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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

だいごみ(前編)

「いらない物を片付けたいんですけど・・・」
若い女性の声で電話が入った。

「引っ越しをするので、ついでに不要品も処分したいんです」
「はい・・・」
「でも、自分一人ではできなくて・・・」
「なるほど・・・で、捨てる物の量はどれくらいあります?」
「え~と・・・ちょっと多いかもしれません・・・」
奥歯にモノが挟まったような言い方は、私の特掃琴線に〝ピン〟とくるものがあった。
しかし、野暮なことを言っても男が上がるわけではない。
〝ゴミ屋敷〟というキーワードは頭の隅に隠し、〝ゴミ〟という単語を使わないように気をつけながら、現場の詳細を尋いていった。

「〝不要品〟ってどんなモノがありますか?」
「色々なものが混ざってまして・・・」
「色々なもの・・・」
「はい・・・」
「ところで、引っ越しされる日はいつですか?」
「明後日・・・です」
「明後日!?」
「そうなんです・・・」
「随分と急ですねぇ」
「えぇ・・・」
「延ばせないんですか?」
「えぇ・・・」
私は、急な引っ越しプランに、表面的には驚いてみせた。
その方が、会話として自然だと思ったのだ。
ただ、現実的には、ゴミ屋敷の片付けにはよくあるパターンなので、内心では平静を保っていた。

「じゃ、今日・明日中にはなんとかしないといけない訳ですね」
「そうなんです・・・」
「と言うことは、今すぐにでも何らかの手を打たないと間に合わないんじゃないですか?」
「そうなんです・・・ですから・・・」
「ですね・・・身体は空いてますので、これから伺います」
私は、電話を切るなり、急いで身支度を整えた。
そして、現場に向かって車を出した。

「ここだな」
現場に着く頃、辺りは既に暗闇になっていたが、目的のアパートはすぐに見つかった。
目当ての部屋に表札はなく、私は、部屋番号を念入り確認してからインターフォンを鳴らした。

「ん?出掛けてるのかな?」
部屋の中でインターフォンが鳴る男は聞こえるものの、中からは反応がない。
何度鳴らしても、無反応。
しかし、覗き窓の向こうには明かりが灯っていた。

「変なセールスとでも勘違いしてるのかなぁ・・・」
反応のない玄関ドアを前に、しばし静止。
夜の風を冷たく受けた。

「呼ばれて来た訳だから、俺が来るのはわかってるはずだよなぁ・・・」
私は、ドアを引いてみるため、ノブに手を伸ばした。
しかし、一人暮らしの女性宅のドアを勝手に開けようとするのもどうかと思ったので、私はドアには触れずに携帯電話を取り出した。

〝プルルル・・・プルルル・・・プルルル・・・〟
呼び出し音は鳴るものの、一向に女性はでず。
少し間をおいてかけ直しても、全くつながらず。

「どういうことだ?」
私は、面食らったように呆然。
頭の中で、状況の整理に努めた。

「ひょっとして・・・おちょくられたか?」
私は、女性との最初の電話を細かく思い出して、イタズラの要素がなかったかどうか検証。
しかし、女性の様子・知らされていた現場の状況・・・会話の一つ一つをたどってみても、それらしき結論には至らなかった。

「どおしよぉ・・・」
私は、状況を整理した上で思案。
お遣いにでて迷子になった子供のように、行く先を失った。

「一時間だけ待ってみるか」
私は、とりあえず、一時間だけ待ってみることに。
それでも接触できなかった場合は、退散することにした。

それから、10分くらいの間隔を開けて、インターフォンと携帯を繰り返し鳴らした。
そして、何度目かの電話で、やっとつながった。
一刻も早く片付けの段取りをつける必要があると思って急行してきたのに、肝心の女性と連絡がとれず、その時の私のイライラ感は高位地に上がっていた。
ただ、女性に不可抗力な事情があったかもしれないので、私は、その気持ちを抑えて平静を装った。

「もしもし?〓〓さんですか?」
「はい・・・」
「少し前に到着して、今、部屋の前にいるんですけど」
「はい・・・」
「今、どちらにいらっしゃいます?」
「・・・」
「あの・・・もう、玄関の前にいるんですけど・・・」
「・・・」
「ご要望の通り、急いで来たんですけど・・・」
「・・・」
「どちらにいらっしゃいます?」
「・・・家にいます・・・」
「はぁ!?」
「・・・部屋にいます・・・」
「はい!?」
女性は在宅。
部屋の前に私がいるのを分かってて居留守を使っていたのだった。
これには、私もピキピキ!
頭に血が登ってくるのが、自分でもわかった。

「さっきから、インターフォンと携帯を何度も鳴らしてたんですけど」
「・・・」
「いらっしゃったんですか!?」
「はい・・・」
「だったら・・・」
「ごめんなさい・・・」
詫びる女性に目クジラを立ても仕方がない。
私は、テンションが上がりそうになるのを意識的に抑えて、女性がどういうつもりなのかを尋いた。

すると・・・
どうも女性は、自分の羞恥心に耐えられなくなった様子。
他人の手を借りてでも部屋を片付ける覚悟を決めた女性だったのだが、実際に他人を部屋に入れる段になると怖じ気づいたようだった。

私には、女性の気持ちが理解できないわけではなかった。
たがら、上がりかかっていた頭の熱を鼻息で逃がして、冷静さを取り戻した。
そして、そのままでは仕事にならない私は、〝持久戦or撤退〟の選択を迫られる中で突破口を見いだすべく、女性の立場を考えた。

人にとって、羞恥心を打破するには大きな勇気がいるもの。
この女性のこのケースでは、特にそれが強く必要だろうと思われた。
だから、その心情を変に刺激しないように、心にキズつけないようにする配慮が大切。
そうは言っても、要所・要所で核心を突いていかないと仕事が仕事でなくなる。
その辺のバランスを絶妙に保ってこそ、自分と仕事に付加価値がついてくるというもの。
それが、特掃に大切なポイントなのである。

「お気持ちはわかりますけど、そのまま放置しておくわけにはいきませんよね?」
「まぁ・・・」
「あと、私はこの類を専門の仕事にしていますから、少々のことでは驚いたりしませんよ」
「そうですか・・・」
「顔を合わせるのに抵抗があるんでしたら、外出していただいてもいいですよ」
「え?いいんですか?」
「入室を許可していただければ、短時間でささっと見ますので」
「んー・・・」
「ただ、貴重品だけは、もってって下さいね・・・後でトラブルになったら困るんで」
「はい・・・じゃぁ、それでお願いします」
部屋を見られることもさることながら、女性は、自分の顔を見せることにも強い抵抗感を持っているように思えた私は、女性を外出させたうえで単独で部屋をみることを提案。
そして、女性もそれを承諾した。

それから、私は、アパートから少し離れた所に一旦退避。
女性が部屋から離れたことを電話で確認してから、再びアパートに向かった。

「失礼しま~す」
玄関ドアを開けると、ゴミの方から先にお出迎え。
出てきたゴミを拾いながら、荒野に足を踏み入れた。

「でたなぁ、大ゴミ!」
部屋は、予想通りのゴミ溜。
床なんて全く見えてなく、生活から出るありとあらゆるゴミが散乱・山積み・・・
派手にやらかされていた。
そして、それが、熟成ゴミ特有の異臭を放っていた。

「これで、どうやって生活してるんだろう」
ゴミ屋敷に立つと、いつもそんな考えが頭を過ぎる。
物理的な問題もさることながら、衛生的にも極めて劣悪。
それでも、住人は健康を損なうことなく暮らしている・・・
私は、この時も、女性の暮らしぶりを不思議に思った。

ゴミ屋敷とは言え、本人不在の女性宅に長時間いるのは、気が咎めるもの。
私は、〝どんなゴミがどれくらいあるか〟だけを注視。
ゴミで扉が塞がれていたバス・トイレは見れなかったが、部屋とキッチン廊下をシッカリ目に焼き付けて、急いで部屋を出た。

「今、部屋を出たところです」
「もう済んだんですか?早いですね」
「この片付けだと、だいたい〓万円前後はかかりますね」
「・・・やっぱり、それくらいはかかりますか・・・」
「ええ・・・少しは安くできますけど、大幅な値引きは無理です」
「はい・・・」
「で、いかがしましょう」
「作業は明日お願いしたいんですけど、費用は後払いでもいいですか?」
「構いませんよ・・・急なことなんで」
「では、明日よろしくお願いします」
「承知しました」
私は、見積書をその場で書き、それをドアポストに差した。
それから、翌日の作業を段取り終えてから現場を離れた。

「随分と遅くなっちゃったなぁ」
夜の仕事は、ヤケにその疲労度を増加させるもの。
私は、翌日の作業をイメージすると同時に、重い疲労感を引きずりながら帰途についた。

女性との約束通り、その翌日が作業日。
当然のごとくアパートに女性の姿はなく、連絡は携帯で交わすのみ。
私は、鍵の開いたままの玄関を躊躇うことなく入った。

「さ~て、始めるか!」
私は、山積みになっているゴミを前に早々と疲労を感じながらも、作業を準備。
そして、玄関口から梱包・袋詰めを開始した。

ゴミの片付けは、基本的に、〝梱包・袋詰め・運び出し〟の繰り返し。
極めて単調な作業。
しかも、相手は混合ゴミなので、何がでてくるかわからない。
時には、目を疑うようなものがでてくることがある。

ゴミの中で、〝最も厄介〟と言っても過言ではないものが腐った食物。
以前にも何時書いたことがあるように、これの始末は、なかなかの根性?がいる。
食器・容器や少しの食べ残しでさえも、しばらく放置すれば危険な状態になる。

「柔らか過ぎる草餅?→おにぎり」
「オリジナルカレー?→スパゲティミートソース」
「風変わりな味噌漬?→魚の切り身」
「ゆるい糠漬け?→味噌汁」
「特製おじや?→ウジや」
てな感じで。
このヤバさは半端なものではなく、場合によっては、腐乱死体痕の処理よりも苦労することがある。

幸い、ここのキッチンには、その類のものはなくて助かった。
・・・て言うか、冷蔵庫や台所の棚の中は見事に空。
使っていたような形跡もなく、部屋とは別世界のごとくきれいな状態。
調理器具もほとんどなく、インスタント食品で済ませていたよう。
それを物語るように、ペットボトル・カップラーメン容器・スナック菓子の袋が大量に散乱していた。

私は、玄関からキッチンへとゴミを掘り進み、なんとかトイレの扉を開けるところまでこじつけた。
そして、何の警戒もなく、トイレの扉を開けた。

「オイオイオイ・・・」
私は、目の前に山積みになったモノに唖然。
そして、次々に湧いてくる嫌悪感を抑えることができず後退。
部屋の中にとどまっているのもイヤになり、風の通る外に出た。

つづく

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