Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分真偽の痛み(事前編・上)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

真偽の痛み(事前編・上)

「ちょっと事故がありまして・・・」
ある日の夜、中年の男性から電話が入った。
〝独り暮しをしていた身内が亡くなった〟とのことだったが、〝事故〟という言葉と震える声から、死因が自殺であることがすぐに私の頭を過ぎった。
それから、男性がかなり動揺していることを感じた私は、必要最低限のことだけを聞いて電話を終えた。

その翌日の昼間、私は現場マンションの前で男性を待った。
教わった住所に建っていたのは、築年数の浅い1Rマンション。
建物全体を包む斬新なデザインから、そこが単身の若者向マンションであることが伺えた。

しばらく待っていると、男性は中年の女性と一緒に現れた。
二人はソワソワと落ち着きがなく、その揺れる心中は目の動きと顔に表れていた。
また、その雰囲気とやりとりから、二人が夫婦であることが尋かなくてもわかった。

夫妻は言葉数も少なめに、そそくさと私を部屋に案内。
そして、人目を避けるように玄関を開けると、私に中へ入るよう促した。
続いて自分達も入り、急いでドアを閉めた。

部屋にはライト級の腐乱臭が充満。
慣れた私には我慢できるレベルでも、夫妻にはキツいものだったはず。
それでも夫妻は〝それどころではない〟といった感じで意にも介していないない様子だった。

家財・生活用品の梱包はほとんど済んでおり、部屋には特段の汚れも目につかず。
ただ、赤黒く染まったベッドマットと厳重に梱包された物品が、部屋で起こった凄惨な出来事を物語っていた。
そして、家財からは、そこに暮らしていたのは若い女性・・・つまり、故人は夫妻の娘であることが伺えた。
同時に、切迫した状況で部屋を片付けた夫妻の痛ましい姿が想像された。

「亡くなってたのはこの辺ですか?」
「えぇ・・・」
「随分と片付いてますね」
「すぐに退去できるように、できるだけの準備はしておいたんです」
「大変じゃなかったですか?」
「まぁ・・・」
「床などに汚れはありませんでしたか?」
「大丈夫です・・・汚れてたのはベッドとカーペットくらいでしたから」
「そうですか・・・では、内装の直接汚染はなかったのですね?」
「はい、そのはずです」
私は、夫妻の心のキズを突くようなことになりそうだったし自分の中で確信めいたものがあったので、亡くなったのが誰なのか・死因は何なのかはあえて尋ねなかった。

「荷物を片付けた後の掃除は簡単なものでいいと思いますよ」
「・・・」
「どちらにしろ、ルームクリーニングは契約が変わる毎に不動産屋さんがやりますから、費用がもったいないですよ」
「・・・」
「いかがです?」
「・・・」
「???・・・え゛!?もしかして・・・大家さんや不動産屋さんには内緒ですか?」
「・・・え、えぇ・・・」
驚く私に、二人は気マズそうに顔を見合わせた。
その様子は、何かに怯えているようにも見え、複雑な心中を如実に表していた。

遺体の第一発見者は女性。
しばらく連絡がとれなくなったことを不審に思い、故人宅を訪問。
すると、故人は冷たくベッドに朽ちていた。

死体が発生すると警察・その他がやってきて、近隣を巻き込んでそれなりの騒ぎになるのが普通。
しかし、このマンションは世帯数が少ない上に住人のほとんどが若い単身者で、日中は無人に近い状態。
したがって、本件は近隣の誰にもバレないで、遺体搬出を終えたのだった。

それが幸運だったのか不運だったのか・・・結果的に、そのことが両親を本件の隠蔽工作に走らせるきっかけになったのかもしれない。

「ん゛ー・・・」
「だって、本当のことを言ったら、大変なことになるでしょ?」
「まぁ・・・」
「どう思われます?」
「確かに・・・大変なことになる場合も多いですけど・・・」
「でしょ!?」
「だからと言って・・・」
「・・・」
死人が発生した現場のその後がどうなるか、私の方こそ言われなくてもよくわかっていた。
更に、ここで発生したのは普通の死体ではなく腐乱死体。
しかも、自殺の可能性が濃厚。
そんな部屋の退去が、普通の引越しと同じように済むはずはない。
しかし、この夫妻はそれをやろうとしていたのだった。

「では、一切を内密に処理されるおつもりなんですか?」
「えぇ・・・」
「ん゛ー・・・」
「・・・」
「・・・それはいかがなものでしょうか・・・」
「わかってます・・・でも・・・」
夫妻が恐れていたのは、補償問題。
大家や不動産会社から、どこまでの責任を追求されるものなのか皆目検討もつかず、それを考えると不安で不安で仕方がないようだった。

現実として、遺族の中には、法的責任はおろか社会的責任さえも全く無視して事後処理を放り投げる人も少なくない。
また、本件は保証会社が賃貸借契約の保証人になっており、身内の誰かが判を押しているわけではなかったので、夫妻に逃げ道がないわけではなかった。
なのに、この夫妻は故人が起こしたことへの責任を強く感じていた。

無責任な人間が横行する今の社会にあって、この夫妻が持つ責任感と罪悪感には、私の気持ちを動かすものがあった。
その重圧を負いきれずにもがいている姿は、人間の誠実性を見るようで、私の気持ちに響いてくるものがあったのだ。

「このままと言うわけにはいきませんから、御依頼の仕事は引き受けさせていただきます」
「あ、ありがとうございます・・・よろしくお願いします」
「荷物を片付けて見た目をきれいにすることは簡単ですが、ニオイが完全に消えるかどうか・・・とにかく、できるかぎりのことをやってみます」
「あと・・・」
「???・・・」
「このことは・・・」
「大丈夫です、他言はしませんから」
「すみません・・・」
「私が責任を負えることではないので、口は閉じておきます」
私への依頼内容は、荷物の撤去処分・ルームクリーニング、そして消臭消毒。
私は余計なことは考えずに、まずは依頼された作業のみに徹することにした。

「なるようになるだろう・・・」
私は、自分の中に妙な罪悪感と漠然とした期待感が湧いてくるのを感じながら、夫妻と作業の段取りを打ち合わせていった。

つづく

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