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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

運好(前編)

私が、運に頼らないタイプの人間であることは過述の通り。
でも、昔からそうだった訳ではない。
目の前で遭遇する色んな局面を、幸運のお陰にした悪運のせいにしたり・・・
そんな風に考えないとやってられない局面が多々あった。
迷路に迷い込んだ時や物事に行き詰まった時など、自分の不甲斐なさを運に転嫁させれば楽になれた。

しかし、何もかもを運と捉えるには限界がある。
偶然の積み重ねから自然の摂理が生まれる訳はないから。
そんな熟考の結果として、ある時期からの私は、運より宿命を信じるようになっている。
これは私のようなタイプの人間に限ったことかもしれないけど、何事も〝運〟任せにするよりも〝定め〟と捉えた方が、よくも悪くも開き直れたりして、その方がずっと強固に軽快に生きていけることを実感できてきたからだ。

現場仕事の過酷度もそう。
運によって左右されていると思うと、気分が極端に浮き沈みする。
以前は、想像してたよりも実際の現場がヘビーだったりすると、〝運が悪い!〟〝ツイてない!〟なんて不満が湧いてきていた。
(かと言って、想定より軽くても〝運がいい〟〝ツイてる〟と思えないんだけど・・・)
そして、しばらくの間、自分の愚痴とボヤきを自分で聞くハメになっていたのである。
しかし、現在は、〝今、こうして生きるのが自分の宿命〟と思い直すようにしている。
・・・悪く言えば〝諦め〟〝受動的〟、どっちつかずの言い方をすれば〝開き直り〟〝割り切り〟、良く言えば〝安心〟〝安定〟・・・色んな側面があるけど、そう認識すると、高低はあっても気分は安定してくる。
そして、地に足をつけ・腰を据えて仕事ができるのだ。

この時の現場も、そんな感じで展開していった・・・

「アパートで独り暮らしをしていた母親が、部屋にゴミを溜めてしまった」
ある日の午後、〝住人の娘〟と名乗る女性から電話が入った。
事情をテキパキと話してくる様子に特段の不信感も覚えず、私は、いつものように必要事項を淡々と尋ね、現地調査の段取りを組んだ。

それから数日後。
依頼者の女性と私は、現場アパートの前で待ち合わせ。
約束の時刻を前に、現場では、二人の女性が私の到着を待っていた。
見た目には30代半ばから後半、二人は姉妹とのこと。
ゴミ部屋の主は、二人の母親とのことだった。

先の電話で私と話したのは姉の方で、この時もハキハキと普通に会話。
前もって話す練習でもしてきたかのように、淀みなく事情を説明してくれた。
一方、妹の方は、それとは対照的に姉の後ろに隠れるように立って、どことなくオドオド。
ほとんど言葉を発することもなく、視線を空に泳がせるばかり。
私は、私と目が合わないように注意しながら私を観察する彼女の視線を肌に感じたが、気づいていないフリをして話を続けた。

私は、全く似ていない二人の顔と全く違う二人の表情に、わずかな不審感を抱いた。
しかし、顔の似てない姉妹がいたって不自然ではないし、性質が違うのも自然なこと。
私は、そう思って、芽が出そうになった疑心を抑えた。

「とりあえず、中を見せて下さい」
私は、愛用のマスクを首にブラ下げ、手袋を装着。
経験で得た懐中電灯を片手に、玄関へ向かった。

「く、崩れますから、気をつけて下さい・・・」
寡黙だった妹が、私に一言。
その一言で中がどんな状態であるか察知した私は、緊張の度合を上げた。

「あ゛・・・」
玄関を開けると、いきなりゴミの崖。
そして、妹の言葉通り、その一部が足下に崩れ落ちてきた。

とっさに後ろを振り返ると、こちらを見つめる対照的な顔の二人。
姉は、他人事のような苦笑いを浮かべ、妹は、顔を強ばらせていた。
そのギャップに、何とも怪訝な思いが沸々。
しかし、そんなことを考えている場面ではないので、私は玄関に向き直ってマスクを装着した。

「じゃ、いってきます」
近隣の手前、玄関ドアを長く開けておくわけにはいかない。
私は、勢いをつけてゴミ崖の上に飛び乗り、玄関を閉めた。

「こりゃ、スゴいなぁ・・・」
案の定、中は夜のような暗闇。
口癖のようになったいつものセリフを呟きながら、懐中電灯を四方に照射。
そして、ゴミに足をとられながらも少しずつ歩を進めた。

部屋の蛍光灯を点灯させて、全容を露にしてみると・・・
言葉の使い方が間違っていると思うけど、その光景はまさに〝壮観〟。
〝よくぞここまでやったもんだ!〟と思えてしまうくらいのゴミが、部屋を埋め尽くしていた。

台所は三分の一、一部屋は半分、もう一部屋は三分の二の高さまで埋没。
当然、床が見えている部分なんてまったくなく、それぞれの部屋毎にゴミの種類を異にしながら、奥に向かっていくほど高く積み上がっていた。

「なんか妙だなぁ・・・」
ゴミの内容を観察しているうちに、抑えたはずの疑心が再び発芽。
目の前のゴミ山野は、野次馬が走り回る絶好の広場となってしまった。

炭酸飲料のペットボトル・マンガの単行本・ゲームソフト・CD等々・・・
姉妹の年齢から推測して、住人だった母親は50~60代と考えるのが普通。
しかし、ゴミの中に目につくのは、もっと若い年代の人が好みそうなものばかり。
50~60代の初老女性が、炭酸飲料を飲みながらゲームをしたりマンガを読んだりしている姿は、なかなか想像しにくく・・・
想像の域内ではあったが、私は、ゴチャゴチャと競合していた事柄を整理して、ある仮説を導き出した。

二人は〝姉妹〟ではなく友人。
そして、住人は母親ではなく妹と名乗っている方の女性。
住人女性(自称妹)は、長年に渡ってゴミを蓄積。
そして、いよいよ生活に窮するようになり親しい友人(自称姉)に相談。
とにかく、片づけることにしたものの、自分が前面にでることに抵抗があり、その役目を友人が肩代わりすることに。
そしてまた、自分がゴミ主であることも知られたくなくて、顔の見えない母親を家主に仕立て上げた・・・

依頼者が、嘘をついてまでも保身に走りたい気持ちは理解できる。
やってしまった事が事だけに、抱える羞恥心も小さくないはず。
それを、どこの馬の骨ともわからない他人に曝すことを躊躇うのも自然なこと。
誰をキズつけるわけでもなし、私にとっては実害のない嘘であり、充分に許容できるものだった。
だから、ことの真偽を依頼者に確認する必要はなく、単に真の事情を把握できればそれでよかった。
それによって、仕事の中身も成果も、依頼者にとってプラス方向へもっていくことができるし、私も仕事がやりやすくなるから。

そうして、一定の結論を得た私は、頭を切り替えて、現場調査に集中することに。
ゴミの中身と量を詳しく見分するため、一つ一つの部屋をジックリ確認した。

「一番危険なのは、やっぱ台所か?」
通常、食べ物・・・腐り物が集中するのは台所。
だから、往々にして、台所の危険度は高い。
調査のためにマスクをずらして鼻から空気を吸ってみると、独特の湿度と悪臭が入り込んできた。

「うへぇ~・・・こりゃイカンわ」
濃い悪臭を吸い入れてしまった私は、鼻から急排気。
そして、マスクを戻してから、息を吸い直した。

二つの部屋と台所を見分し終えた私は、次にトイレを見ることに。
その扉は、ゴミによって半開きのまま固定。
元来は、臆病で用心深い性質の私なのだが、しばらくゴミ部屋にいたせいで感覚が麻痺。
不用意に、扉の隙間から首を突っ込んだ。

「!?コレ、俺!?」
(〝俺が片づけんの!?〟の意)
狭いトイレには、汚れた○○○等が山積み。
私は、その光景に目眩を覚えて後退。
しかし、あまりの衝撃光景に視線は釘付け。
私は、それから逃れるために、浴室の方へ身体の向きを変えた。

「ここはどこ?これは何?コレも俺!?」
(〝ここ、ホントに風呂?ひょっとして、コレは○○○?コレも俺が片づけんの!?〟の意)
しかし、現実は冷たく、私を追い討ち。
トイレから逃げるように開けた浴室の扉の向こうには、更に衝撃の光景が広がっていたのであった。

つづく

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