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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

踏んだり蹴ったり

つい先日のこと。
一仕事を終えた私は、次の現場に向かって車を走らせていた。
そこは、見通しのよい広めの二車線道路。
特に急いでいたわけでもないけど、道が空いていたこともあって制限速度は少しオーバーして走行していた。

そうして走っていると、前方に小さな交差点。
右折専用レーンはなく、道の中央に右折待機の原チャリが一台。
私側の信号は青で、歩行者用信号も点滅しておらず。
私は、自分の車が余裕で通過できると判断し、大きく減速することもなく交差点に接近。
すると、何を血迷ったか、直前まで右折ウインカーをチカチカさせて止まっていた原チャリが私が走る直進車線に進路変更。
バイクの左を通り過ぎようとしていた私の目前に、右側から飛び出してきた。

「ダメだ!」
私は、クラクションを鳴らしながら左へ急ハンドル。
車がひっくり返るくらいに急ブレーキを踏んだ。

「やっちゃった!」
私は、瞬間的にそう思った。
がしかし、私の車はバイクを避けながら、その左際を大きく湾曲して通過。
その先、交差点を過ぎた街路樹下に停止した。

「このヤロー!」
怒り心頭の私。
急いで車を降り、後ろから来るバイクの行く手を遮って停止させた。

「危ないだろ!どこ見てんだよ!」
凍り付いた心臓に、噴火寸前の頭。
普段は穏和な私なのだが、この時ばかりは鬼の形相になっていたと思う。

「ご、ごめんなさい・・・」
ヘルメットの下からでてきたのは若い女性。
自分に非があるのは充分にわかっていたようで、無条件降伏の様子。
表情を強ばらせ、平身低頭に謝ってきた。

「き、気をつけて下さいよ・・・ケガでもしたら大変だから」
自分の非を認めて素直に謝ってくる相手に怒りをぶつける訳にもいかず。
私は、続けて出かかっていた怒鳴り声を呑み込んでその場を治めた。

「まったく、もぉ・・・」
ボヤきながら車に戻ると、荷室の備品道具類は車ごとひっくり返したようにグチャグチャ。
私は、解凍し始めた心臓に普段とは違う不快な温度を感じながら荷室を片づけた。
そして、イヤな気分を払拭できないまま車を再出発させた。

そうして走っていると、何だか首の後ろがムズムズ。
始めは大して気にもしていなかったが、そのムズムズ感は次第にエスカレート。
ゴミか何かが着いているのかと思い、走る車の中で自分をルームミラーに映してみた。
すると・・・

「え!?あ゛ーっ!!」
何と!私のシャツの襟元には小指大の毛虫。
それがモゾモゾと柄の悪い身体をクネらせていた。

「うあ!うあ!うあ゛ー!」
頭の中は真っ白・パニック!
ハンドルを放すわけにもいかず、されど毛虫を首元に置いておくわけにもいかず。
微蛇行する車の中で一人大騒ぎ。
そして、高速道路の中央分離帯に車を止め、弾けるように外に飛び出した。

「何なんだよぉ・・・」
慌ててシャツを脱ぎ、毛虫を振り払う私・・・
公の道路で、裸になってシャツを振り回す男・・・
その様は、通り過ぎる人達には奇異に映っただろう。
しかし、私には、人の視線を気にする余裕はなかった。

幸い、着いていた毛虫は一匹だけで、大事には至らず。
ただ、短時間のうちに二度も心臓を凍らせた私は、その冷解凍の繰り返しに疲労困憊となってしまった。

とにもかくにも、次の仕事に向かわなければならなかった私は、荒れた気持ちを入れ替える必要があった。
そのために、ポジティブシンキングを意識。
冷やした肝に何を残すべきかを考えた。
「双方ともケガがなくてよかったこと」
「スピードの出し過ぎは危ないこと」
「周りの人は、自分の予想通りに動くわけではないこと」
「苛立ちや憤りは、他人ばかりではなく自らにも苦味を味わせること」
それらを考えていくと、おのずと気分が切り替わっていった。
ただ、毛虫については、どうポジティブに解釈すればいいものやら、考えあぐねる私だった。

「ホント、最期まで・・・」
依頼者の女性は、諦め顔でそうボヤいた。

現場となったのは、古い賃貸マンション。
そこで、中年の男性が孤独死。
そして、例によってその発見は遅れてしまい、本人も部屋は異様な変貌を遂げていた。

「かなりヒドいですよ」
女性は、申し訳なさそうに私に鍵を渡した。
私は、表情を曇らせないように気をつけながら、鍵を受け取り、マンションの入口に向かった。

「そんなでもないじゃん」
玄関を開けると、嗅ぎ慣れた腐乱臭に見慣れた腐敗液。
素人の女性には凄惨極まりない光景でも、玄人の私には見慣れた光景だった。

亡くなったのは、女性の弟。
故人には、その昔妻がいたが、その妻とも何年も前に離婚。
子供はおらず、離婚を機にこのマンションに越してきて、それからずっと一人暮らしをしていた。

仕事は、そこそこ真面目。
高収入ではなかったけど、家賃や公共料金の支払いを滞らせたり、妙な借金をつくったりすることもなく。
自分一人の食い扶持は、自分で何とかしていた。
しかし、経済的には一人前にやっていても、マンションの賃貸借契約や治療入院の保証人など、社会的責任を果たすために女性(姉)の助けが必要だった。
また、単身の男手には負いきれないことも多々あり、女性の助力が絶えることはなかった。
にも関わらず、故人は一人前のつもりで都合の悪いことには耳をかさず。
悠々自適な生活を満喫していた。
それでも、女性は、故人と疎遠になることはなく。
「姉弟助け合って生きるように」との両親の遺志と実弟なればこその情もあって、苦言を呈しながらも世話を焼き続けた。

故人の死に大きく影響したのが、長年の持病である糖尿病。
しかし、故人は無類の酒好き。
医師から止められようが女性が厳しく注意しようが、やめることはなかった。
そして、それを物語るように、部屋にはゴミ袋いっぱいの酒缶があり、テーブルの上にはインシュリンの注射器が転がっていた。

私には、インシュリンを打たないと保てない身体にもかかわらず酒を飲むことが、正気の沙汰には思えなかった。
そんな生活の末路は見えている。
病状は悪化する一方で改善するはずがないことは、故人にもわかっていたはず。
なのに、そんな愚行をやめなかった。やめられなかった・・・
が、しかし、それはサプリメントで肝臓に鞭入れながら酒を飲むことと大差ない。
そのことに気づかされて、内心で気マズイ思いをした私だった。

「でも、ご本人は好きなように生きてこられたんでしょうね」
「ホントにそうですよ!」
「それはそれでよかったんじゃないですかね」
「まぁねぇ・・・でも、最期がこれじゃぁねぇ・・・」
「・・・」
「ホント、踏んだり蹴ったりみたいな感じですよ」
女性は、悲しみも怒りも通り越したように呆れ顔。
冷たさを感じてしまうくらいに、サバサバとしていた。

「でも、いなくなったらいなくなったで、何だか寂しいものですね・・・」
「こんな人でも、子供の頃から一緒に育った弟ですから・・・」
「あと、〝この人がいてくれたからこそ・・・〟ってこともあったでしょうし・・・」
女性は、悲しそうな表情こそ見せなかったけど、小さな声でそう呟いた。
そして、薄っすらと笑顔を浮かべて見せた。
そこには、時の有限性と命の儚さ・人と人生の妙があった。
そしてまた、その呟きと微笑みの奥にある人の情愛に、何とも救われるような思いがした私だった。

〝踏んだり蹴ったり〟
人は、何故に踏まれたり蹴られたりするのだろうか。
艱難・困難・災難は、ただ我々が痛めつけられるためだけに降りかかってくるのだろうか。
その局面の最中にいるとそうとしか思えないのが人の性質だが、そうでないことを願うのもまた人の性質。
捉え方の角度を少し変えれば、踏まれることによって錬られていること、蹴られることによって喝を入れられていることに気がつく。
そうして、今ある教訓は、過去の踏蹴からもたらされたものであることを知る。
それぞれ振り返ってみると、多くの人に多くの心当たりがあるだろう。

難しいのは、やはりその最中にある時。
〝全ては時間が解決してくれる〟
〝人生晴れたり曇ったり・・・雨の日もあれば晴の日もある〟
〝朝の来ない夜はない〟
等と、理屈ではわかっていても、人はそれほど強くも賢くもない。
意識してつくったポジィティブな自分なんて長くは保てない。
だからと言って、力のなさを卑下することはない。
必要なのは、苦難に立ち向かう戦闘力ではなく苦難が過ぎ去るのを待つだけの忍耐力。
大切なのは、それによって、強く生きるための力が養われること。

踏んだり蹴ったり、嘆いてばかりじゃ枯れ行くのみ。
しかし、踏まれても蹴られても、なお実を探し続ける・・・
どうせなら、そんな生き方をしたいものだ。
誰のためでもなく、自分のために。

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