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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

花一輪

先日、とある現場でのこと。
そこは、道の狭いエリアで建物の前には車は停めておけず、少し離れた有料駐車場に置いておいた。

私が作業を終えて現場を離れる頃には、陽は傾き肌寒い夕風が吹き始めていた。
駐車場までの道をゆっくり歩いていると、前方の道端に小さな黄色が目についた。
近づいてよく見ると、それはアスファルトを割って芽を出した一輪のタンポポ。
土埃で汚れてはいたけど、一仕事を終えて心身ともに疲れていた私には、それがヤケにきれいに見えた。

花屋の店先に並ぶ華やかな花々もきれいだけど、無機質なアスファルトに咲く花にも独特の美しさがある。
固いアスファルトを突き破る生命力・孤独に負けない彩色・土埃にもへこたれないで立つ姿は、私を、柄にもなく花を愛でる気分にさせる力強さがあった。

ある日の夜、仕事の問い合わせが入った。
電話をしてきたのはアパート大家の女性。
その穏やかな話し方と声からは、女性が結構な年配者であることが伺えた。

依頼の内容は、遺品・不要品処分。
〝アパートの住人が亡くなったので、残った家財・生活用品を処分してほしい〟とのこと。
詳しく訊いてみると、故人は高年の男性で、部屋で孤独死。
ただ、発見が早かったらしく、緊急の要請でもなかったため、私は、翌日の仕事の合間を見て現場を見に行くことにした。

到着した現場は、車通りから奥に入った場所。
目的の建物は、ボロボロの老朽アパート。
一階が大家宅、二階が間貸アパート。
私はまず、一階の大家宅を訪問。
でてきたのは、電話で抱いていたイメージよりも更に年配の老年女性。
物腰はソフトで、至極穏やかな人物。
〝現場の部屋は二階〟〝脚が悪くて階段がツラいので、一人で見に行ってほしい〟とのこと。
私は、女性から鍵を預かって目的の部屋に向かった。

昭和30年代の建物だろうか、外観だけでなく中もかなりレトロな雰囲気。
私は、共有玄関で靴を脱いで、薄暗い急階段を二階へ。
ギシギシと軋む廊下を進むと、目的の部屋の前へ到着。
部屋の入口はドアではなく戸。
鍵もネジ式。
キュロキュロと奥歯が痒くなるような金属音を発しながら、入り口の戸は開錠された。

部屋は、四畳半一間に押入と半畳分の台所らしきスペースがあるのみ。
バストイレがついているはずもなく、エアコンもなし。
お世辞にも〝きれい〟とは言えない部屋に家財・生活用品は少なく、床には薄汚れた布団が敷かれていた。
あとは、カビ臭い空気が漂うのみ。

一通りの見分を終え、私は下の大家宅に戻った。
女性は、私に、家に上がるよう促してくれたが、私の身体が他人の家を汚すような罪悪感を覚えた私はそれを固辞。
しかし、年配の人と話するのが嫌いじゃない私は、玄関先に腰を降ろし、出されたお茶に口をつけた。

「〓〓さん(故人)は、布団に眠るように亡くなってたそうなんです」
「そうなんですかぁ・・・」
「ビックリしません?」
「いえ、特には・・・慣れてますから」
「あらそぉ・・・だったら話は早いわね」
「はい」
「もともと、身体も悪かったみたいでねぇ・・・」
「でも、特段の汚れやニオイはないので、言われなければわかりませんよ」
「そうですか・・・」
女性には、故人がこの部屋で孤独死したことに対する嫌悪感はなさそうで、それどころかその死を悼んでいるようだった。

「部屋の荷物は少なかったですよ」
「まぁ・・・お金のない人でしたからね」
「半日もあれば作業は済むはずです」
「費用はどれくらいかかりますか?」
「消臭消毒も特に必要なさそうですし、荷物の撤去処分だけ〓万円くらいですかね」
「そうですか、わかりました」
「費用は、どなたが御負担されるんですか?」
「私です」
「え?身内の方や保証人は?」
「この人(故人)には、そういった人はいないんですよ」
大家の女性と故人は、数年前にあることがキッカケで知り合いに。
その時、故人はホームレス。
家賃を滞納し、前のアパートを追い出された直後だった。

「じゃぁ、身内も保証人になる人もいないことを承知で入居させたんですか?」
「えぇ・・・」
「余計なことを訊きますけど、家賃はちゃんともらってたんですか?」
「少しはね・・・」
「・・・」
「〝ホームレスになったのも自業自得〟と言ってしまえばそれまでですけど、何だか可哀想に思えてね・・・」
「しかし・・・」
「どうせ、こんなボロアパート、放っておいたって誰も入りませんし」
「・・・」
「だったら、困っている人に入ってもらってもいいかと思いましてね・・・」
「それはそうかもしれませんけど・・・」
「家賃はそうでしたけど、アノ人(故人)はアノ人なりに、いいところもあったんですよ」
「・・・」
「アパートの周りを掃除してくれたり、時々、美味しいお菓子を持ってきてもくれましたし」
「お金が遣えない分、気は使っておられたんですかね」
「えぇ・・・本人なりに一生懸命に生きてたんでしょう」
故人について話す女性の口調は同情に満ち、私は、完全に意表を突かれたかたちになった。

このアパートは、子供のない妻に残してやれる財産として、何十年も前に女性の夫が建てたもの。
女性は、その経緯を感慨深げに話してくれた。

「亡くなった主人は早くに親を亡くしましてね、そのせいか、身体が弱いわけでもないのに、若い頃から自分の死を真剣に考えているような人でした」
「その考え方には、私も共感できます」
「〝俺が死んでも、家賃収入があれば何とか生きていけるだろう〟なんて言って、私のためにこれを建ててくれたんです」
「・・・優しい方だったんですね」
「他人の言うことをほとんど聞かない頑固者でしたけど、今思うと、優しい人でした・・・」
「・・・」
「でも、そんな主人も〓歳まで長生きしたんですよ」
「そうでしたかぁ」
「でも今は、私一人が普通に生活していけるだけのお金があれば充分なんです」
「・・・」
「家賃がなくたって年金がありますし、今の生活で不自由なのは老いた身体くらいです」
「でも、誰にでもできることじゃないですよ」
「亡くなった主人のお陰です」
女性は、身体も小さく弱々しく、家も身なりも決して裕福そうにも見えない老婆であったが、私ごときでは到底太刀打ちできない力強さを感じた。
そしてまた、この女性が若い頃からこの人格を備えていたのか、それとも、歳を重ねる毎にそれが育まれてきたのかわからなかったけど、私は、そんな懐を持った女性に癒やしと憧れを感じたのだった。

予定通り、荷物の撤去には半日もかからなかった。
掃除までは請け負っていなかったけど、女性の慈愛に感化されて部屋の掃除にも着手。
しかし、建材も建具も古すぎて、掃除をしても見た目にはほとんど変わらず。
「やり損か?」と思った私だったが、〝やったことに意味がある〟と思い直して、小さな自己満足を喫した。

「部屋にあった荷物は全部運び出して、軽く掃除もしておきましたから」
「そうですか・・・すみませんね」
「見た目にはあまり変わってませんけど」
「いえいえ、お気持ちだけで充分です」
「お金をいただく訳ですから、できたら、部屋を確認していただきたいんですけど・・・」
「大丈夫です・・・信用してますから」
「恐縮です」
「〝その代わり〟と言ってはなんですけど、部屋にこれを置いてきていただけますか?」
疎い私にはそれが何の花だか分からなかったけど、女性は白く咲く一輪の花を私に差し出した。
私は、その依頼を快く引き受け、帰り際に再び二階に上がった。

〝身からでた錆〟なのだろうが、世知辛い世の中に生きている私は、自分が生きることで精一杯。
悪気があるわけではないけど、他人を顧みる余裕はない。
しかし、この女性のように、世の中には、心に大きな花を持つ人がいるのも事実。
そういう人の存在に触れると、時に癒され、励まされ、勇気づけられる。

その一方で、自分の中に花一輪さえ見つけられないモノクロの辛苦・・・アスファルトで敷き固められたような、冷たく頑なな心を抱えている人もいるだろう。
しかし、人として生まれてきたからには、花の種は必ずあるはず。
たとえ、それが芽吹き花を咲かせる時が晩年、死ぬ間際になったとしても、それがあると思うだけで心に力強い息吹きを感じることができる。

殺風景な部屋に映える一輪の花が、大家の女性と亡き夫・今回の故人、三人の心にある花と重なり合って、私にそれを教えてくれた。

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