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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

冬支度

この時季、週休1日くらいはとれている私。
週休2日制・祝祭日休みの世間一般に比べると少ない休日だけど、夏場の月休2日比べれば、随分と身体は楽。
冬の冷暗さに心を縮み上がらせながらも、天気のいい日には澄んだ空気を浴びて爽快な気分を蘇らせている。

しかし、私は、せっかくの休みでも一日中布団に潜っていることがある。
普段の朝は、欝だろうが何だろうが、仕事の責任と食うために、布団から起きて活動しなければならない。
それが休日ともなると一変。
ただでさえ根性がないうえに、仕事の責任から解放されることで気持ちが緩むのだろうか、暗い疲労感と倦怠感に襲われて身体に力が入らなくなるのだ。

その昔、一日中寝ていて、夕方になって急に起き上がろうとして倒れたこともある。
頭の血が急に下がって、貧血を起こしたのだ。
それで具合を悪くして、結局、そのまま朝まで寝込んでしまった。
まったく、情けない話だ。

人間誰しも休養は必要なので、たまには、私にもそういう時があってもいいはずだけど、その脱力感は自分でも残念なくらいに重度。
願望としては、一般の人のように、趣味・スポーツやレジャーに活動的になってみたいんだけど・・・
・・・しかし、まぁ、私の趣味は、飲み・食い・睡眠だから、〝趣味の部分では充分に活動的〟と言えるかもしれない?

そんな私は、昼間の生活がなければ、〝ずっと冬眠していたい〟とさえ思ってしまう。
ツラい冬の間は安眠して、春からまた活き活きと生きる・・・
それができたら、どんなに楽だろう・・・想像するだけで頭がゆるくなっとしてくる(←ダメ人間)。

何年か前の、ちょうど今くらいの季節、遺品処理の仕事が入った。
現場は、平屋の一戸建。
建物はかなり古びていたものの、立地も土地の広さもまずまずで、資産価値としてはかなりのものであることが伺えた。

依頼者は、中年の男性。
住んでいたのは男性の母親で、しばらく前に逝去。
父親は、もっと以前に亡くなっており、主をなくした家は冷え冷えとした雰囲気に包まれていた。

中の間取りは広く、家財・生活用品もそれに合った量が残留。
整理整頓・清掃はいき届いており、生活するにしても支障がないレベル。
そこからは、故人の生活ぶりと人柄が偲ばれた。

「きれいに片付いてますね」
「お袋は、几帳面な人だったからね」
「ここにある物は、全部処分ですか?」
「ええ、必要なものは持って出ましたから」
「この後、どなたかお住まいになる予定はないんですか?」
「ええ・・・中だけ空っぽにして、売却する予定なんです」
「そうなんですかぁ」
男性は、私の質問に淡々と回答。
それは、故人が亡くなったことへの悲壮感を抑え、事後処理をスムーズに進めようと努めているように見えた。

「部屋数も多いですし、荷物は結構な量になりそうですね」
「そうでしょうね」
「タイムリミットはありますか?」
「できることなら、今月中には何とかしたいんですが」
「あまり時間がありませんねぇ・・・何かご事情がおありですか?」
「ええ・・・実は、この土地を買いたがっているところがありましてね、来月早々にその商談があるんです」
「そうなんですか」
「家の中に荷物が残ってると、査定しにくいでしょ?」
「なるほど・・・しかし、この場所にこれだけと土地となると、なかなかいい値段がつきそうですね」
「えぇ・・・まぁ・・・建物には価値はありませんけどね」
男性は、神妙な表情の中にまんざらでもなさそうな笑顔を浮かべて、そう応えた。
男性の複雑な心情は察することのできるものであり、私は、その人間臭さには親しみを感じたのだった。

作業は、複数日に渡って実施。
荷物の多さもあったのだが、立地のよさからくる長時間駐車の困難な道路事情が大きく影響したのだ。

家財は古いものが多く、その年代の人特有の物持ちのよさが、ここにもあった。
しかし、生前どんなに愛着を持っていた物でも、所有者が死んでしまえば第三者の手でアッサリと捨てられてしまう。
この仕事をやっていると、その無常さを感じさせられることが多い。

そんな仕事の中で、処分が厄介なものの一つに食べ物がある。
現場によっては、消費期限内の食品が大量に残されているところがある。
それらを捨てるには、それなりの抵抗を覚える。
しかし、いくら〝もったいない〟と思っても、リサイクルの術はなし。
あえなく、廃棄処分への道をたどるのみ。

もっと抵抗を覚えるのは腐った食べ物。
特に、長期間放置されていたような冷蔵庫は、開けるのに恐怖すら感じる。
野菜室に黒い液体がなみなみと溜まってたりすると、ショックで卒倒しそうになる。
そんなモノの片付けのツラさは、一言二言で片付けられるものではない。

幸いなことに、この家の冷蔵庫はきれいな状態。
故人が入院した際に、身内の誰かが片付けたらしかった。

実のところ、ここまで気の回る人は少ない。
普通は、人の世話ばかりに気をとられて、そういうところまで気が回らないのだ。
・・・身近に潜む暮らしの盲点かもしれない。

余談だが・・・
〝長期旅行に出掛けて、帰って来たら、冷蔵庫が取り返しのつかないことになっていた〟なんて現場もあった。
長期不在になるため、気を利かせて電気ブレーカーを落としたのだが、肝心の満杯中身をそのままにして行ってしまったのだ。
その後がどうなるかは、想像に難くなく・・・その処分が、大変な仕事になったことは言うまでもない。

「ん?ちょっと変だな」
台所が一通り片付いてみると、床板の一部に微妙な浮き沈みがあることに気がついた。
触ってみると、床板は開閉できそうな感じ。

「この床板、外れそうだな」
今で言う、床板収納のようなものを想像しながら、私は床板を持ち上げた。

「ん!?」
床下には、漬物の樽や瓶らしき容器がいくつか並べてあった。
興味を覚えた私は、不用意に手を伸ばした。

「う゛あ゛ーっ!」
樽の蓋を開けると、凄まじい悪臭が私の鼻を殴打。
中には、黄土色の半液体が入っており、その表面を無数のウジが覆っていた。

「どうかしました?」
別の部屋にいた男性が、私の悲鳴を聞きつけて台所にやってきた。

「う゛あ゛っ!何だこりゃ!」
「漬物のようなんですけど・・・」
「お袋が漬けたヤツだな・・・自分で作るのが好きだったから」
「そうですかぁ」
「それにしてもヒドいなぁ・・・吐きそう」
「・・・ですね」
「でも、これも、どうにかしないといけないなぁ」
「・・・ですかね」
「申し訳ないんだけど、これも処分してもらえます?」
「・・・」

仕事の成り行き上、その汚漬物も回収するしかなく、私はウジ達の冬眠?を揺り動かしながらそれらを運び出した。
各種汚物には慣れているとは言え、きれいだった冷蔵庫にガードを下げていた私には、相当気がすすまない作業となった。

「生まれ育った家ですから、手放すのに抵抗がないわけじゃないをですよ」
「はぁ・・・」
「家として必要がない訳だから、仕方がないことですよね」
「まぁ、精神論ばかりでは、現実の問題は片付きませんからね」
「そうなんだよねぇ・・・あ~ぁ、親父もお袋もいなくなったのか・・・何もかもが懐かしいな・・・」
家が空っぽになって、あらためて母親の死を受け止めたようで、男性は穏やかな笑みを浮かべながら深い溜め息を一つ。
その溜め息には、春夏秋を生き抜いて冬を迎える人生の儚さが凝縮されているような気がした。
そして、男性の思い出に、未来の自分を重ね合わせる私だった。

ちょっと追記・・・
些細な思いつきではないことを理解してもらうために、あえてこの時期に伝えておこうと思う。
再来月で丸二年になる本ブログだが、ちょっと思うところがあって、今年の冬前ぐらいで終わりにしようと考えている。
重大な理由があるわけではないんだけど・・・まぁ、その辺については、その時になって書くかもしれない。
どちらにしろ、一時的な休止ではなく、多分、完全終了になると思う。
ま、予定は未定・・・実際は、晩秋になってみないとわからないけどね。

念のために言っておくけど、残念ながら?この仕事を辞めるつもりがあるとか、転職を考えているという訳ではない。
食べてくために、私には、そんな悠長なことしてられないからね。

何はともあれ、冬になるまでには、暖かい春・暑い夏・涼しい秋を越さなければならない。
そのハンパじゃない戦いをくぐり抜けてからの冬だ。

これから最終回まで、特掃隊長の死っ筆はまだまだ続く。

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