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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

兄弟と孤独

人間は、孤独な生き物なのかどうか・・・
生まれてくるときは孤独ではない・・・母があるから。
ただ、死んでいくときは孤独・・・共に逝く人もおらず自分の身体さえ手放さなくてはならないから。
そう考えると、ちと淋しいものがある。

そんな節理の下、出生率の低下が危惧されるようになって久しい。
一人の女性が一生のうちに産む子供の数は二人に満たないそう。
ただ、これは平均のデータだろうから、一概に、一人っ子の家庭が増えていると言えるものではないだろう。
まぁ、一人っ子には一人っ子のよさが、子沢山には子沢山のよさがあるだろうが、どちらにしろ、子供が少ない社会より子供が多い社会の方が明るく思える。

ちょっと昔は、三人兄弟(姉妹)・四人兄弟なんて当り前で、父母・祖父母の代では五人以上の子沢山も珍しくなかったみたい。
さぞや、賑やかな生活だったことだろう。
家族関係や隣近所の人間関係も、今ほどは希薄ではなかっただろうから、孤独死も少なかっただろうか。
〝腐乱〟なんていうと、更に少なかったかもしれない。

現代には、当時にない豊かさや便利さがあるけど、逆に、現代が失ったものが当時にはあったような気がする。
古い時代ばかりを賛美するのは現代人の悪い癖だが、現代が、子供を産みにくい時代、子供を育てにくい時代、大人が夢を持ちにくい時代、大人が希望を持ちにくい時代になっているのは間違いないような気がする。
歴史の無知からくる、ただの思い込み・気のせいだろうか・・・
これからの世、人は皆、薄暗い孤独の一本道を寒々と歩いていくしかないのか・・・

それは、陽差しが刺すように暑い夏の日のことだった。
入り組んだ路地の中にその現場はあった。

閑静な住宅街に一際目立つ老朽アパートの二階。
私は、階段下に日陰を探して、依頼者が来るのを待った。
そうして待ことしばし、約束の時間より少し早く老年の男性が現れた。
猛暑が負荷を与えてか、歩くのもツラそうに見えた。

死後2ヶ月。
時代遅れのアパートに住んでいたのは故人一人きり。
しばらく前からその状態で他に住人はなく、どんなにウジが湧こうがハエが飛ぼうが、どんなに悪臭が充満しようが、一向に誰かの気に触れることはなかった。

私は、とりあえず、部屋を見てくることに。
依頼者から鍵を預かって、小さな階段を駆け上がった。
そして、玄関前で〝スゥ~ッ〟と大きく息を吸い、〝ふぅ~っ〟と深く息を吐いた。
それから、おもむろに玄関ドアを開けた。

玄関を開けてすぐの所が小さな台所。
汚染痕はそこにあった。
床には、醤油でもこぼしたかのような独特のシミ。
それが、床板に広く染み込んでいた。

身体の具合が悪くなって椅子に腰掛けたのだろうか、故人は、台所の椅子に腰掛けたままの状態で死亡。
そして、そのまま2ヶ月・・・発見されたときは、頭を後ろに仰け反るような格好で半白骨化。
それを裏付けるかのように、傍にある椅子は色を変えていた。

そんな状況で、汚染痕はかなり深刻なものだったが、肝心の?腐敗液や腐敗粘土の類は皆無。
通常なら、腐敗液が広がり、腐敗粘土が盛り上がり、ウジが這い回っていて当然のはず。
しかし、その類のものは残されておらず。
そこは、誰かが掃除した後であることが明らかだった。

第一発見者は、故人の弟である依頼者。
依頼者と故人は、特に不仲だったわけではなかった。
ただ、お互いとっくに一線を退き老齢を抱えた身。
特段の用事でもない限り連絡を取り合うようなこともなかった。

そんな中、ちょっとした用ができて依頼者は故人に電話。
しかし、何日にも渡って連絡がつかず。
業を煮やした依頼者は、故人宅を訪問。
預かっていた合鍵を使って玄関を開けると、強烈な悪臭の中に変わり果てた故人の姿があった・・・

遺体は警察が運んで行ってくれたものの、その跡にはおびただしい量の汚物が残留。
しかし、誰に相談して誰の手を貸りればいいものやら、皆目見当もつかず。
結局、依頼者は、一人きりで腐乱死体痕を掃除したのであった。

故人がこのアパートに住み始めたの新築当初。
賃貸契約自体かなり古いもので、それから幾度も更新。
とっくに定年を迎えていた故人は、年金生活。
経済的に裕福ではなかったけど、家賃を滞らせるようなこともなく、平穏に暮らしていた。

賃貸契約の保証人はとっくに亡くなっており、大家は法的補償を求める相手を喪失。
そうして巡り巡って、故人の弟である依頼者が、〝法的〟と言うより〝道義的〟に後始末しなければならない立場になったのだった。

この事後処理には、諸々の費用が発生。
それは、故人と同じく年金暮らしをしていた依頼者の懐を直撃。
依頼者は、その費用を捻出するのに頭を悩ませていた・・・

また別の時期、別の案件。
それは、春の盛りを越えた初夏のことだった。

現場は、閑散とした風景に建つ小ぎれいなアパートの二階。
依頼者は、遠方に暮らす故人の兄。
早めに到着した私は、アパート前の駐車場に車をとめて待機。
依頼者も、どこかで待機していたかのように約束の時間ピッタリに姿を現した。

依頼者は私を伴って部屋へ。
玄関の向こうには、特有のニオイが充満。
ただ、それはマスクをしなくても我慢できるレベルのものだった。

亡くなっていたのは、3DKの中の寝室に使っていたであろう一室。
ベッドは折り畳まれ、布団は梱包され、更には、床にはあるべき汚物がなく掃除の跡が見て取れた。
誰かが手を加えたであろうことは明白で、唯一、フローリングの木目に染みた黒いものと濃い腐乱臭が、故人の最期を明らかにしていた。

故人は、死後一ヶ月で発見。
第一発見者は大家・・・厳密に言うと、大家の通報を受けた警察だった。
ドアポストからあふれる新聞に他の住民が異変を察知。
大家が呼び出されたのだが、嫌な勘が働いた大家は迷うことなく警察に通報。
鍵を開けドアチェーンを切断して中に入ると、強烈な悪臭の中に変わり果てた故人の姿。
具合が悪くなってベッドで休もうとしたのだろうか、故人は、上半身だけをベッドにのせて、倒れかかるように亡くなっていたのだった。

故人と依頼者は、遠方に離れていたこともあってか、普段から付き合いらしい付き合いはなし。
ただ、依頼者は、現場アパート賃貸借契約の保証人になっており、事後処理を担うほかなく・・・
知らせを受けて遠方から駆けつけ、私が初めて会ったときも、各方面の手続きに奔走している真っ最中だった。

通常、賃貸借契約の保証人になるときに最も気になるのは、借主による家賃の不払いとその補償ではないだろうか。
まさか、借主が孤独死することはもちろん、それが腐乱死体で発見されることなんか想定していないだろう。
しかし、これは、現実には充分に起こり得ること・・・老若男女を問わず、独居をする人とその関係者が抱える陰のリスクなのである。

故人は生涯独身。
仕事は真面目に勤め上げ、定年を迎えてからは多くの趣味を持って悠々自適にやっていた。
家賃や公共料金を滞らせることもなく、周りに迷惑をかけるようなこともなかった。
同時に、無類の酒好き。
実際、それを裏付けるかのように、台所の隅には大きな焼酎ボトルが何本もストックされていた。

故人は、それまでにも何度となく酒によって体調を崩していた。
依頼者も故人に対して酒を控えるように口を酸っぱくして言っていた。
しかし、故人にとってそんな小言はどこ吹く風。
生計を共にしていた訳ではないので、依頼者の苦言は拘束力を持たず。
故人は、相も変わらず飲み続けた。
そして、とうとう一人で逝ってしまったのだった。

いきなり腐乱死体現場の後始末を背負いこんだ依頼者は当惑。
遠方から来た孤独な身に加えて、周囲からのプレッシャー。
誰にどう相談すればいいのかわからないまま、とりあえず、一人で腐乱痕の清掃したのだった。

愛か情か、責任感か使命感か、この二人の依頼者がどういう心境で掃除したのかは、察するに余りある。
どちらにしろ、孤独な作業であったことは想像に難くなく・・・自分でもやっていることだから、私には、その作業の過酷さが誰より分かった。
更に、専用の装備を持たない依頼者が、苦労して掃除する様を思い浮かべると目が潤むような思いがした。

二人の依頼者は、共に年金生活。
個人差はあれど、とても裕福な生活をしている風ではなかった。
更には、故人に特段の遺産がない上、その事後処理に大きな費用が発生。
そんな事情があってだろう、一人は分割払いを、もう一人は翌々月の全額後払いを希望してきた。

ただ、この場合、私の方がリスクを背負うことになる。
後になって〝ない袖は振れない〟〝取れるものなら取ってみろ〟と開き直られたら、それでおしまいになるからだ。
しかし、私にとっては、腐乱痕を掃除した根性と責任感は充分信用に値するもの。
私は、迷うことなく、無条件で依頼者それぞれが希望する支払い方法に応じた。
そして、その後、二人の依頼者が約束を守ってくれたことは言うまでもない。

特殊清掃は、極めて孤独な作業。
しかし、私の場合、仕事としてやっているのだから、それくらい我慢しないといけない。
でも、あまりに過酷な現場だと、泣きが入ることがある。

普通、腐乱死体現場の後始末なんて、できることなら関わりたくないもの。
依頼者の中には、皆にそっぽを向かれて孤軍奮闘せざるを得ない人も少なくない。
死んでいく故人も孤独だったかもしれないけど、後始末をする依頼者も孤独になりがち。
その孤独と戦わなければならなくなることがあるのだ。

戦う動機が、〝積極的な使命感〟であれ、〝消極的な責任感〟であれ、それでも逃げずに清掃をこなした依頼者は〝ビジネス〟と割り切れる私ごときとは比べものにならないくらいの重圧に襲われたはず。
そんな依頼者に対して同士的な感情が湧いてきて、自分を甘やかす孤独感が叱咤されるような思いがした。

「助かりました」
安堵とも疲労ともつかない脱力感を滲ませながら私を労ってくれた依頼者達の笑顔を援軍にしながら、日々の孤独と戦う私である。

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