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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

生き腐れ

あ゛ー!何なんだ!?
この虚しさは!この疲れは!

私は、ただでさえネガティブ思考の強い弱虫なのに、更に冬場はそれが顕著に表れる。
際立って困難な状況に陥っているわけではないのに漠然とした不安感に苛まれ、大したことをやっているわけではないのに不可解な疲労感に襲われている。
死んだ人なら暖かい季節の方が腐りやすいのだが、私という生モノは今のような寒い季節の方が腐りやすい。
肉体疾患なのか精神疾患なのか、はたまたその両方なのか微妙なところだ。

そんな私の朝は、完全な欝状態で始まる。
一日を清々しくスタートしたいのは山々なのに、実際にそうできることはほとんどない。
数少ない休日の朝だってそう。
毎朝、欝々・悶々としたものを引きずりながら、心を泣かせながら布団を這い出ているような始末なのだ。

一日の楽しみと言えば、飲み食いと就寝。
タバコもギャンブルもやらず、余暇も少なく特段の趣味も持たない私にはこれが格別。

嗜好するものはたくさんあるけど、特段の好き嫌いがない私は、生モノも好んで食べる。
魚介の刺身はもちろん生肉も。
牛刺・馬刺・鳥刺・鯨刺etc、レバ刺などの臓物系・・・これを肴に一杯やるとたまらない。
まぁ、私にとってこの類のツマミは、外で飲むときにしか食べられない贅沢品なので、雰囲気だけで美味しく感じているだけのことかもしれないけど。

しかし、生モノはちょっと間違うと食アタリを起こしやすいので注意が必要。
私も子供の頃、鯖にあたって苦しんだことがある・・・刺身ではなく、ちゃんと〆てあったのに。
〆方があまかったのか鮮度が悪かったのか、はたまた私の体調に問題があったのか、食べた日の夜中に気分が悪くなって嘔吐。
体調不良は、それからしばらく続いた。

もともと鯖は、〝生き腐れ〟と言われて、昔は生では食べる習慣はなかったものらしい。
〝生きているうちから腐っている〟なんて言われるくらいに食アタリを起こしやすかったわけだ。
私が子供の頃も、食卓の常連ではあったものの、生で食べることはなかった。
生っぽく食べるにしても、せいぜい〆鯖くらい。
それが、今では、保管技術の向上と物流の発展から、鯖は生(刺身)で食べられる魚として定着しつつあるのではないだろうか。
そうありながらも、あいにく、私はまだ鯖の刺身は食べたことがない。
「いつかは食べてみたい」と思っているのだが、私が行く店は場末の安居酒屋ばかりなので鯖の刺身なんて置いていない。
だから、このままの生活だと、いつまで経っても食べられそうにない。
ま、そんな暮らしにもオツな味わいがあるんだけどね。

「できるだけ早く来て下さい」
遺体搬送の依頼が入った。
指示された目的地は病院。
亡くなった患者を、病院から自宅に運ぶ仕事。
私は、慌てて支度を整えて飛び出した。

一報を受けてから、直ちに急行するのが遺体搬送の仕事。
いつもそれだけしかやってない者だったらそうできるけど、ご存知の通り?私は色んな仕事をしているので、依頼を受けてから目的地に到着するまでに時間がかかることが多い。
それでも、できる限りの努力をして、依頼者を待たせないように心掛けている。

私が病室に到着したときには、故人が息を引き取ってから一時間余りが経過。
ベッドには、痩せた年配の女性が永眠。
その顔には面布はかけられておらず、何人かの家族が寄り添いすすり泣き。
故人の夫らしき年配の男性が傍らに立ち、その模様をジッと見ていた。

「ちょっと早く来すぎちゃったかな・・・」
故人が息をしなくなったことを受け入れるにはしばらくの時間を要するのだろうか、病室にはまだ〝死体業者〟を受け付けない雰囲気が充満。
そして、それを感じた私は、〝お呼びでないところに乱入した雰囲気を読めないヤツ〟みたいな気マズさを感じた。
また、同行した看護士も、悲嘆に暮れる遺族に対して、遺体搬出を切り出すタイミングをはかりかねて困ったように黙っていた。

「少し時間を空けて出直した方がよさそうだな」
私は、看護士に目と身振りで合図し、静かに退室。
遺族がある程度落ち着くまで、外で待機していることにした。

「ふー・・・、なかなかツラい雰囲気だな」
遺族の前で故人を死体扱いして搬出する作業は、何か悪いことをしてるような気になってしまい気分が硬直しやすい。
私は、そんな重い気持ちで病室の前に佇んだ。

「しばらくダメそうね・・・」
私の後、少しして看護士も病室からでてきた。
家族の心情よりも業務効率を優先する病院が多い中で、その看護士はそれをしなかった。
遺族と故人の絆を強引に断ち切るような看護士でなかったことに、私は、硬直しそうだった気持ちを解すことができた。

「お母さん・・・お母さん・・・」
他人である私や看護士が部屋から居なくなって気持ちが緩んだのか、少しすると中からは遺族が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
それが聞こえる私と看護士は、その悲しみを裂いてまで仕事を進めることはできず、ただただ廊下に俯いているほかなかった。

「お待たせして申し訳ありません」
それからしばしの時が経ち・・・
泣き声が落ち着いたかと思ったら、男性が病室からでてきた。
そして、故人を運び出すことを促してきた。

「ん?!」
触れた故人に死後硬直はみられず、背中には体温もしっかり残留。
息をしていないことが不思議に思えるくらいの状態。
しかし、既に鼻口からは遺体特有の異臭が漏洩。
そのニオイは遺族も感じているようだった。

本当は、早急に遺体を冷やす必要があったけど、体温が残る身体にドライアイスを当てるのは故人の死と遺族の悲嘆にトドメを刺すような気がして躊躇われた。
そうは言っても、著しい腐敗の進行を招いてしまっては困る。
自分一人で判断するには荷が重過ぎたので、その判断は遺族に任せるしかなかった。

「さっきまで生きてたのに、随分とニオイますね・・・」
「えぇ・・・」
「でも、仕方ないか・・・全身に癌が転移して、生きているうちから身体が腐っていたようなもんだからな・・・」
「・・・」
ホッとしたように話す男性の言葉からは、故人の晩年が壮絶なものだったことが伝わってきた。
そして、それは本人だけではなく、看病する家族にとっても耐え難い苦痛となっていたことが伺えた。
そして、それは、切なく悲しい別れではあったけど、故人も家族も、耐え難い苦痛から解放された瞬間であったようにも思えた。

「〝生きてるうちから腐る〟か・・・」
男性が言ったその一言に、私は衝撃を覚えた。
そして、男性の言った意味とは違うことが頭を巡った。

人間もある種の生モノ。
身体はもちろん、精神も腐りやすい。
思い通りにならなかったり、ちょっとイヤなことがあったりしただけですぐ腐る。

何か、いい防腐剤があれはいいのだけど、そんなものはなかなか見つからない。
唯一、その類のものがあるとすれば、命の限りを知ることかもしれない。

死に向かって、確実に過ぎていく今の今の今を、腐って生きるのか新鮮に生きるのか・・・
普通に考えれば、腐って生きるなんて、そんなもったいないことはできるはずもない。
・・・しかし、実際は腐って生きてしまう。

腐りそうになったら、「今日一日で自分の人生は終わり」と仮定してみるといいかもしれない。
〝今日一日〟が短か過ぎるなら、一週間・一ヶ月・一年だっていい。
個人差はあるだろうけど、この〝防腐剤〟は結構効く。
これが単なる〝仮定〟で終わるものではないことは、誰もが承知させられていることであり、誰もが定められていることだから。

私の場合、ツラい朝は決まってこう考える。
「余計なことは考えない・・・」
「とりあえず、今日一日を生きよう」
「とりあえず、今日一日に集中しよう」
「とりあえず、今日一日、できることだけを頑張ろう」
腐りやすい肉体と精神を抱えてながら、どこまで腐らずに生きていけるか・・・
その格闘の成果は、人間味となって表れる。

その美味を味わうべく・・・
さぁ!今日も一日、心に防腐剤を注入して生くぞ!

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