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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

一人歩き

子供が一人歩きを始めるのは一歳くらいだろうか。
親の庇護とのもと一人歩きを始め、それからまたスクスクと育って独り立ちできるまでの足腰ができあがってくる。
ただ、それには結構な時間を要する。
野生動物だったらとっくに喰われているだろうに、人間はある意味で弱い生き物だ。

しかし、今の時勢、大人でも、真の意味で独り立ちできていない人が少なくないように思う。
それは、いい年になっても親に寄生するニートだけの問題ではなく、一見は、自立した社会生活を送っているように見える人の中にも実は自分の脚で立っているわけではない人が多いような気がするのだ。
そう言う私も、その一人なのかもしれないけど・・・
それは何故か。
この社会に生きていて、理性の崩壊がやたらと目につくからだ。
自立して生きていくためには、おのずと社会規範や道徳を守ること・・・つまり、濁った社会性とは次元を異にする、高い理性とか道徳観念が必要。
そうしないと、まともな社会生活を営んでいけないはずなのだ。
なのに、この社会は、理性をなくしても生きていられる・・・いや、その方が楽だったりする。

また、自分では一人歩きできているつもりでも、実際はそうでない人も多そう。
身近な例に、知人の身内の話がある。
彼は、年齢的には立派な大人。
自分でも、「俺は一人前」「誰の世話にもなっていない」と豪語。
しかし、その実態は・・・
転々としながらも、かろうじて仕事はしている。
ただ、実家暮らしで家賃・水道光熱費はかからず、おまけに朝晩の食事と掃除・洗濯などの家事までついている生活。
家にお金を入れることもなく、稼いだ給料は全部自分の小遣い。
まとまった出費があるときは、親の支援が必要。
そんな暮らしでそのセリフを当然のように吐く。
そんな彼に違和感を覚えるのは、私だけではないだろう。

色んなケースがあるのだろうけど、親に経済的な支援を受けている人は、若者だけではなく中年にも多いらしい。
〝親に迷惑をかけたくない〟と思っていても、働いても働いても楽にならない生活の中でついつい甘えてしまうのか。
それとも、〝親が子を支援するのも、親が望んでやっていること〟〝受けるのも親孝行のうち〟とでも思っているのか。
また、年老いた親の方も、〝子供には迷惑をかけないように〟緊張感を持ちながら生活する上で、ついつい子供に援助を与える。
子供の自立を阻害していることに気づきながらも。
別に、それを〝悪いこと〟として否定したいわけではないけど、一人一人が自立能力を失う・・・つまり一人で歩くための脚力を失う要因にもなる。
そして、それが、理性社会崩壊の一因になってはいまいかと危惧しているのである。

もちろん、人は一人では生きていけない。
物質的にも精神的にも。
しかし、その反面で、一人で歩けるくらいの脚力は必要とされる。
人生は、孤独へ向かう道程を歩いていくようなものでもあるから。

その現場は、都会の賃貸マンション。
〝高齢者が孤独死〟〝死後一カ月〟ということで、私は現場に向かった。

出迎えてくれたのは、マンションのオーナー。
紳士的な人物だった。

オーナー自身は〝現場を見ていない〟とのことだったけど、だいたいの状況は警察から聞いており、落ち着かない様子。
〝遺族の到着は、少し遅れる〟とのことで、私は、まず先に現場の部屋を見てくることにして鍵を預かった。

「失礼しま~す」
現場となった部屋は上の階。
誰もいるはずのない部屋に一声かけて、玄関を入った。

「グホッ!クサイ!」
専用マスクをずらしてニオイを確認。
すると、濃厚な腐乱臭が鼻に侵入。
慣れたニオイを覚悟していた私は、誰に訴えるでもなくわざとらしく咳き込んだ。

「女性か・・・」
キッチンの床には、カツラ状の頭髪。
その長い白髪は、故人が女性であることを私に知らせた。

「だいぶヒドいなぁ」
〝死後一ヶ月〟というのもうなずける状態。
キッチンからリビングにかけて、その床には人型の腐敗液が広がっていた。

一通りの現場観察を終えて、私はオーナーの待つ一階エントランスへ。
上がるときはエレベーターを使ったが、帰りは〝PERSONS〟が一緒なので、階段を使った。
あちこちに遍在する〝PERSONS〟をエレベーターに残しては他の住人が迷惑するため、そうする必要があったのだ。

エントランスには、何人かの黒服集団がたむろ。
それは、火葬場から駆けつけて来た喪服姿の遺族で、オーナーと神妙な顔で立ち話。
挨拶もそこそこに、私も、話の輪に加わった。

「言葉が悪くて申し訳ありませんが、部屋の状態はだいぶヒドいです」
「ヒドい・・・」
「私に着いたニオイがわかりますか?」
「わ、わかります!」
「五分もいなかったのに、これですから・・・」
「・・・」
私が連れてきた〝PERSONS〟のパワーに一同唖然。
同時に、重苦しい空気が辺りを占有した。

集まった遺族は、息子夫婦二組・娘夫婦一組と孫で、遠方から上京。
皆は、遺体が腐乱したらどうなるか、また、部屋がどういう状態になるのか、具体的には想像できないみたいだったけど、想像を絶する凄惨な状態であることだけは察することができるようだった。

第一発見者はオーナー。
オーナー宅も同マンションの別階にあったので、故人が、老いた身体をかがめて手押車を押しながら出歩く姿をよく見かけていた。
故人は、近所とのトラブルもなく家賃も毎月きちんと払い、特に人の手を煩わせたり人に迷惑をかけたりすることもなく普通に生活。
「一人で寂しくない?」
と尋ねても、
「子供達には子供達の家庭があるから、それぞれが幸せにやってくれることが何より」
と応える優しい女性だった。

そんな故人が、ここ一ヶ月の間、パッタリとその姿を見せなくなった。
気になったオーナーは故人宅を訪問。
ドアポストに溜まった投函物に異変を感じ、ドアを開けることなく警察を通報。
そして、残念なことに、悪い予感は的中。
開けられた玄関からは、強烈な腐乱臭と無数のハエが飛び出し、中からは、変わり果てた姿での故人が運び出されたのであった。

「〝子供には迷惑をかけないように〟と言うのが口癖でして・・・」
「・・・」
「私達も、それに甘えてしまって・・・」
「・・・」
「ちょっと考えれば、こうなる可能性があることはわかったはずなのに・・・」
「・・・」
「こんなことになってしまって・・・」
遺族の言葉には、悔しさと自分達への苛立ちが滲み出ていた。
一方の故人も、まさかこんなかたちで子供達に迷惑をかけることになるなんて、夢にも思ってなかったはず。
悲壮感を漂わせる遺族に、私は沈黙するしかなかった。

「できたら、部屋で手を合わせてきたいんですけど・・・」
「今?これからですか?」
「はい・・・今日は一旦帰らなければならないもので・・・」
「そうですか・・・」
「中には入れませんか?」
「〝入れる〟と言えば入れますし、〝入れない〟と言えば入れませんし・・・〝自分次第〟と言ったところでしょうか」
「・・・」
「とりあえず、玄関の前まで行ってみますか?」
「は、はい・・・」
遺族は、故人が亡くなった部屋で冥福を祈りたいらしく、それを私に相談。
そうは言っても、部屋に入るには抵抗がないわけではなさそう。
それで、遺族の一人が代表して行くことに。
遺族は、お互いに顔を見合わせながら牽制。
女性陣はいち早く辞退し、残った男性陣も複雑な表情。
そんな中から、長男の男性が選抜。
立場上、引き受けるざるをえない男性の顔には、動揺の心境が色濃く表れていた。

「さぁ、行きましょうか」
「は、はい・・・」
「上着くらいは脱いでおかれた方がいいと思いますよ」
「そ、そうですか」
「じゃ、上の〓階で」
私は階段で、男性はエレベーターでそれぞれ上の階へ。
私は、〝待たせたら悪い〟と思い、階段を駆け上がった。

目的の階で待ち合わせた男性の顔は硬直。
ガチガチに緊張し不必要にドギマギ。
とても部屋の中で手を合わせる余裕があるようには見えなかった。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫かどうか、わかりません」
「少しドアを開けますから、ちょっとだけニオイを嗅いでみて下さい」
「は、はい・・・」
「どうです?」
「???・・・グホッ!グホッ!こ、このニオイですか!」
「そう、このニオイなんです」
「ダ、ダメです!これじゃ、とても中には入れません!」
男性は、腐乱臭のジャブを食らって、早々とダウン。
完全に腰が引けてしまい、部屋に入るどころか玄関に入ることさえ無理っぽかった。

「お気持ちはわかりますけど、中に入るのは厳しいと思いますよ」
「そ、そうですね」
「ここ(玄関前)じゃダメですか?」
「そうした方がよさそうですね」
「私が代わりに拝んできても仕方がありませんし」
「心遣い、ありがとうございます」
私は、男性が部屋に向かって手を合わせるのと同時に、少し離れた所に移動。
遠くからその様子を見守った。
目を閉じ頭を下げてジッと拝む男性の姿からは、言い尽くしがたい想いがあることが伝わってきた。

それを終え、私達は皆が待つ一階へ。
男性も、私に付き合って階段を降りてくれた。

「人間が腐ると、あんな風になるんですか・・・」
「えぇ・・・」
「大変なお仕事ですね」
「まぁ・・・〝大変じゃない〟と言ったらウソになりますね」
「しかし、こんな状況になっても、あそこにいたのがお袋だなんて思えませんよ」
「・・・」
「あの悪臭の原因がお袋だなんてね・・・」
「・・・」
「それがわかるには、しばらくの時間が必要なんですかねぇ」
「そうかもしれませんね・・・」
「いい歳して恥ずかしいですけど・・・親がいなくなることが、自分をこんなにも心細くさせるものだなんて、思ってもみませんでした・・・」
「・・・」
階段を下りながら男性が話してくれた胸の内は、他人事として聞き流してはいけないことのように思えて、私は真摯に受け止めた。

いくつになっても親は親。
そして、子は子。
子にとって親は、いつまでも強く頼もしい存在。
そしてまた、親にとって子は、いつまでも愛おしく助けてやりたい存在。
それぞれの死は、具体的にイメージしにくい・・・したくないもの。
しかし、死別の時は必ずやってくる。

都会の賃貸マンションで一人暮らしをすることになった経緯は聞かなかったけど、その道程は平坦ではなかったはず。
それでも、子供や世間に迷惑をかけないように一生懸命に生きていた・・・老いた故人が一人で頑張れたのは、子を想えばこそだったのかもしれない。
そして、命は果て身体は朽ちても、その親心は子の心に温かく留まり、そのまた子へと受け継がれていくのだろう。

・・・故人が残した腐敗物に手を汚しながら、好感を越えた敬意を覚える私だった。

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