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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

母の哀・子の愛

つい先日のこと。
腐乱死体現場の片付けをを終えた私は、ある弁当屋の前に車をとめた。
12時をとっくに回り、〝ランチタイム〟と言うより〝おやつタイム〟と言った方がいいくらいの時刻になっていた。
そんな時間だから、お腹はペコペコ。
そうは言っても、〝PERSONS〟を連れては店に入るのもはばかられる。
それで、道路沿いの弁当屋に寄ったのだった。

注文をして、でき上がるまではカウンターから少し離れて待機。
例えそれが短時間であっても、私が近くにいては他の人が迷惑するかもしれなかったからだ。

店先で外の風に当たっていると、作業で擦り減らしたが自然と治癒されていくような感があり・・・
〝ウ〓コ男〟は、ボーッと空を見上げて、頭に溜まった汚物も風に飛ばした。

「ん?何?」
そうしていると、店の軒先に何やら動くものが目についた。
それは、泥で造られた燕の巣だった。

「うぁ~!ひっさしぶり~っ!」
燕の巣なんて何度もみたことはあったけど、近くで眺めるのは子供の時以来。
童心が蘇るような感覚に、ひとりで興奮した。

「いるいる~!」
巣の中には、数羽のヒナ。
それが、愛らしい顔を覗かせていた。

「可愛いなぁ・・・」
軒自体がそう高くもなく、結構な至近距離に営巣。
小さいヒナが首を並べている様がよく見えた。

親鳥が餌を運んでくる度に、どのヒナも自分の頭より大きい口を開けてピーピー。
親鳥は、巣と外の往復を繰り返しながら、一羽ずつに餌を食べさせていた。

「誰が教えたわけでもないだろうに・・・」
もよおしてきたヒナは、身体を反転。
お尻だけを巣外に出して糞をしていた。

どの動きをとってみても愛らしく、いつまで見ていても飽きない感じがした。
そしてまた、その微笑ましさは、仕事の疲れや空腹感を一気に吹き飛ばしてくれた。

「餌を運んでるのは雄鳥?雌鳥?、それとも両方?」
「どの子にも満遍なく餌がいくように、考えてやってるのかな?」
「親鳥も楽じゃなさそうだな・・・疲れないのかな」
甲斐甲斐しく餌を運び続ける親燕の姿を見ていると、単なる偽善や打算を超えた何かがあるように感じられて、励まされるものがあった。

「元気に巣立てよー」
弁当ができ上がるとそれを受け取り、私は、清々しい気分でその場を出発。
その後食べたありきたりの弁当が、格別に美味に感じられたことは言うまでもない。

故人は、30代の男性。
現場は、1Rの賃貸アパート。
依頼してきたのは不動産管理会社。
〝死後一ヶ月〟・・・緊急の呼び出しに応じての出動だった。

「この辺りかな?」
現場近くに到着した私は、適当なスペースを見つけて駐車。
それから、車を降りて教わった番地にアパートを探した。

「このアパートか?」
とめた車の目と鼻の先に、薄汚れた老朽アパートが見えた。
建物の築年数までは想像していなかった私は、その不気味な様相に少し驚いた。

「あの部屋か・・・」
私は、外から、何戸がある部屋の窓を観察。
その中、二階の一室の窓に無数の黒点・・・それがハエであることは、99.99%間違いなかった。

頭をもたげてくる嫌悪感を抑えつけながら、その部屋を見上げていると、電話をくれた不動産会社の担当者が現れた。

「急にお呼びだてして、申し訳ありません」
「 いえいえ」
「このアパートの二階なんですけど・・・」
「はい・・・アノ部屋ですよね?」
「そう・・・わかりますか?」
「まぁ・・・アノ状態ですから・・・」
「あ゛ーぁ・・・」
担当者も、部屋の窓を見て唖然。
中が凄まじいことになっているであろうことは、誰の脳にも明らかなことだった。

「それにしても、随分と古い建物ですねぇ」
「えぇ・・・その分、家賃は格安なんで」
「なるほど・・・」
「ここだけの話・・・住んでる人のほとんどは事情のある人なんですよ」
「そうなんですか・・・」
「最近、その類の人が増えてきましてねぇ・・・」
「わかるような気がします」
この時勢、そんな人が増えてきていることは、不動産管理の仕事を通じても感じられるようだった。
私も、社会に、経済的な問題を抱える人が増えてきているであろうことは、感じることがある。
話は暗い方向へ進む一方だった。

「しかし、〝死後一ヶ月〟とは、時間がかかりましたねぇ」
「えぇ・・・」
「お若い方ですか?」
「えぇ・・・三十〓才だそうです」
「自殺ですか?」
「いえいえ!病気みたいです」
「そうですか・・・余計なことを尋いてすいません」
「大丈夫です・・・でも、そういった人も多いんですか?」
「えぇ・・・少ないとは思いませんね」
「そうですかぁ・・・」
数えられているだけでも、一日あたり、日本のどこかで100人もの人が自ら命を絶っている・・・
その数字を知ってか知らずか、担当者は顔をしかめた。

ことの異変にはじめに気づいたのは、故人宅の下階に住む年配の女性。
自室周辺に、しばらく前から異臭が漂うようになり、そのうちにハエが目につくように。
女性は、〝自宅だけの問題〟と考えて、当初は、市販の消臭剤や殺虫剤で対処。
そこが格安アパートということもあってか、女性はひたすら忍耐。
しかし、状態は日を追うごとに深刻化。
そのうちに、蛍光灯のスイッチ紐が黒いロープに見えるくらいにまでハエがたかるようになってきた。
また、悪臭も濃厚になる一方。
最終的には、ハエだけでなくウジまでも姿を見せるように。
さすがに変に思った女性は、そのことを不動産屋に相談。
そして、遺体発見となったのだった。

発見が遅れたのには、その他にも理由があった。
個人は、地方出身で単身独居。
都会暮らしの御多分にもれず、近隣との付き合いはなし。
無断欠勤を続ければ勤務先が気づきそうなものなのだが、そのときの故人には定職がなく、生活の糧は短期アルバイト。
親しい友人がいたのかどうかまではわからなかったけど、〝一ヶ月放置〟となると、希薄な人間関係しか想像できなかった。

「保証人とか家族はおられるんですか?」
「えぇ・・・田舎にお母さんがいます」
「〝お母さん〟・・・お父さんは?」
「さぁ・・・」
「お母さん一人なんですかねぇ・・・」
「そうかもしれませんねぇ」
私は、故人には父親がいなかったことを想像。
そして、他人を不憫に思う軽率さに気づきつつも、母親のことを気の毒に思った。

「こりゃヒドいなぁ・・・」
故人の仕業か警察の仕業か、部屋は荒れ放題。
私が中に入ると、無数のハエが乱舞。
更に、窓際には、ハエの死骸が砂利山のように重なっていた。

「クッキリ・・・」
腐乱痕は、部屋の中央に敷かれた布団に残留。
私を威圧するかのように、身体のかたちがハッキリと浮き出ていた。

「苦しかったのかな・・・」
布団で亡くなる場合、その身体は伸びていることが多い。
しかし、この故人は、身体をくの字に曲げ、膝を抱えるように背中を丸めていた。

「こりゃ、下までイッてるな・・・」
腐敗液は、布団を通り越して床に到達してることは明らか。
一階天井に垂れていることも危惧された
どちらにしろ、原状回復には大がかりな内装工事が免れないことは、その時点で判断できた。

「やっぱ、お金に苦労してたんだろうか・・・」
家財・生活用品は極端に少量。
失礼な言い方になるけど、大したモノは目につかなかった
更に、小さなテーブルに置かれた履歴書と、壁にかかる汚れたヘルメット・作業服が、何かを物語っていた。

「病気か・・・」
何の病気かはわからなかったけど、枕元には何種類もの薬が散乱。
私は、自殺を疑ったことを心で詫びた。

部屋の始末は、不動産会社が母親から一任されていた。
その、不動産会社は、大至急の作業を要請。
遠方にいる母親と協議することなく、そのまま特掃を依頼してきた。

今までに何度となく書いているけど・・・
始めは、嫌悪感丸出しで仕方なく着手する特掃作業。
それが、やっているうちに使命感・責任感に変わり、故人に対する情が沸いてくる。
〝気持ち悪い!〟といった感情が、故人を労うような気持ちに変わってくるのだ。
この現場でも、私の心理状態は同様に変化していった。

ウジが這い回るベタベタの汚腐団を梱包・・・
床にこびりつく頭髪と腐敗粘土を除去・・・
足を滑らせる腐敗液・腐敗脂のヌルヌル床を処理・・・
逃げようとするウジを捕獲・・・
飛び回るハエを撃墜・・・
その作業は、凄惨かつ過酷・・・そして、地味。
しかし、だからこそ、悲哀を慈愛(自愛)に変えることができるのかもしれない。

作業を終えた部屋の床には、汚腐団に残っていた腐敗痕が、そのままのかたちで浸透。
素人が見ても、それが何物(何者)であるかわかるくらいハッキリしていた。

後日、故人の母親が現場に来ることになった。
費用負担者である母親に、仕事の結果を確認してもらう必要もあり、私も日時を合わせて現場に出向いた。

「この度は、こんなことになって、申し訳ありません」
「いえいえ、仕事ですから大丈夫です」
「でも、大変だったでしょ?」
「いやいや、慣れてますから大丈夫です」
「そうですか・・・」
「念のために写真を撮ってありますので、必要だったらお見せしますが・・・」
「いえ・・・結構です」
母親が、写真なんて見たがるはずないことはわかっていた。
それでも、私は、仕事の信頼性を高めるために、写真の存在を知らせたのだった。

「床の一部を除けば、あとはきれいになってます」
「そうですか・・・」
「ただ、結局、貴重品らしきモノはでてきませんでした」
「それは構いません・・・警察の方にもそう言われましたから・・・」
母親は、貴重品なんて眼中になさそう。
そんなことより、故人の命を取り返したいと思う気持ちが、言葉にだされなくてもヒシヒシと伝わってきた。

「元気でやってるものとばかり思ったんですよ・・・」
「・・・」
「病気のことも仕事のことも全く知りませんで・・・」
「はい・・・」
「こういう所(老朽アパート)で暮らしてたことも・・・」
「・・・」
「本人も、暮らし向きはよさそうなことを言ってましたので・・・」
「・・・お母さんに心配をかけたくなかったんじゃないですかね・・・」
「そうか・・・」
「・・・」
そこには、母の息子に対する愛情と、息子の母に対する愛情が交錯。
私は、人の切なさと人生の妙を知らしめられた。

床に残った人型はあまりにもリアル過ぎて、母親に見せるには気が引けた。
しかし、部屋を確認してもらう必要があったし、母親も見たがったので、我々は共に部屋に入った。

「ここで死んでたんですか?」
「そうです・・・」
「こんな死に方させちゃって・・・」
「・・・」
「どうしてこんなことになっちゃったのか・・・」
「・・・」
母親は、床の汚染痕を憔悴の顔で見つめた。
それから、おもむろにしゃがみ込み、その汚染痕を愛おしそうに撫で始めた。

世の中には、自分の不遇を〝親の育て方が悪かった!〟と親のせいにする大人がいる。
親に迷惑をかけても平気で遊べる大人がいる。
親の愛を逆手にとって、自分の尻を親に拭かせる大人がいる。
ただ、故人はその類の子ではなかっただろう。

また、人生の価値は、生きた長さで測れるものではない。
労苦した時間や遊興の数で測れるものでもない。
もちろん、稼いだ金や遣った金の額で測れるものでもない。
故人の人生だって、同じこと。

母親は、床に座って、寝転がる人痕をいつまでも撫でていた・・・
そこには、子供を寝かしつける母親と、安心して眠る子の姿を見るようで、哀の中にある愛が感じられたのだった。

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