞれの人が、それぞれの年の瀬を迎えているのだろう。

その現場の原状復帰を終えたのは、何年か前の年の瀬だった。
秋の特掃に始まって、最後の内装工事が終わる頃にはX'masの時期になっていた。

「あの時の両親は、今、どうしているだろうか・・・」
ふと、そんなことを考える・・・

「ふぅ~、今日の仕事はこれでおしまいだな」
ある年の秋の夕暮時、私は、昼間の汚仕事を終えて帰途中の車中で一息ついていた。
そんな中、出動要請が入ってきた。

「とにかく、すぐに来て下さい!」
電話の相手は慌てており、緩んでいた気分が一瞬にして引き締まった。
そして、私は、走行ルートを変更して現場に向かった。

現場はロフト付1Rマンション。
依頼者は、そのマンションのオーナー。
依頼者は、電話で話した時に比べれば落ち着きを取り戻していた。

「急に呼び立ててすいません」
「いえいえ」
「とにかく、早く何とかしないといけないと思って・・・」
「とりあえず、部屋を見せて下さい」
「私は行かなくてもいいですか?」
「どちらでも」
「・・・」
「私一人で見てきますから、大丈夫ですよ」
「申し訳ありません・・・」

依頼者は、私一人を凄惨な現場に行かせることに気が咎めたようだったが、そうは言っても自分は行きたくない様子。
どの現場でも大半の人がそうなので、私は気遣いに感謝するのみで気にはならなかった。

現場の部屋はマンションの上階。
私はエレベーターを使わずに階段で上がった。
健康のため・・・な訳ではなく、他の住人を避けるためと、身につけてきた〝PERSONS〟をエレベーター内にまき散らさないためであった。

「ここだな・・・」
玄関前に立って、深呼吸の後にマスクを装着。
玄関ドアを開けて土足のまま部屋に入った。

「これかぁ・・・」
部屋に家財は少なく、床に広がるミドル級の腐乱痕が目に飛び込んできた。

「ひょっとしたら、俺の方がクサイかも?」
マスクをずらして息を吸ったら、部屋のニオイはライト級だった。

「ん?自殺か?」
ロフトのハシゴには不自然な汚れと頭髪が付着。
それは故人が首吊り自殺を図ったことを表していた。

現場調査を終えた私は、依頼者の待つエントランスに戻った。
依頼者は、人目を気にしながら私を隅の方へ誘導した。

「どうでした?」
「深刻な状態ですけど、掃除だけでしたら今日中に何とかできます」
「そうですか!よかったぁ!」
「ところで・・・自殺ですか?」
「え!?・・・」
依頼者は、表情を曇らせた。

「違ってたらスイマセン」
「・・・」
「汚染の状況から、それが見受けられたものですから・・・」
「そ、そのようです・・・警察がそう言ってました」
「そうですか・・・」
「あ!これは内緒にしておいて下さいね!」
「あ、はい・・・」
「他の住人に知れたら、どんなことになるか・・・」
「他言しないことは約束します」
依頼者が風評被害を恐れていることはすぐにわかった。

〝死人発生〟というだけでも人々に嫌悪されるには充分の威力がある。
それが、〝自殺〟〝腐乱〟となったら嫌悪感を通り越して恐怖心すら与えてしまう。
それは、マンション住民だけの問題ではなく、地域住民とのトラブルの火種にもなりかねない。
マンションのオーナーである依頼者にとっては死活問題・一大事なのだ。

「故人は若い男性のようですが・・・」
「ええ、確か・・・○○歳くらいのはずです」
「○○歳ですか・・・若いですね・・・」
「家賃や公共料金を滞納したりマナー悪い人達が出入りしたりと、色々と問題のあった人なんです」
「そうでしたか・・・」
「その上、こんなことしてくれちゃって・・・」
「・・・」
「費用は保証人に払ってもらいますから」
「保証人はどなたが?」
「親御さん・・・父親だったはずです」
「そうですか」
「場合によっては、費用は私が立て替えますので、とにかく掃除だけでもお願いします」
「承知しました」

私は、疲れた身体にムチ打って作業に着手。
まずは、腐敗液で汚染されたものを処理しなければならず、それらを一つ一つ拾っては袋に梱包していった。

「ん?」
床に散らかる汚染物の中に一枚の現金書留封筒があった。
身内から故人宛に送られてきたもののようだった。

開封済の中を覗いてみると、中には一枚の紙があった。
私は、腐敗液でバリバリになっているそれを取り出し、慎重に開いた。
それは、手紙だった。

そこに書かれた力のない文字を追いながら、その切実な内容に私は絶句した。

「私達には、もうこれが限界」
「これ以上の無心には応えられない」
「家を越さなければならなくなった」
「ひっそりと暮らしたいから、所在は探さないでほしい」

差出人は父親らしく、その日付は、故人が自殺したとされる日からそんなに離れていなかった。

「〝訳あり〟か・・・重いな・・・」
私は、自分の気持ちが落ちていくのを感じながら、その手紙を手にしたまま重苦しい空気に飲み込まれていった。

依頼者が父親から聞いた話によると、故人には人に言えない過去があった。
故人はその過ちを何度も繰り返し、両親はその尻を拭うために身を削り心血を注ぎ続けた。
そして、その結末は、私が見た通りのこととなったわけである。

「ご両親は、随分と苦労されたみたいで・・・話を聞いたら気の毒になってきました」
「息子さんの死を悲しみながらも、何だかホッと安心したようでもありましたよ」
そんな依頼者の言葉に、両親の複雑な心情が滲み出ていた。

あれから、何年経っただろうか・・・両親のその後を知る由もない。
ただ、今は、息子(故人)との楽しい想い出だけを抱いて穏やかに暮らしていることを信じたい年の瀬である。

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