Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分三角関係(前編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

三角関係(前編)

〝人は、三人集まると人間関係が発生する〟と言われる。
しかし、人が苦手な私の場合、人間関係を発生させるのに三人も必要ない。
二人で充分・・・イヤ、自分一人でも持て余す。
〝人は一人では生きていけない〟とわかってはいても、人間関係のしがらみに疲労する。
取り扱いがこんなに難しいなんて、人間って、単なる動物のようであっても、ただの動物ではないのだろう。

今回は、〝三角関係〟の話を書こうと思う。

「三角関係」と聞くと、どんなことが頭に浮かぶだろうか。
私の場合、まずは男女の愛憎関係が頭に浮かんでくる。
二股をかけたりかけられたり・・・嘘と詭弁で塗り固められた淫らな関係・・・。
ま、奥手で実直?な私には縁のない話だが。

現場は、見るからに高級そうなマンション。
建っている場所も一等地で、住環境としてのステイタス性は充分。
高級ホテル並のエントランスが無言の威厳を放っていた。

依頼者は現場となった部屋の持ち主で、約束の時間ピッタリに姿を現した。
その落ち着いた外見と物腰は、女性が私と同年代であることを示唆し、更にキャリアウーマン風の利発さも兼ね備えていることも伺えた。
私達は簡単に挨拶を交わし、行き交う住人達の目を避けるようエントランスの隅に場所を移した。

「何をどうすればいいのか、さっぱりわからなくて・・・」
依頼者は、困惑を極めた様子で現場の状況を話し始めた。

「住んでた方が中で亡くなってしまって・・・」
「そうですか・・・」
「浴室や洗面台が血だらけになってるらしいんです」
「〝血だらけ〟ですか?」
「ええ・・・」
「ストレートにお尋ねしますけど、自殺ですか?」
「いえ、違うみたいです」
「死因は聞かれてます?」
「ええ・・・○○と聞いてますけど・・・」
「なるほど・・・血は吐血によるものなんですね」
「らしいですね・・・」
「突っ込んだ質問をして申し訳ありません」
「いえ・・・」
「仕事柄、感染症には常に注意しとかなければならないものですから」

私は、故人の死因に始まり、現場を取り巻く色々な状況を尋ねた。
通常の賃貸借契約の場合は、貸主と借主の間を不動産管理会社が仲介するのだが、この案件は違っていた。
依頼者(貸主)と故人(借主)は共通の知人を介しての賃貸借契約、つまりプライベートな信頼関係にもとづいての賃貸借契約を結んでいた。
それで、部屋で死人がでただけでも大事なのに、不動産管理会社を仲介にした正規の賃貸借契約ではなかったことが、問題を更に大きくしているようだった。

亡くなったのは、依頼者と同年代の女性。
依頼者は、賃借人が部屋で亡くなることなんて夢にも想像していなく、仲介した友人と故人を信用して気楽な気持ちで貸していたようだった。
もちろん、故人も人様に迷惑をかけるつもりで亡くなったわけではないはずで、その辺の行き違いに人生の妙を感じさせるものがあった。

一通りの話を聞いた私は、とりあえず部屋を見てくることにした。
依頼者は、一緒に部屋に入ることはもちろん、現場の階まで上がることにも気がすすまないようだったので、依頼者をエントランスに置いて一人で現場に向かった。
いつもなら、首に専用マスクをブラ下げて手袋をはめながら移動するところなのだが、このマンションにその姿はあまりにもミスマッチなので、道具を身の陰に隠しながら現場へと移動した。

「さてと・・・いっちょ、見てくるか!」
玄関前でマスクと手袋を装着し、自分に気合をいれて開錠。
そして、ドアをゆっくり引いた。

玄関から見える室内は、見た目にはきれいだった。
土足であがるには気が引けたので、私は勝手にスリッパを拝借して浴室を目指した。

「お゛っ!」
ゆっくり廊下を曲がった私の目に、いきなり脱衣場の洗面台が飛び込んできた。
白いシンクは深紅に染まり、グロテスクな模様を描きだしていた。
また、その周辺には小豆色のシミが飛び散っていた。
そこは、故人が大量の血を吐く凄惨な光景を思い起こさせた。

「この分じゃ、風呂場も大変なことになってそうだな」
すぐそばの浴室扉を開けると、浴室の床は真紅に染まり、人型の痕が残されていた。
浴室にたどり着いた故人は、ここでも大量に吐血し、そのまま還らぬ人となったようだった。

一通りの現場確認を終えた私は、依頼者の待つエントランスに戻った。
私を待つ間、依頼者は例の友人に電話をかけていたらしかったが、何度かけてもつながらなくてイラついていた。

「本当は、他人に貸すのは気が進まなかったんですよ」
「・・・」
「このマンションは近いうちに売却するつもりだったのに、友人から強く希望されて、仕方なく貸したんです」
「・・・」
「あの時、毅然と断って、そのまま売っとけばよかった・・・」
「・・・」
「こんなことになっちゃって、お先真っ暗ですよぉ・・・」
「・・・」
依頼者は、故人にマンションを貸したことを悔やんでも悔やみきれないようだった。
そして、私も、依頼者の不運にかける言葉もなかった。

「ところで、部屋はどうでしたか?」
「掃除や整理整頓が行き届いていて、全体的にはきれいです」
「はぁ・・・」
「ただ、洗面所と浴室が血の海で・・・」
「・・・血の海・・・ですか・・・」
「ええ・・・」
「何とかなりますか?」
「まぁ・・・見た目には・・・」
「掃除すれば大丈夫ですよね?」
「・・・まぁ・・・あとは〝気持ち〟の問題ですね・・・」

浴室・洗面所を血の海にしただけでも資産価値(売値)を下げるはず。
しかも、〝そこで人が死んだ〟となったらどこまでのマイナス要因になるか想像もできない。
それは、掃除してどうこうできるものではない。

「こんなマンションに買い手はつきますかね?」
「私の経験で言うと、かなり厳しいです」
「はぁ・・・そうですか・・・黙って売っちゃダメですかね」
「私が関知できるものではありませんけど、賛成はできませんね」
「そうですか・・・」
「浴室と洗面所をフルリフォームすれば、だいぶ違うと思いますよ」
「リフォーム?」」
「ええ、水回りのリフォームは高くつきますけど、買い手の心象はだいぶよくなるんじゃないでしょうか」
「そうかもしれませんね」

依頼者は、落胆の色を濃くした。
そして、仲介した友人と故人に対し、また判断を過った自分への怒りを押し殺しているようにも見えた。

「仲介に入った御友人は、何らかの保証をしてくれないんですか?」
「それが・・・始めは〝責任をとる〟と言っていたのに、事の重大さが露呈していくにつれて逃げ腰になってきていて・・・」
「ありがちなパターンですね」
「今じゃ、電話にもロクにでなくなりました」
「・・・」
「親しく付き合ってきたつもりでしたけど、そんな人だとは思ってもみませんでした」
「これまた、ありがちなパターンですね」

依頼者が仲介者の友人と揉めていることは明白で、キナ臭さがプンプンしていた。
結局、〝現段階では費用を負担する人がハッキリしない〟と言う理由から、その日の作業は現地調査のみで終わった。

その翌日、ある女性から電話が入った。
電話にでた私に対して女性はぶっきらぼうな物言いで、
「無責任に大袈裟なこと言わないで下さい!」
と、まるで受話器が噛み付いてくるんじゃないかと思われるような勢いで、吠えかかってきた。

「誰だ?この女性は」
その後、私はとんだ三角関係に飲み込まれていくのだった。

つづく

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