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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

笑顔の素(前編)

いきなりのこんな話で申し訳ないが・・・
何年か前、私は尻を患ったことがある。
体調を崩して拒食症になり、そのせいで重度の便秘になった挙げ句にそうなってしまったのである。

症状としては軽度で、日常生活に支障をきたす程でもなかった。
しかし、唯一、用(大)を足すときに激しい痛みと戦わなければならなかった。
そして、その痛みは、ハンパではなかった。
それでも、つまらない羞恥心が捨てられなくて、病院に行く気にはなれず・・・
薬剤師に相談するのも恥ずかしくて、ドラッグストアで薬を買うこともできず・・・
そうして、自力で治すことへの希望を捨てることができないまま悶々とした日々を送っていた。

そんなある日、現場作業で古新聞を片づけていた私の目に、一つの文字が入ってきた。
〝ぢ〟・・・
それは、有名?某社の広告。
尻に火が着きそうなくらいまで追い詰められていた私は、作業の手を止めて食い入るようにそれを注視。
追って読むと、そこに書いてあったのはサンプル薬を勧める内容のものであった。

それに、興味を引きつけられた私だったが、小心者であるが故に、その後のセールスが心配に。
サンプルとは言え、タダで物をもらうとそれが借りになる。
〝タダより高いものはなし〟と言われるように、その後が高くつく可能性があることに警戒感がでてきた。
「買いたくないものを買うハメになったらイヤだしなぁ・・・」
「かと言って、毅然と断ることも苦手だし・・・」
〝らしい〟と言えば〝らしい〟・・・私は、グズグズと余計な心配をした。

そうこう考えていると妙案が浮上。
住所と連絡先を自宅にすると断りにくいけど、会社にすれば何かの時に避けやすいと考えたのだった。

その何日かの後、サンプルは会社に送られてきた。
包装は、中身がわからないようにするため無記名。
しかし、その配慮が微妙な怪しさを演出。
職場には、得体の知れないその荷物を怪訝に思った人間もいたかもしれなかったが、正体がわかっていた私は平静を装いながらいそいそと持ち帰った。

その後、特効薬?を手に入れた私は、心強い味方が来てくれたような、頼れる後ろ盾を得たような・・・そんな気持ちになり、それまでの窮々とした気持ちから解放された。
そして、それと同時に、気のせいか痛みも和らいできたように感じられた。

結局、肝心の尻は、そうこうしているうちに自然に治ってしまった。
サンプル薬が本来の薬効を発揮することはなかったけど、精神的には抜群に効いたのかもしれなかった。
人の思い煩いなんて、些細なこと・小さなきっかけで解決する・・・笑顔の素になるのは、結構そんなものだったりする。

ただ、弱ったことが一つ・・・
以降、定期的なDMが薬会社からの届くようになった。
もちろん私宛で会社に。
例によって、その封筒には社名も広告も記されておらず。
ただ、御丁寧にも、〝親展〟ではなく〝本人以外開封厳禁!〟とハッキリ印字。
それが、発送者の気遣いとは裏腹に、充分に周囲の関心を引く原因をつくっていた。
そして、それが会社に届くたびにオドオドと挙動を不審にする私だった。

ある日、不要品処分について相談する電話が入った。
声の主は女性。
体調が悪いのか気分が優れないのか、その声はとても暗く、私が声を大きくしようものなら途端に消えてしまいそうなくらいの声だった。
しかも、寝起きを感じさせるようなボンヤリとした語り口で、何の依頼なのか要点がなかなかつかめず。
女性の自発的な情報提供を待つかたちをとっていた会話のスタイルを、私が質問したことに対して女性に返答してもらう形式に切り替えた。

始めは話しにくそうにしていた女性だったが、冷たいくらいに淡々と質問していく私に警戒心が薄らいだのか、次第にその口は滑らかになっていった。

通常、人との会話を弾ませようと思ったら、その反応は大袈裟なくらいが調度いい。
しかし、〝わけあり〟の相手・・・つまり、話しにくいことを話さなければならない立場にある人が相手の場合、それは逆効果になる。
特に、驚きや嫌悪感を感じさせるような雰囲気を醸し出すのは禁物。
驚嘆してもおかしくないような話でも、感情を表にだすことなく、平然と受け答えてこそ、何事も相談してもらいやすくなる。
また、それが、人を相手にすると感情が表に出にくい性質を持つ私にとっても楽だったりするのである。

私は、女性が片言で伝えてくる部屋の状況を今までの経験に重ね合わせて、頭の中で現場の光景を組み立てた。
そうすると、女性が〝ゴミ〟という言葉を使わないようにしていても、そこがゴミ屋敷になっていることが容易に想定できた。
そして、だいたいの画が見えてきたところで、質問をやめ、話題を現地調査の日時を決める段階に移した。

現地調査は、それから日を置かずに実施。
約束の時間よりもだいぶ早く到着した私は、とりあえずアパートを下見確認。
そして、女性にも心積もりがあるはずなので、約束の時刻がくるまで離れたところで待機することにした。

車で少し走ったところに大きな公園を発見。
その脇の道路に木陰を探して車を停止。
私は、そこでしばしの休息をとることにした。

公園では、何人かの子供達が誰に気を使うことなく楽しそうに遊んでいた。
どの子も屈託のない笑顔を浮かべ、無邪気な笑い声を上げながら・・・
その姿をボンヤリと眺めながら、今となっては夢幻と化した幼い頃の日々を懐かしく回想した。

そう言えば・・・
子供の頃は、悩みらしい悩みはなかったように思う。
食べること・着ること・住まうことetc・・・
将来のこともひっくるめて、生きることで負担になるものは何もなかったように思う。
それが、いつから、余計な思い煩いを抱えるようになったのか・・・
今では、大きなことから小さなことまで、ありとあらゆる悩みを抱えている。

人生において、屈託なく無邪気に笑える期間は本当に短い。
何故、子供はそんな生き方ができるのか、私なりにその笑顔の素を探し求め・探し出した。
ただ、多くの人が大人になるにしたがってそれを失う。
失ったモノの正体を知らないまま、それに気づきもせず・・・
しかし、カタチは変わっても、それは大人になってからも取り戻せる。
まずは、それが何であるか、探さなければならない。気づかなければならない。
・・・もちろん、簡単なことではないけど。
只今、思案中・苦悩中・格闘中・・・
そうこうしているうちに約束の時刻が近づき、私は、現場のアパートに向かって車を戻した。

アパートはたいして古くない建物だったが、玄関前に立ってみると女性の部屋だけが違う雰囲気。
玄関ドアや窓はホコリまみれで、あちこちに蜘蛛の巣。
他の部屋と違って、外回りも全く掃除していないようだった。

インターフォンを押すと、ゴミ屋敷特有の異臭とともに一人の女性が顔をのぞかせてきた。
見た目は30歳前後、想像していたよりも若い感じだった。
ただ、何かに怯えたような・疲れ切ったような暗い表情は、電話を通して抱いていた印象と変わりなかった。
そしてまた、玄関から見える奥の光景は、女性の心理状態を代弁するかのように荒廃しており、私の気分までブルーにさせた。

当然か不自然か・・・足元を見ると、女性は靴を脱いでいた。
しかし、玄関から先に広がるゴミ野は土禁である必要はなさそう。
そうは言っても、人様の家に土足で上がり込むような無礼もできず。
私は、「靴のままで構いませんよ」との一言を期待しながら、ゆっくりと靴を脱いだ。

室内は2DK、異酷情緒漂う完全なゴミ屋敷。
私は、足裏に伝わってくる異物感を不快に感じながら一歩二歩と前へ。
食べ物関係のゴミが散乱する台所は不衛生極まりなく、顔をしかめたくなるほどの悪臭とともに無数の小蝿が乱舞。
それでも、私は、感情の起伏を態度と表情にださないよう努め、機械的な動きと無表情・淡々とした物腰を維持しながら部屋の見分を進めていった。

そんな中で、ドアを開けた奥の部屋に衝撃の光景が・・・
私の目には、全く予想していなかったモノが飛び込んできた。
それは、事務的な冷静さを堅持していた私を驚嘆させるほどショッキングなモノであった・・・

つづく

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