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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

虫の居所

その昔、私が小学生だった頃、年一回くらい検便とギョウチュウ検査が実施されていた。
(今でもやってる?)
便秘気味だった私は、当日の朝に新鮮なウ○コを用意するのには苦痛をともなった。
トイレに新聞紙を敷いて、腸が飛び出さんばかりにふんばった記憶がある。

それでも、ヤツはなかなか顔をださない。
出したくないときに出たがるくせに、出さなきゃいけないときに出たがらない、まさにウ○コ野郎。
少年期の私は、そいつにどれだけ苦しめられただろうか。
その反動か?祟りか?、不本意ながら今では立派な?ウ○コ男に成長している。

そんな不幸に見舞われながらも、幸いなことに、私の腹からギョウチュウが見つかったことは一度もなかった。
ちなみに、〝ギョウチュウ検査で陽性がでた者は、容赦のないイジメに遭う〟という風説を聞いていたが、私の回りには虫を宿した者はおらず、そんな殺伐な雰囲気は一度も味わわなくて済んだ。

しかし、大人になった今、私は違う虫を抱えるようになってしまった。

〝弱虫〟〝泣き虫〟癇の虫〟〝腹の虫〟etc・・・
私の中には、結構な種類の虫が巣くっている。

「弱虫」
私は、本当に気の弱い男だ。
それは、幼少期から一向に変わらない。
強いモノになびき、弱いモノに安心する。
何かに幼果敢に挑戦することはほとんどない。
何事にも消極的で、人の陰に隠れている方が楽。
強そうに見えるとしたら、それは錯覚。
追い詰められた状態で逃げられなくなっているだけ。
いわゆる〝火事場の馬鹿力〟を発揮している状態。

「泣き虫」
年齢を増すごとに頭角を現しているのがコイツ。
辛さや苦悩で泣くこともあるけど、助けてもらったり優しくしてもらったりしたときに泣くことが多くなってきた。
価値のない自分に価値を感じたときに涙がでるのだ。
ここ2~3年は、人前でも抑えがきかなくなってきた。
まったく、恥も外聞もない。

「癇の虫」
気が弱いくせに、気が短かくもある。
私は結構な癇癪持ちなのだ。
些細なことでイラつき、キレてしまう。
勘忍袋の尾が腐っているのだろうか。
あまりの器の小ささに、自分で自分がイヤになる。
もっと寛容で忍耐強い人間になりたいのに、残念だ。

「腹の虫」
私は、自分でも〝大食い〟だと思う。
最盛期は、一度の食事に三合の飯を食べていた時期もある。
さすがに、今はそこまでは食べられないけど、一般的な食べ物屋の〝大盛〟では満腹にはならない。
食べることと寝ることぐらいしか楽しみのない私にとって、食べることは幸せそのもの。
ただ、メタ坊を満腹させる必要はどこにもないから悩ましい。

虫は、外にもたくさんいる。
私にとって身近な虫は、やはりウジとハエ。
その存在は、空気・水みたいなもの。
彼等がいてくれるお陰で飯が食えているのかもしれないから。

ところで、一般の人でも、ハエくらいは見たことがあるだろう。
腐乱死体現場にいるヤツは黒光りしたでっかいヤツだから別格かもしれないけど、小蝿くらいならどこにでもいるからね。
歓迎はできないまでも、身の回りに結構いるものである。
しかし、ウジは違う。
普通に暮らしていたら、そうそうお目にかかるものではない。
ましてや、腐乱死体から発生したウジなんて尚更だ。

ある腐乱死体現場。
現場は、古いアパートの二階。
玄関に近づいただけで、例の異臭を感じた。

故人は、高齢の男性。
布団で休んでいるときに、そのまま逝ってしまったらしかった。

依頼者は、故人の息子。
特に悲嘆にくれている様子もなく、極めて冷静で淡々としていた。

男性は極めて冷静で気丈そうな人物であったが、それでも部屋の中を見ることはできないとのこと。
窓にたかるハエと玄関から漏れ出す異臭から、中が凄惨なことになっていることが容易に想像できたかららしかった。

私は、男性を玄関前に残し、マスクと手袋を装着し靴を履いたまま単独突入。
狭いDKの奥に六畳があり、そこが問題の現場だった。
部屋の中央に敷かれた敷布団には、クッキリと人型がでていた。
暑い季節だったため、その汚腐団はタップリの腐敗液を吸って不気味な色に染まっていた。

「こりゃ、畳までイッてるな」
私は、布団全体をくまなく観察。
そして、汚れていない部分を見つけて持ち上げてみた。

「う゛ぁ~!いるいる!」
布団の下を覗くと、腐敗液で真っ黒になった畳にウジがウヨウヨ。
徘徊する数は計り知れず、遠目に見ると大量の米粒が散乱しているようにも映った。

悪臭を携えて戻ってきた私に、男性は驚いた様子をみせた。
「だいぶ酷いんでしょ?」
「ええ・・・畳はもちろん、床板もダメだと思います」
「この時季だから尚更ですよね」
「おっしゃる通りです」
「大変なことをお願いしてすみません」
「大丈夫ですけど・・・虫がだいぶ湧いてますね」
「虫?ハエですか?」
「ハエもいますけど、ウジの数も相当です」
「ウジ?」
「ええ、ハエの子供です」
「ハエの子供!?」
「ええ・・・」
「ハエに子供なんかいるんですか!?」
「は?」
「ハエって、卵から生まれるんじゃないんですか!?」
ハエの前身を知った男性の驚きようはハンパではなく、そのハイテンションぶりには私も驚かされた。

「ウジからサナギになって、それからハエになるんです」
「え゛ーっ!!」
「世界には違う種類もいるらしいですけど、少なくともここにいるのはそうです」
「マ、マジですか!?そんなの全然知らなかった」
その昔、油揚げの元が豆腐であることや、きな粉の元が大豆であることを知ったときの心地よいショックを思いだし、私は思わず笑みをこぼした。同時に、子供のように目を輝かせる男性が面白くて、そこが腐乱死体現場であることを忘れてしまった。

「ウジって、どんなのですか?」
「見たことありませんか?」
「ないない!」
「遠目に見ると米粒みたいで、短いイモ虫みたいな感じです」
「ほぉ~」
「見たいですか?」
「見たいと言えば見たいけど、見たくないと言えば見たくないような・・・」
「中に入ればいますし、何匹が連れてくることもできますが・・・」
「ん゛ー・・・」
私達は、子供がカブト虫の幼虫を捕まえに行く話でもしているかのような妙なノリになっていた。
しかし、そこは人が死んで腐った現場。
しかも、故人は男性の父親で目的の虫はウジ。
男性の屈託のない好奇心には好感が持てたけど、遊び心もほどほどにするべきと気づいた私は、実際にウジを連れてくることはやめた。

それでも、私達はウジ談義を通じて親しみを持つことができ、以降の仕事がやりやすくなったのであった。

人の身体が腐る性質をもつからには、虫が湧くのは仕方がない。
人の心が腐る性質をもつからには、虫がいても仕方がない。
しかし、せめて片付けやすい所にいてほしいものだ。

虫の居所が悪いと、せっかくの人生がつまらなくなるからね。

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