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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

根雪(前編)

冬に雪はつきもの。
雪は、冬を代表する風物詩。
例年、東京でも2~3度は降る。
しかし、今季はまだ。
雪の予報がでたことはあったけど、私の目の前には降っていない。

灰色の空、どこからともなく突然現れる。
そして、地に着いた瞬間に音もなく消える・・・
その儚さには、この歳になった心をもしっとりさせる風情がある。
それは、雪国の人から見れば飽き飽き(ウンザリ)したものかもしれないけど、東京では滅多に見ることができない光景。
だから、「たまには、降ってくれてもいいのに・・・」なんて、後先を考えずに思う。

そんな東京では、2~3㎝も積もれば大雪。
そうなると、大人達は大変。
道路を中心に交通機関が麻痺し、通勤や仕事の足が乱されるからだ。

この私も同様。
雪道の運転はまったく不慣れだし、不測の事態に陥る可能性が高まるので、雪の予報がでるとにわかに緊張する。
そして、降り始めは新鮮な感動があったのに、降り積もるにしたがってそんな気持ちはなくなってくる。
しまいには、「もぉいいから、早くやんでくれ!」なんて、勝手な思いを抱く。
〝気まぐれは、天の気にあらず人の心にあり〟ってことだ。

片や、子供達は大雪を大歓迎。
寒さも雪濡れもそっちのけで、外へ繰り出す。
そして、あちこちの校庭や公園に〝土ダルマ〟を出現させる。
薄っすらにしか積もっていない雪でつくった苦心の作は、微笑ましいかぎり。
冷たいはずの雪が、温かい情緒を滲ませる。

しかし、その存在は束の間の夢。
陽の光を浴びたかと思ったら、アッという間に溶けてなくなる・・・
その様を、人と重ねて見るのは私くらいだろうか・・・ちょっと寂しく・ちょっと切なく、そして、愛おしいような気がする。

「できるだけ早く来て下さい!」
ある不動産会社からそんな依頼が入った。
身体が空いていた私は、直ちに現場に急行した。

到着したのは、ちょっと古めのアパート。
依頼主は、それを管理する不動産会社。
建物前の駐車場には、会社名の入った車が一台。
私は、その隣に車をつけて、窓越しに中を覗いてみた。

運転席には、男性が一人。
私を待つ間のヒマをつぶすためか、もしくは、疲れが溜まっていたのか、リクライニングシートを倒して眠っている様子。
せっかく休んでいるところを邪魔するのも申し訳なかったが、いつ起きるかわからないものを待ってる訳にもいかない。
私は、運転席の窓ガラスを、控え目にコンコンと叩いた。

「!?」
私に気づいた担当者は、飛び起きて目をパチクリ。
寝ていたことにバツの悪さを感じたのだろうか、ドギマギと気マズそうに車から出てきた。

「ご、ご苦労様です!」
担当者は若く、経験も乏しそう。
上から一方的に押しつけられてやって来たのか、この任もやや重そう。
愛想笑いの下に浮かない本心があるのがハッキリわかった。

「あの部屋なんですけど・・・」
担当者は、アパート二階の一室を指さして顔をしかめた。
何かを喋ってないと落ち着かないようで、自分の動揺を誤魔化すかのように、遭遇した一つ一つの事を細かく説明してくれた。

「イヤ~な予感がしたんですよねぇ・・・・」
担当者は、下に住む住人からの苦情と上司の指示で、管理用のスペアキーを持って現場に急行。
玄関前に立つと、明らかな異臭。
〝人が死んでる〟なんてことが頭を過ぎることはなかったけど、中で尋常じゃないことが起こっていることだけは想像できた。

「ドキドキもんで・・・」
とりあえず、呼鈴とノックを数回。
当然のように、中から反応はなし。
スペアキーを鍵穴に差してみると、鍵は開いたままのよう。
怪訝に思いながら、恐る恐るドアノブに手を掛けてみた。

「もお、驚いたのなんのって!」
ドアを開けると、いきなり腐乱死体。
腐ったバナナのように溶壊した人間が、引いたドアに連れられて手前にバタッ!
同時に、土間に滞留していた腐敗液が外へ流れ出し、一張羅の皮靴に襲いかかってきた。

「頭が真っシロで・・・呆然ですよ・・・」
第一発見者となった担当者。
駆けつけてきた警察は、そんな担当者の身柄を拘束。
一刻も早く現場から立ち去りたい気持ちとは裏腹に、そのまま現場に立ち会わされるハメになった。

「普通の死に方じゃなくて・・・」
亡くなったのは、部屋に一人で暮らしていた中年の男性。
警察の見立てによると、死後10日前後が経過。
死因は、玄関での首吊自殺だった。

「トドメを刺されたような気分でしたよぉ・・・」
警察は、担当者を遺体の側に立たせ、更に遺体を指さしてポーズをとるよう指示。
そして、そんな二人を、有無も言わさず写真撮影。
自殺腐乱死体と一緒に写真に収まるなんて・・・恐ろしくもあり気持ちが悪くもあり・・・担当者は、吐き気を覚えるくらいに気分が悪くなった。

「僕、まだ入社一年目なんですよ・・・」
彼は、入社一年目の新米社員。
第一希望ではなかったものの、正社員として就職できたことに喜びをもちながら勤めること数ヶ月。
半人前ながらも、ようやく仕事の一端をおぼえてきた矢先にコレと遭遇。
このことをどう受け止めるべきか・どう消化すべきか苦悩。
しかし、考えても答は得られなかった。

「こんなこと、よくあるんですか?」
一生のうちで一度もこんな経験をしない不動産会社の人間だって多くいる。
しかし、残念ながら、その逆の人も少なくない。
そんな出来事に、一年目にして遭遇してしまった担当者。
〝貴重な経験〟とはいえ、〝いい経験〟と言えるはずもなかった。

「夢にまで出てくるようになっちゃって・・・」
大袈裟に言っているのではなく、ホントにそうらしく・・・
事は、かなり深刻。
ストレスに睡眠不足がプラスされて、疲労困憊。
眠くてたまらないくせに、夜がくるのが恐ろしくもあった。

「僕が、気にし過ぎなんでしょうか・・・」
ハードな現場でも耐えられる人もいれば、ライトな現場でも腰を抜かしそうになる人もいる。
何をもって〝気にし過ぎ〟とするのか、難しい質問だった。
ただ、平気な人はほとんどいないのが現実なので、私は、そのことを伝えてフォローした。

一通りの話を聞いた私は、とりあえず、部屋を見てくることに。
私まで暗くなったら担当者の不安も更に増しそうだったので、私はそんな素振りは見せず、逆に、平然かつ軽快な足取りで階段を駆け上がった。

「あらら・・・」
想像した通り、玄関ドアの前には黒茶色の液体。
それが、強烈な悪臭を放出。
私は、それを踏まないように注意しながら、ドアを開けた。

「なるほど・・・こういうことね・・・」
中の状況も、ほぼイメージ通り。
正方形の小さな土間には、ドロドロの腐敗液が滞留。
その表面は、不気味な黒光りがあった。

「あ゛~ぁ・・・いるいる・・・」
土間に溜まった腐敗液には、ウジがウジャウジャ。
この後に襲ってくるであろう災難を知る由もなく、悠々と屯していた。

「コイツらぁ゛~・・・」
ウジは、適度な気温と充分な食料を得て猛繁殖。
腐敗液を引きずって、縦横無尽に闊歩。
引力ではあり得ない範囲にまで、汚染を拡大させていた。

「なんで玄関・・・」
一般的な建物の玄関ドアには、クローザー(開閉補助金具)がついている。
それが、吊る元として都合がいいからだろう、自死決行の場所を玄関にするケースは多い。
しかし、故人はクローザーではなく、鴨居とハンガーフックを使っていた。

鴨居なんて、玄関でなくても、部屋・台所・風呂・トイレetc、いたるところにある。
冷たい言い方になるけど、吊りやすい場所は他にあったはず。
なのに、故人は、玄関を選んだ・・・

故人が、開けっぱなしの鍵と鴨居に引っかけた三個のフックに込めた意図は何だったのか・・・
誰かに気づいてほしかったのか・・・
誰かに止めてもらいたかったのか・・・
早く見つけてもらいたかったのか・・・
死後の迷惑を考慮したのか・・・

やめときゃいいのに・・・
そこには、知り得るはずもない故人の意思を知ろうとしてしまう私がいた。
知る必要があるかのように・・・
それに費やされるエネルギーは大きく、心中に積もる冷たいものに震えがくる私だった。

つづく

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