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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

棚ぼた(後編)

ミルクレープのその後について、ちょっと触れておこう。

〝チ~ン〟
電子レンジの呼ぶ音に立ち上がり、レンジの元に駆け寄った。
そして、いそいそと扉をオープン。

「うわっ!何だこりゃ!?」
中からは、予想もしていなかった熱気と妙なニオイが噴出。
見ると、何やらドロドロしたものが、皿から溢れんばかりに横たわっていた。

「何なんだ!?何でこうなるんだ!?」
頭に思い描いていたふんわりミルクレープは、無残に崩壊。
その様は、いつもの〝アレ〟と重なって、私のハッピー気分を奈落へ突き落とした。

分析の結果、私は電子レンジの使い方を間違っていたことが判明。
〝ケーキ解凍ボタン〟だと思っていたのは、ケーキを焼くためのオーブン機能。
電子レンジは、使い手の指示通り、一生懸命に庫内を熱くしただけであって故障でもなんでもなく、壊れていたのは私の頭の方だった。

でも、そんなことはちょっと考えればわかりそうなもの。
一般的に、普通の人が冷凍ケーキを食べる機会は多くはないはず。
そんなレアケースに対応するために、家電メーカーがわざわざ専用ボタンを設けるとは考えにくい。
我ながらのバカさ加減が、情けないやら可笑しいやら・・・クタクタに焦げ溶けたミルクレープを前に苦笑いする私だった。

それにしても、〝丸ごと食い〟ではなく〝切り分けた食い〟にしたことは賢明な選択だった。
もし、丸ごとチンしていたら・・・私の頭もチ~ンと葬られるところだった。

もちろん、ニ個目からは同じ失敗をすることなく、美味しく食べて幸せを味わった。
一個目の失敗があったから、なおさら美味しく感じたのかもしれない。
〝失敗は、成功の味わいを増す調味料〟(←うまく締まったね。)

次は、現場の話の続きを書こう。

依頼者の男性が探し出したいものは、故人が書いた遺言書だった。
「〝遺言書〟ですか・・・」
「そう!遺言書!」
「間違いなくあるんですか?」
「ん゛ー・・・〝書いてある〟って本人が言ってたから、あると思うんだよな」
「それは、いつの話ですか?」
「何年か前・・・」
男性の話を聞いて、この仕事の危険度が増大。
私は、〝リスクを回避できないうちは、この仕事は受るのはよそう〟と自分の気持ちを固めた。

「ある場所も、あるかどうかもハッキリしない遺言書を探すなんて・・・」
「ダメかな?」
「でてこなくても責任はとれませんので、今回は・・・」
「何とかならない?」
「〝発見保証〟ではなく〝努力目標〟よければやりますけど・・・」
「ん゛ー・・・それしかないよなぁ・・・」
「ないと思いますよ」
「費用は奮発するから、よろしく頼むよ!」
「トラブルになると困るので、代金は出来高でいいです」
「随分と慎重だね」
「大金には縁がないんで、こういうことになると気の小ささがでるんですよ」

既に、男性だって八方手を尽くして探索をしたはず。
それでも見つからないものを探さなければならないわけで、結局、私は何重にもリスクを回避策を打った上でこの仕事を引き受けた。

大事なものを隠す場所って、人によって千差万別。
泥棒が入ってきたらすぐに盗まれそうなところにしまっている人もいれば、〝何で?〟と思うようなところに隠している人もいる。
過去にも、冷蔵庫に財布を入れている人もいれば、枕の中に通帳を埋めている人もいた。
トイレ掃除の道具の中に貴金属を入れている人もいれば、先祖の遺影に権利書を差していた人もいた。
そんなものが、汚腐団の下から出てきて、切なさの中に身体を張って財産を守ろうとした?故人に親しみを持ったこともあった。

そんな具合に、私は色んなケースを経験しているので、普通の人が思いつかないようなところに目をやることができるつもりでいる。
それでも、目的物を探し当てるのは簡単なことではない。
でてこないこともザラにあり、その時々の運に任せるしかないものなのである。

数日後、作業の日が来た。
依頼者の男性は気が急いて仕方がないようで、早めに到着した私よりも更に早く現場に来ていた。
しかも、最初に会った時よりもハイテンションで、私の気持ちは早々と引き気味・・・。
作業に費やされるであろう心労を考えると、作業前にも関わらず疲れを覚えたのだった。

「いや~、まいっちゃったよぉ!」
「どうされました?」
「あれから、次から次へと相続人が湧いてでてきて、この前まで二人だったのが今じゃ九人に膨らんじゃってよぉ・・・」
「え?そんなに?」
「どいつもこいつも、普段は付き合いも何もなかったくせに、こんな時になってしゃしゃり出てきて!」
「・・・」
「用意のいいことに、弁護士を立ててきたヤツもいるんだよ」
「まぁ、それだけの財産ということでしょうね」
「懸賞金を出してもいいから、何としても探し出してよ!」
「プレッシャーかかりますね・・・」

金額に関係なく〝棚ぼた〟の遺産は謙虚に受け取って素直に感謝すればいいものを、男性の欲は、〝もっと!もっと!〟とおさまらない様子。
ライバル出現により、その炎は一気に燃え上がっているようだった。

「そんな状況で、勝手に家の中を探っていいんですか?」
「大丈夫!大丈夫!普段から付き合いがあったのは私ぐらいだから」
「そうですか・・・」
「あと、資産のほとんどは不動産と預金と株券だから、家財はガラクタ同然なわけよ」
「・・・」
「とにかく、予定通りいこう!」
「はい・・・」

男性の話からは、危険なニオイがプンプン。
〝仮に、遺言書があったとしても、男性に有利な内容だとは限らないよなぁ〟
〝不利な内容だったらどうするつもりなんだろう・・・〟
〝ひょっとして、揉み消すつもりか?〟
等と、考えれば考えるとほど私の不審感は膨張。
私は、モヤモヤした野次馬根性を抱えながら、とりあえず作業に着手した。
ただ、そのときの私は、見つかっても見つからなくても、どちらでもいいような心境・・・いや、むしろ、下手に見つかってトラブルを招くより、見つからない方がいいくらいにさえ思っていた。

本来なら、1~2日間あれば完了できる規模だったが、この仕事を完了させるのには丸々4日の時間を要した。
〝手当たり次第に梱包して次々と運び出す〟というわけにはいかず、一つ一つのものをチェックしながらの梱包作業。
しかも、それに男性の口と手を挟ませながらの作業となり、その効率の悪さは半端なものではなかった。

そんな作業の中、男性が見つけたがっていたものが何点かでてきた。

「金庫がありましたよ!」
押入の奥に古い金庫を発見。
長い間使っていなかったらしく、荷物に埋もれてホコリを被っていた。
また、鍵はない上にダイヤルナンバーも不明。
男性は、それを転がして中の物音を確認。
何も入ってなさそうであることがわかると、悔しそうに蹴飛ばした。

「お金がありましたよ!」
タンスの引き出しの服の下に、銀行の封筒に透けて見える紙幣を発見。
手に取ってみると、緊張感が走るくらいの厚みがあり、故人が普段の生活費にしていたもののように思われた。
男性に封筒を渡すと、中を覗くなり笑みを浮かべ、それをさっさと懐に収めた。

「通帳がありましたよ!」
台所の米櫃に、預金通帳・カードを発見。
米の中・・・見逃す可能性の高い、なかなか珍しいところからでてきた。
通帳を開いて見た男性は、これまた笑みを隠しきれず。
探し当てた私とは目も合わせずに、これも自分のセカンドバッグにいそいそとしまった。

結局、でてきたものはそれくらいで、権利書や有価証券などの高額資産は、銀行の貸金庫に入れられていることが判明。
そして、男性が最も気にしていた遺言書は、結局でてこなかった。
残念がる男性をよそに、私は、作業効率は極めて悪かったけど作業を男性の管理下で行った判断に安堵した。

人間の欲は、恐ろしく際限のないもの。
常に飢え渇き、〝満足する〟〝感謝する〟ということを知らない。
遺言書を諦めきれなかったのか、最終日の最後、トラックの荷台を恨めしそうに見つめる男性の姿に、人間の本性を見る私だった。

以上の話はレアケースだけど、誰もが受けた究極の〝棚ぼた〟が他にある。
この時間、この身体、この命だ。
これらは、自分の力で生み出されたものではなく、自分の努力で獲得したものでもない。
無償で与えられたもの・・・〝棚ぼた〟なのだ。

目に見える〝棚ぼた〟は、それが小さなモノであっても大喜びするのが人間の性質。
だったら、命の棚ぼたも、もっと喜んでいいはず。喜べていいはず。
なのに、虚無感と疲労感・不安と失望に苛まれてばかりで、そんな気持ちは微塵も湧いてこない。
これもまた人間の性質。
それがどんなに大きなものであっても、目に見えない〝棚ぼた〟は喜ぶどころか気づきもしない。

しかし、〝タダで授かった棚ボタものだから〟といって、〝粗末に生きていい〟ってことにはならない。
ありきたりの生命論に便乗するようだが、生まれてくることも奇跡なら生きていることも奇跡。
今日こうして生きていることって当り前のことではない。

「もう死んでしまいたい!」
「生まれてこなけりゃよかった!」
そんなセリフを吐いたり、そんな思いを持ったりしたことがある人は少なくないだろう。
私も、幾度もそんな考えを持ったことのある人間だから、そうなる心境はわかる。
しかし、楽しかろうが苦しかろうが、とにかく、モノを食い空気を吸って生きていること自体が価値あること。

こんな仕事をしている私は、今までに幾人もの人々を送ってきた。
男性も女性も、若い人も年配の人も、友多き人も孤独な人も、お金持ちもそうでない人も、健康な人も病の人も・・・みんな先に逝った。
そんな人達の多くに共通するのが、〝まだ死にたくない〟という強い想い。
私が、何の満足も感謝もなく、暗く虚しく過ごしているこの毎日は、先に逝った人達が生きたくて生きたくてたらまなかった将来の日々・・・
その想いを蘇らせると、うかうかしてもいられない。

葉桜の向こうに見える空を仰ぎながら、目に見えない大きな〝棚ぼた〟を胸いっぱいに受け取りたい春である。

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