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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2008年分

特殊清掃「戦う男たち」

脱皮

カサカサカサ・・・
風に舞う落ち葉のような音を立てながら、ウジ殻は吹き寄せらる・・・
腐乱死体現場では、そんな光景も珍しくない。

〝ウジ殻〟・・・
正式な名称があるのかもしれないけど、それはハエの蛹(サナギ)殻のこと。
色は、赤茶から黒まで様々。
形状は、米粒を大きくしたような楕円形。
それが、小豆をぶちまけたように部屋中に散乱。
現場によっては、足の踏み場もないくらいにそれが床を占拠しているところもある。

そうなると、それを踏まないで歩を進めるのは無理。
ブチブチと、嫌でも踏みつぶしてしまう。
中には、無事に羽化して殻だけになったものもあれば、羽化に失敗して中身が残っているものもあり・・・
中身(蛹)があるヤツを踏んでしまうと、中からはドロッとした練乳に似た粘体がでてきてビミョー。
そんな具合に、同じ環境にいても、羽化できるものもいればできないものもいるわけで、〝こんなに多くのウジ・ハエと関わって生きてる者はそうはいまい〟と自負?している私でも、その辺の理由はわからない。

外部環境は同じなわけだから、ひょっとして中にいる本人?の生きようとする力が関係しているのかも・・・
ただ、自分の殻を破るか破らないかだけの違いなのに、その行く末には大きな差がでる。
これは、人の生き方にも共通することかもしれない・・・

「ゴミを溜めちゃいまして・・・」
ある日の真夜中、オドオドした口調の男性から電話が入った。
時間帯のせいか話題のせいか、男性は全く元気なく、私は話のペースを男性に譲ることに。
「火災報知器の定期点検がくることになりまして・・・」
「それまでに何とかしないと、マズいんです・・・」
「ゴミが見つかったら追い出されるに決まってますから・・・」
私は、一つ一つの話をジックリ聞いて、その中から男性の要望を汲み取ろうと試みた。
しかし、男性は何かに迷っている感じで明確な要望を示さず。
結局、私が現場調査に行くまでの話にはならず、中途半端なまま電話は終わった。

後の日の早朝、再び同じ男性から電話。
話の内容は前回より具体的になったものの、相変わらず口は濁し気味。
性質なのか事情なのか、言いたいことがハッキリと言えないらしく、その様子からはその深い苦悩が伺い知れた。
私ができることと言えばフォローを交えながら念入りに話を聞くくらいのことで、この時もまた現地調査を予定するには至らなかった。

更に後の日、男性から三度目の電話。
初めての相手でもなく、また男性の醸し出す雰囲気が他人事のように思えなかった私は、短気を起こすことなく男性の話しに耳を傾けた。
そして、三度目にしてやっと現地調査を実施する運びとなった。

訪れた男性宅は、一般的な1Rマンション。
男性はマンションの入口に立っており、車で到着した私に男性の方から声をかけてきた。
初対面でありながらも、それまでに随分と電話で話していた私達は挨拶も簡単に済ませて部屋に向かった。

エレベーターの中の男性は、明らかに緊張した様子。
口調もどもり気味で、視線も空を浮遊。
暑くもないのに、不自然な汗をかいていた。
一方の私は、煮詰まりそうな雰囲気を中和するために、あえて明るい雰囲気を醸すことに努めた。

自室前に着いた男性は、まるで泥棒にでも入るかのように、キョロキョロと周囲に他の人の視線を警戒。
それがないことを確認すると、素早く開錠し玄関ドアを開けた。
すると、いきなりのゴミ山が出現。
顔を驚嘆させると男性はネガティブに気にしそうだったので、私は、作り笑顔でゴミ山に対峙した。

「自分で何とかしようとやってみたんですが・・・」
「はぃ・・・」
「一向に片づかなくて・・・」
「仕方ないですね・・・」
「期日までに間に合いますか?」
「大丈夫ですよ・・・これくらいなら半日あれば片づきますよ」
「ホントですか!?」
「ええ、約束できますよ」
男性の肩には、間近に迫る期日が重くのし掛かっているようだった。
そして、そのプレッシャーを撥ね除けることを諦めているようでもあった。
だから、男性は私の応えを聞いて、伏し目がちだった目を上げて驚いた。

「何ヶ月溜めました?」
「一年・・・半くらいです」
「そんなに長くないですね・・・」
「ちょっと、病気になってしまって・・・それからなんです」
男性は病名を言わなかったが、私には、それが何であるかわかった。
しかし、せっかく明るくなりかけた雰囲気がブチ壊しになる恐れがあったので、それには触れないでおいた。

「いくらぐらいかかりそうですか?」
「この状態だと、結構な金額になると思いますよ」
「そうですか・・・」
「ん゛ー・・・○万円くらいにはなりますねぇ・・・」
「・・・」
「何か事情がおありですか?」
「えぇ・・・」
私に〝類〟を感じて親しみを持ってくれたのか、〝正直に話した方がいい〟と判断したのか、男性はプライベートな事情を打ち明けてきた。

男性は30代前半。
田舎から出てきて都内の大学を卒業し、名の知れた企業に就職。
実際のサラリーマン生活は思い描いていたものとは違っていたけど、ほぼ順風満帆だった。
しかし、一年・二年と過ぎるうちに、同僚は仲間からライバルへ。
そして、同僚とのマイナス差は上司からのパワーハラスメントの格好のターゲットとなった。
そんな仕事に、精神が蝕まれ・・・
そのうちに会社を休むことが多くなり、職場からは無言の退職勧奨が発せられるように。
そのうち、会社に自分の居場所はなくなり、退職となった。

原因となった仕事から解放されても、病状は回復せず。
それどころか、医師から入院を勧められるほどに悪化。
更に、そんな苦境に追い討ちをかけるように、新たな苦悩が襲いかかってきた。
忘れかけた劣等感をえぐり出す就職難、溜まっていく一方の失望感とゴミ・・・
年を増してきた親に心配もかけられないし、相談に乗ってくれる友人もなく・・・
先の見えない苦悶の日々が、しばらく続いたのだった。

「今はもういいんですか?」
「まだ通院しながら薬を飲んでます・・・」
「そうなんですかぁ・・・」
「特に、人ゴミがダメで・・・」
「わかりますよ・・・どちらかと言うと、私もそうですから」
「〝人ゴミはダメでも、ただのゴミは平気なのか?〟って言われちゃいそうですけどね・・・」
「・・・」
私は、男性のジョークに笑うべきかどうか迷って硬直・・・
結局、迷っているうちに笑う機会を逃してしまった。
しかし、冗談を言えるほどリラックスした男性に安心した私は、変な気を遣うことをやめることにした。

「で、仕事の方は?」
「何とか再就職できまして・・・」
「そうですか」
「はぃ・・・今の仕事は何とか続けらそうです・・・」
「それはよかった」
「ただ・・・」
「???」
「今、お金がないんです・・・」
「はぁ・・・」
本人の努力もあったのだろう、しばらくの忍耐の後、男性は再就職。
前職に比べて給料は安いものの、自分のスキルを活かせる仕事に巡り会えた。
ただ、無職の間の生活費や病気の治療費で、持っていた蓄えは消え・・・
伴って、当方の作業費分の蓄えもなく・・・
クレジットカードも使えない男性は、わずかな頭金を置いて、残りはお金ができ次第の後払いを希望してきた。

私は、色々と話しながら男性の人柄を観察。
かなり不器用そうではあったが、その分、実直さが垣間見えた。
男性は、やむを得ない場合はキャッシングも考えているようだったが、〝巷の金貸し〟にいいイメージのない私は、男性にそこまでのことをさせる必要はないと判断。
身分証の写しと勤務先の名刺・実家の住所と連絡先を教えてもらうことを条件に、男性が希望する代金の支払方法を承諾することにした。

人は、自分の殻を内から破っていける能動タイプの人と、外からの刺激に反応して殻を破る受動タイプの人がいると思う。
かく言う私は後者のタイプだが、どちらにしろ、古い自分を脱ぐことは、何かのきっかけがないとなかなかできることではない。
脱がせてくれる何かがないと、自分の意志と力だけでは難しいのだ。

自分の殻に閉じこもって生きていけるなら、そんな楽なことはない。
私だって、それで生活が成り立つのなら一人静かに自分の殻に閉じこもっていたい。
関わりたくないときは誰とも関わらず、好きな時に苦にならない相手とだけ関わる・・・そんな生活をしてみたい。
だけど、それは無理な話。
そして、結果としてはそれでいいのだろう。

作業の日。
費用を少しでも安くするために、男性も作業に参加。
私達は、汗と脂とホコリにまみれ、手も足も汚しながら黙々と労働。
私は、〝生きるって、こういうことなんだよ〟と、労をもって示した。
そして、自分にしかわからない勇気と決断をもって片づけた部屋に立つ男性の笑顔は、〝生きるって、こういうことか〟と言っているように見えて、私に一仕事を終えた達成感と人の成長を味わわせてくれたのだった。

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