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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

二十年の壁・二十年の穴(前編)

一週間前の月曜日は成人の日だった。
その日、私は寒風が吹く中、都内某所で肉体労働に勤しんでいたのだが、通り過ぎる街々で羽織袴姿の青年や振袖姿の娘さん達をちらほらと見かけた。
そして、彼等・彼女等の輝く笑顔には、何とも微笑ましいものを感じた。
また、将来への夢や希望に満ち満ちて楽しそうにしている姿は、羨ましくも思えた。

その日は例年通り、各地で成人式や祝イベントが行われたようだ。
ハメを外して人に迷惑をかけたり警察の世話になったりする輩もいたようだが、他人にケツを拭いてもらってるうちはまだまだ子供だ。
二十歳にもなるのなら、そろそろそれに気づいてほしい・・・いや、気づくべきだ。

そんな新成人にも、これから色々な人生が待っている。
本意でも不本意でも、誰もが社会ピラミッドを形成するブロックの一つになるのだ。
〝自分流〟を誇示したところで、社会を構成する一員であることには違いない。
階層の固定化・下層社会が肥大化する中で、将来、少数の勝ち組に登るか、大多数の負け組に落ちるか・・・若いときの過ごし方が大きく左右する。
国のせい・景気のせい・学校のせい・親のせい・・・厳しい現実を・不安な未来を他人のせいにしてごまかしても、結局は全て自己責任。
豊作だろうが凶作だろうが、自分が蒔いた種は自分が刈り取ることになる。
這い上がれない自分を責めたって全てはあとの祭。
目の前にそびえ立つ壁を見上げて、疲れた溜息をつくしかないのである。

若い日々を楽しむことは大切だけど、目先の遊興に埋没してばかりでは未来は開けない。
自分の将来をきちんと見据えながら、今を楽しむ知恵が必要なのだ。
しかし、それに気づいている若者は、一体、どれだけいるだろうか。

ちなみに、私が二十歳の頃にそんな考えは持っていなかった。
出ていく社会を牢獄にするのも楽園にするのも、自分次第だということがわかっていなかった。

大人になる節目も何のその。
煙草はもともと吸うつもりがなかったから吸わなかったが、酒は十代から飲んでいた。
政治なんてまるで興味がなく、与えられた選挙権も行使せず。
〝学生でも二十歳を過ぎたら国民年金に加入しなければならない〟というルールができて、これはちょっと気になったけど、結局それも無視。
成人式も興味がなくて行かなかったし、記念写真も撮らなかった。
その日のことは何の記憶にも残ってないので、多分、バイトかなにかをして普段通りに過ごしたのだろうと思う。

当時の私は、漠然と社会ピラミッドを感じていたものの、自分もそのブロックの一つであることの自覚を持っていなかった。
更には、その段差が何を意味するかなんて、考えてもみなかった。
そんな具合いに大人になってしまった私は、そのままズルズルと足元の落とし穴に落ちていったのである。

ある中年の男性が、部屋の片付けを依頼してきた。
言葉数の少ない男性から得られた情報は少なく、それは現場の状況を具体的にイメージできるものではなかった。

「鍵は開いているので勝手に入っていい」
男性はそう言って電話を切った。

「百聞は一見にしかず」
私は、時間を見繕って現場に向かった。

教わった住所に建っていたのは、古い鉄筋アパート。
目的の部屋はその一階にあったが標札はなく、念のために呼鈴を鳴らしてみた。
しかし、それが中で鳴ってる様子がなかったため、私は玄関ドアをノックしてしばらく待った。
そして、中からの応答がないことを確認してからドアノブに手をかけた。

「は?何だこりゃ」
玄関ドアを開けるとそこは壁。
そして、その壁をよく見ると、驚くべきことにそれは全部ゴミだった。

「たはーっ!こ、これはスゴイな・・・」
新聞・雑誌・衣類・食物ゴミetc・・・
それらが圧縮され幾重もの層になり、壁のように玄関を塞いでいたのだった。

「どうやって中に入ればいいんだ?」
私は、入口を探してウロウロ・キョロキョロ。
窓側に回っても、中への出入口らしきものは見つからなかった。

「ひょっとしてここか?」
ゴミ壁の上部には、ちょうど、人が一人くぐれそうな大きさの穴が空いていた。
そして、その奥は真っ暗で何も見えず、ちょっとしたスリルを感じた。

「とりあえず、入ってみるか」
私は、懐中電灯を片手に壁をよじ登った。
それから、頭を穴に突っ込み、手足を使ってそのまま身体を中に入れた。

「うお゛ー!」
中に入った私は仰天!
ゴミは天井近くまでびっしり詰まり、まともに身動きもとれない状態だった。

しかし、まだそこはDK。
その奥に肝心の居室があった。
私は、ゴミと天井の間を這って移動するしかなく、その様は、秘境の洞穴を探検している冒険家のようだった。

「なんか、笑えるな」
目の前の光景があまりに非日常的であることと、そこを這い回る自分が滑稽で、私は一人で苦笑した。

「う゛ぁー!こっちの部屋もスゴイことになってる!」
奥の居室はDKの更に上をいっており、所々に凹みがあるものの天井とゴミの隙間がほとんどない状態。

「これでどうやって生活してたんだろう」
依頼者は既に他所へ転居していたが、そこでの暮らしぶりは、私には想像できなかった。

一通りの探検を終え、私は外に帰還。
服についた汚れを掃いながら、やる前から気が滅入りそうな作業の段取りを頭で練った。
すると、私の姿を見つけてか、隣の家から年配の女性がでてきて私に近づいてきた。

「ご苦労様です」
「どうも・・・」
「片付けの方ですか?」
「ええ・・・今日は見に来ただけですけど」
「中はひどいでしょ?」
「ええ、まぁ・・・」

いくらゴミ屋敷をつくったからと言っても、依頼者の男性のプライバシーも守られるべきもの。
見ず知らずの第三者に対して、私は口を重くした。
女性は、それを察したらしく、尋いてもいないのに自分の身分を明かした。
それから、この部屋がゴミ屋敷になっていった経緯を話し始めた。

「私、ここの大家なんです」
「え?大家さんですか?」
「ええ、この隣が自宅です」
「この部屋の事情を、ご存知ですか?」
「ゴミが溜まってるんでしょ?」
「ええ・・・ご存知でしたか・・・」
「ええ・・・ただ、ずっと見て見ぬふりをしてきたんです・・・」
「え?〝見て見ぬふり〟ですか?」
「ええ・・・」
「???・・・」
「実は・・・」

つづく

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