Home特殊清掃「戦う男たち」2008年分だいごみ(後編)

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

だいごみ(後編)

前編の記事をアップしてから、何件かの書き込みコメントをもらった。
どんなかたちであれ、読んでくれている人から具体的に反応をもらえるのは嬉しい。

ただ、今回は・・・
前フリが分かりやす過ぎたせいか?、後編の展開をほとんど読まれてしまっている。
読み手も方々の脳も、特掃風の味付けがなされてきているのだろうか。
「死体業ってどんな仕事?」
「特殊清掃って何をするもの?」
「そんなの、見たことも聞いたこともないよ」
なんて、純粋な初心を取り戻してもらえると、少しは書きやすいのだが・・・(?)
とにもかくにも、話を続けよう。

「何だよー!アレー!」
外に退避した私は、トイレで見たものを思い出しながら、何かの間違いであってほしいと思った。
しかし、見慣れないものを見間違える可能性は低い。
残念ながら、見間違いでないことは自分でも認めざるを得なかった。

「しょーがないなぁ・・・もぉ・・・」
小休止の後、私は、足取りも重く部屋に戻った。
そして、トイレの扉を再び開けた。

「勘弁してほしいよなぁ・・・」
目の前には、便器が埋もれるくらいに大量の生理用品。
しかも、すべて使用済・・・
ソレがトイレに流せないものであることは私にもわかったけど、だからと言って・・・
これには、さすがの特掃野郎も閉口。
それ以上の愚痴もでなかった。

こんな仕事をしていて、私も色んなトイレと遭遇してきた。
〝お手のもの〟だったかどうかはわからないけど、どんなトイレでも何とかしてきた。

液体人間が、床にタプタプ溜まっていたトイレ・・・
粘土人間が、便器を詰まらせていたトイレ・・・
場違いな練炭が置かれていたトイレ・・・
便器が赤茶色に染められていたトイレ・・・
・・そんな数々の汚手荒と格闘の中で少しは鍛えられていたいたはずの私でも、このトイレには閉口したのだった。

一般女性に失礼な言い方になってしまうかもしれないけど・・・
正直、それは、他のゴミとは次元を異にして、ものスゴく汚いもののように思えて仕方がなかった。
同時に、これを片付ける男の姿を想像すると、他人事のように不憫に思えた。
そして、それが自分だと思うと、何とも言えない惨めな感情がこみ上げてきた。

ただ、いくら気が進まなくても、そのまま放置しておくわけにはいかない。
そうは言っても、すぐに手をつける気にもなれず・・・
私は、その作業を後回しにしようかどうか思案した。

「仕事!仕事!俺の仕事!」
私は、乗り越えてきた過去の仕事を思い出して一念発起。
当初の予定を変えることなく、トイレをやっつけることにした。

それは、量はあっても重くはない。
肉体的には楽な作業だったが、精神的にはあまり経験できないような試練を与えてくれた。
そんな中で、私は、手元に焦点を合わせないように黙々と動き、短時間のうちにトイレは空になった。

「フーッ・・・次は、いよいよ部屋だな」
私は、曲がり疲れた腰を伸ばしながら、未開の部屋に視線を送った。
そして、再び腰をかがめて、それまでと変わりのない動作で片っ端からゴミを梱包していった。

ゴミは厚い層になっており、その上は凹凸のある丘陵状態。
そこからは、〝これでもか!〟と言わんばかりの、ありとあらゆる物がでてきた。
それでも、腐りモノや害虫はほとんどなく、ゴミ屋敷歴が比較的短期間であることが伺えた。

「金にルーズ?・・・」
ゴミの中には、〝督促状〟と書かれた紙がチラホラ。
携帯電話や公共料金・家賃など何種類もの督促状があった。

「打たれ強くなるもんなのかなぁ」
私だったら、督促状の類が自分に届いたら、怖くなるはず。
しかし、この女性は、その辺のところはタフみたいだった。

「ところで、この代金は大丈夫かなぁ・・・」
督促状を始末しているうちに、私の頭には一抹の不安が過ぎった。
しかし、そんなことを考えると仕事の手が止まりそうになるので、私は深く考えないように努めた。

「ま、本人が払う意思を示してるわけだから、大丈夫なはずだよな」
疑心というものは、一度芽を出すと、引っ込めるのは難しい。
努めて考えないようにしてもその雑念は沸々とし、私の手を重くしてきた。

「意外ときれいな部屋だな」
ゴミを全部片付けてしまうと、内装に目立った汚れはなし。
やはり、ゴミ屋敷歴が短かったことは確実だった。

ゴミ屋敷の場合、ゴミを片付けたとしても、それだけでは済まないことがほとんど。
掃除だけではどうにもならない状態にまで内装自体がダメになっていることが多いのだ。
そうなると、原状回復には、相当の手間・時間・費用がかかる。
ただ、不幸中の幸い、この部屋はそれは免れていた。
そのことに安堵しつつ、私は、空っぽになった部屋を念入りに掃除。
それから消毒消臭を行って、請け負った作業は完了となった。

「請け負った仕事は終わりました」
「・・・そうですか・・・」
「手前味噌ですけど、見違えるようにきれいになりましたよ」
「・・・ありがとうございます・・・」
部屋は、当初の予想に比べてはるかにきれいになった。
その成果は自分でも満足できるレベル。
電話から伝わる女性の反応が薄いことが気になりながらも、私は、得意になって作業の完了を報告した。

「何も問題はないはずですけど、後で部屋を見て下さいね」
「はい・・・」
「代金は、2~3日中に支払っていただければ構いませんので」
「・・・」
「もしもし?」
「はい・・・」
「聞こえてます?」
「はい・・・」
鈍くなる一方の女性の反応に、意識して抑えていた私の疑心の芽が再びムクムク。
そして、その疑心は不安に変化。
私は、女性の次のセリフに緊張した。

「じ、実は・・・今、お金がないんです」
「は!?」
「・・・」
「どういうことですか?」
「ですから・・・」
「はい?」
「お金がないんです・・・」
「はぁ~!?かかる費用は、ちゃんとお伝えしてありますよね!?」
「はい・・・」
「それを了承されましたよね?」
「はい・・・」
「〝後ですぐ払う〟って」
「はい・・・」
私の悪い予感は的中。
女性は、部屋がきれいに片付いた後になって、支払うべきお金がないことを打ち明けてきた。
若干の警戒心があったとは言え、それをハッキリと言われてしまって私は結構なショックを受けた。
同時に、頭には前夜からの出来事が走馬灯のように駆け巡り、不快な熱を蓄積。
そのうち、マグマと化した脳が噴火してきそうになった。

「電話で話すようなことじゃないんで、ちょっと来ていただけませんか!?」
「・・・」
「怒りませんから!」
「・・・」
「来てもらえるまで、ここを動きませんよ!」
「・・・わ、わかりました・・・すぐ行きます・・・」
私は、そのまま黙って引き下がるわけにはいかず。
時間をとられても、女性が姿を見せるまで籠城することにして、その覚悟を固めた。
すると、そんな私の温度が伝わったのか、女性も観念して帰宅を承諾した。

「〝代金がもらえない〟からと言って、今更、トラックに積んだゴミを部屋に戻してブチまけてくるわけにもいかないしなぁ・・・」
「何だか、疲れちゃったなぁ・・・」
女性を待つ間、この事態を憂うあまり、意味もないことが頭に浮かんできた。
そのうちに、熱くなっていた頭は冷やされ、荒かった鼻息も静かに。
その代わりに、重い疲労感が押し寄せてきた。

そうして待つことしばし。
帽子を深くかぶり、大きなサングラスをかけた女性がやって来た。

「申し訳ありません」
「事情がどうあれ、そういうのはよくないですよ」
「はい・・・」
「で、どうするおつもりですか?」
「・・・」
「タダにできないのはもちろん、これ以上の値引きもできませんよ」
「はい・・・」
「でも、ない袖は振りようがないでしょうから、支払い方法を工夫するしかありませんね」
「はい・・・」
「それについて、ご希望があればおっしゃって下さい」
「はい・・・」
私は、短気を起こして関係をこじらせるより、時間がかかっても代金を回収することを選択。
女性の事情に、できるかぎり歩み寄ることにした。

「一括がキツいなら、分割払いでも構いませんよ」
「いいんですか?」
「その代わり、身分証の写しと覚書をいただく必要がありますけど」
「はい・・・」
「どうされます?」
「それでお願いします」
私は、女性の身分証を確認し、即製の覚書に署名してもらい、分割払いを了承。
それから、念のため、引越先と実家の住所と親の名を教えてもらった。
また、無理な金額を設定して途中でギブアップされても困るので、月々の支払金額を女性が言う額よりも少なく設定。
それを、毎月末までに支払う旨を約束してもらった。

翌月末。
初回の支払い期日がやってきた。
女性への信頼を失くしていた私は、かなり警戒していた。

すると、またまた悪い予感が的中。
月末はおろか、その翌月になっても入金はなし。
私は、頭にくるのを越えて、妙な脱力感とともに悲しみさえ覚えた。

私は、気がすすまなかったけど、とりあえず女性に電話。
しかし、当然のように女性は電話にでず。
留守番に残すメッセージの口調も日増しに強くなり、数日の後、やっと本人は電話にでた。

「催促の電話なんですけど・・・」
「はい・・・」
「余計なことは言いません・・・とにかく、約束を守って下さい!」
「はい・・・」
「支払いがキツいときは事前に御連絡下さい」
「はい・・・」
「そうすれば、待ちますから」
「はい・・・」
私は、とっくに呆れていた。
だから、口から出る言葉も淡々として、熱くなることもなかった。

その後、女性にはほぼ毎月のように電話をかけるハメに。
こちらが催促をしないかぎり、女性からお金が支払われることはなかった。
そんなことを繰り返していると、当初定めた支払期間は完全にオーバー。
それでも、私は粘り強く請求し続け、翌年になって代金は全額回収となった。

「後で必ず払います!」
今まで、そんな依頼者を信じてやった仕事も多い。
そして、ほとんどの人はその信頼を裏切らなかった。
そんな、特殊清掃というイレギュラーな仕事を通じて構築される人と人との信頼関係には、日常では経験できない味がある。
それは、非日常の仕事のであるからこそ味わえる格別の味。

しかし、世の中には、この女性のような人がいることも現実。
「人が信じられない社会」
「人を信じてはいけない社会」
社会にはそんな陰面がある。
そしてまた、意識せずとも、自分が裏切る側の人間になることも充分にあり得る。
それでも、人が持つ良心・良識が人の不信を覆う力があることを信じたい。

この仕事で味わった、〝不信〟のホロ苦さは、私に何かを学ばせてくれた。
〝人を信じること〟
〝人から信頼されること〟
世の中がいくら殺伐としても、人として失いたくないもの・・・人間の醍醐味である。

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