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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

キズ隠し

初老の男性の声で特掃の依頼が入った。
「社員寮として借り上げているアパートで、社員が体調を崩した」
「トイレで吐血したらしく、汚れてしまったので掃除をしてほしい」
とのこと。
零細企業ながら、男性はその会社の社長らしかった。

〝体調を崩して吐血〟と聞いては、安易に引き受けるわけにはいかない。
自分の身を守るうえで、まずは感染症を疑わなくてはならないのだ。
もちろん、病院の診断だけを真に受けるわけにもいかないけど、その診断を聞くことは重要。
現場の状況確認はその後でも遅くないので、私は、その辺のことを先に尋ねた。

「感染症の疑いはありませんか?」
「・・・多分・・・」
「その方は、今、病院ですか?」
「・・・はぃ・・・」
「医師の診断は何ですか?」
「ちょっと、そこまでは・・・」
「んー・・・では、容態はどうなんでしょうか」
「それもちょっと・・・」
私が何を質問しても、男性の口から出るのは歯切れの悪い返事ばかり。
その様子は、私のスタンスを慎重なものにさせた。

通常、法定伝染病や結核でなければ常用の装備で充分に防護できる。
だから、いつものように備えをもってすれば現地調査に出向くことは可能だった。
しかし、男性の物腰に善意ではない何かを感じた私は、その時点での現地調査依頼を保留にした。
その代わりとして、現場の写真を送ってもらうことに。
そして、それを基にして必要な作業を組み立て、それに伴う費用を算出することにした。

数日後。
現場の写真何枚かがE-mailの挨拶文に添付されて送られてきた。
それを開けた私は、目が悪いわけでもないのにモニターに顔を近づけて凝視。
黒い模様が着いた便器・・・
そして、床には新聞紙が散乱し、所々黒く変色・・・
時に、写真は現物よりも凄惨さが際立つことがある。
この時もまさにそうで、その光景は単なる吐血の域を超越。
私は、目をしかめながら、写真の一枚一枚を舐めるように見分していった。

「送っていただいた写真を拝見しましたが・・・」
「はぃ・・・」
「これ・・・吐血ですか?」
「は、はぃ・・・」
「言葉が悪くて申し訳ありませんけど、かなりヒドいですねぇ」
「・・・」
「ご本人は御無事なんですよね?」
「まぁ・・・」
「まだ、入院しておられるんですか?」
「はぃ・・・」
「容態はどうなんですか?」
「・・・」
男性は、前回同様、濁った返事しかせず。
その態度に、私は、当人の存命を疑わしく思った。
そして、男性と話せば話すほど、その疑心はどんどん膨らんでいった。

写真だけしか材料がないため、見積書は条件付のものしか作成できず。
しかし、男性は、私が付けた条件をすんなり了承。
その上で「早めにやってほしい」と要請。
その応対に、男性が切羽詰まった状態にあることが伺えた。
同時に、私も重い腰を上げざるを得なくなり、その場で訪問予定日時を約した。

現場訪問の日。
部屋の鍵は、先に教わった場所に隠してあった。
男性は現場に来ないことになっていたので、私は素のままの態度で機械的に玄関を開けた。
それから、土足のまま上がり込み、事務的にトイレの扉を開けた。
すると、目の前には、写真で見たままの光景。
ほぼ想像通りで心の準備ができていた私に驚きはなく、写真では表現しきれていなかった生々しさを感じるのみだった。

現場を確認した私は、男性に電話。
事前に送った見積内容に変更が生じなかったため、男性は正式に特掃を依頼。
私は、暗い緊張感を抱えながら作業の準備に取りかかった。

便所掃除は、慣れているとは言ってもなかなかやりにくいもの。
スペースが狭いうえに、中央には便器が座っているため、床を掃除するときにはこれが至極邪魔になる。
そんな便器の奥(裏側)まで手を届かせるためには、結構な筋力と冒険心が要るのだ。
私は、責任感半分・諦め感半分で、黙々と作業を進めた。

「なんだ!?」
そんな作業中、赤黒に染まる床に妙なものがあることに気がついた。
注視すると、それは細長い金属質の物体。
血泥ごとつかみ上げてみると、それは一本の果物ナイフだった。

「オイ、オイ・・・」
それがナイフだとわかった途端、全身に悪寒。
と同時に憤りにも似た嫌悪感が頭をもたげてきた。

「こんなの聞いてないぞ!」
私は、作業の手を止めて以降のことを思案。
そして、何かを抗議するため、依頼者の男性に電話をかけた。

「妙なものが出てきたんですけど・・・」
私は、興奮を抑えながら、作業の途中経過と刃物がでてきたことを男性に報告。
それを聞いた男性は、明らかに動揺。
そして、次の質問に耐えられないと判断してか、男性は言いにくそうに事の真相を打ち明けてきた・・・

トイレから当人を運び出したのは、消防ではなく警察。
やはり、部屋の住人は亡くなっていた。
そして、死因は病気による吐血ではなく自殺だった。

故人は、男性が経営する会社に勤務していたが、しばらく前に退職。
亡くなったときは、既に社員の身分ではなかった。
それが、自己都合の退職だったのか会社都合の退職だったのかまではわからなかったけど、故人が会社を退職するにあたっては一悶着あった様で、男性は声のトーンを落とした。

会社は辞めた故人だったが、近しい身よりもなく孤独な身の上。
アパートを出ても住む所はない。
そこで、次の仕事が安定するまで継続居住を希望。
男性は、家賃を本人が自己負担することを条件に、そのまま住み続けることを了承した。

男性には、仕事を失った故人が困窮することはわかっていた。
しかし、男性にも守らなければならない生活と会社がある。
家賃を滞納されることを覚悟しつつアパートへの継続居住を認めることが、男性が故人にかけられるせめてもの温情だった。
そんな中で、実際に故人は家賃を払うこともなく、自らの手で人生に幕を引いたのだった。

男性は、故人の死について、良心の呵責に苛まれているようだった。
そして、事を公にすることが、自分の薄情さと罪悪感を浮き彫りにしてしまう恐怖感に耐えられず、事の真相を露にできなくなったらしかった。

「個人情報やプライバシーに関することですし、守秘義務もありますので、私は余計なことを言うつもりはありませんけど・・・」
「でも、〝写真を見せろ〟とか〝住んでいた当人に会わせろ〟なんて言われたら、逃げ場はありませんよ」
「後で事実が明るみなる可能性も大きいですし、隠せば隠すほど問題は大きくなるだけだと思いますよ」
私には、男性の苦悩と心痛がわからないわけではなかった。
しかし、大家や不動産会社には事実をきちんと伝えた方がいいと思い、諭すようにそれを促した。
そして、男性は〝そんな事、言われなくてもわかってるよ〟とでも言いたそうにしながらも、私の話を反論なく聞いてくれた。

誰だって、心の中にキズの一つや二つ持っている。
誰にも曝したくない触れられたくないキズを、人にも自分にも治せないキズを持っている。
それが、人が生きていく上で負わされる宿命であるとは言え、結果的に、故人のナイフはその身だけではなく依頼者男性の心にまでも深い傷を負わせた。

血まみれのナイフを拾い上げる私の手もまた血まみれ。
それは、まるで、私自身がキズを負ったかのようにも見えた。
そして、それが何を教えようとしているのか・・・
その答を掴み取ろうと、必死にナイフを握り締める私だった。

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