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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

道連れ

今、事務所の隅で、2009年版の自社カレンダーが静かにホコリを被っている。
このカレンダーは毎年恒例のもので、例年、11月になるとまとまった数が用意され、12月に入ると皆で手分けして関係各所に配布する。
思いつく先にはすべて配るのだが、それでも、毎年決まって何本か残ってしまう。
足りなくならないよう多めに作るせいだろう。
そして、今年もそれが十数本残り、放置されているわけだ。

ちなみに、そのカレンダーは、何の変哲もない地味なデザイン。
写真もなく、色も少ない。
特徴と言えば、使いやすいようサイズがデカくしてあることくらい。
特に、イケてるところのない物なのだ。
しかし、それでも、以前に比べればマシ。
その昔は、イケてない・・・て言うか、〝ちょっとヤバくない?〟と思われるくらいの時があった。

問題だったのは、余白の広告欄。
近年は、社名・住所・TEL・FAXのみが印刷されているが、その以前は、〝オドロオドロしい〟というか・〝あまり考えたくない〟というか・〝縁起でもない〟というか・・・日常ではあまり目にすることがない単語・当社の業務内容が遠慮なく羅列されていた。
だもんで、渡した先でドン引きされたり苦笑いされることもしばしば。
私の方も、
「よかったら使って下さい」
と言って渡すものの、
「そうは言われても、貼るところに困るよなぁ・・・」
と、気が利いていない代物に、内心で苦笑いしていた。

それでも、相手は礼を言って受け取ってくれた。
一応の社交辞令というヤツだろう・・・
その後、あえて人目につきにくい場所に貼られたか、開かれることなく捨てられたか・・・実際、配った先で、これが壁に貼られているのを見かけたことはほとんどなく、ちょっと切ない思いをしたのを憶えている。

〝歓迎されない貼り物〟を思うと、ひとつ、ある現場の記憶が甦る・・・

ある日の午後、事務所で油を売っていた私の元へ、特掃の依頼が飛び込んできた。
電話の声は中年の男性で、「とにかく、できるだけ早く来て欲しい!」との要望。
身体の空いていた私は、現地にすぐ向かうことと予想到着時刻を告げて、事務所を飛び出した。

現場は、住宅街に建つ小さなアパート。
アパートの前には、電話をかけてきた人物であろう中年男性が、落ち着かない様子で立っていた。

男性は、いち早く私の車を見つけて会釈。
私も、ハンドル越しに頭をペコリ。
近づいてきた男性の表情は険しく、回りくどい挨拶は無用の緊迫した雰囲気を漂わせていた。

「では、早速、中を・・・」
男性は、一階の一室前に私を案内。
そそくさと玄関の鍵を開けて、進路を私に譲った。

「臭いますね・・・」
ドアが開くと、いつもの腐乱臭。
そのニオイは、私に、男性の心象を考える間を与えず、首にブラ下げたマスクを装着させた。

「土足で・・・いいですよね?」
どちらにしろ、土足で行くつもりだった私。
男性の返事を横に、玄関から上にあがり込んだ。

「あ゛・・・」
玄関から続く廊下の左手は、キッチンシンク。
右手には、浴室とトイレの扉が並列。
その一つ、トイレの扉が破壊され、斜めに放置されていた。

「トイレか・・・」
トイレの前には、見慣れた液体痕。
歩を進めて中を覗くと、床一面がワインレッドの半粘体に覆われていた。

「自殺か?・・・」
トイレの内側には、ドア枠に沿ってガムテープが粘着。
目張りをした跡が残っていた。

「練炭?・・・じゃなさそうだな・・・」
私は、辺りを見回して火元を探した。
しかし、七輪やコンロの類は見当たらなかった。

「・・・と言うことは、流行りのアレか?・・・」
私は、思わず溜息。
何を考える訳でもなく、うなだれるように腐敗液を見下ろした。

「暮らしぶりは、悪くなかったみたいだけどな・・・」
男性の単身ということもあってか、警察の仕業か、部屋は結構な散らかりよう。
それでも、一通りの家具家電・AV機器も揃えられており、生活に不自由していたようには見えなかった。

「さてと・・・出るか・・・」
全体の見分を終えた私は、身体を反転。
トイレ前の腐敗液を飛び越え、玄関に向かった。

「ん!?」
玄関ドアの内側には、何やら書かれた紙。
近づいて見ると、そこには〝硫化水素発生中!即死!危険!〟の文字。
その下に、警察・消防への通報を促す文章が続いていた。

「やっぱ、そういうことか・・・」
想像した通りのことに、再び溜息。
私は、短い警告文をジッと見つめて、何度も溜息をついた。

「ビミョーなところに貼ったもんだな・・・」
故人の意図は想像に難くなかったが、そこは、〝気づきやすい〟とは言い難い場所。
実際、私は、慌てて入ったわけでもないのに、貼り紙に気づかないで部屋に入ったわけで・・・
そこに、故人の意図を越えた現実の悲しさがあった。

亡くなったのは男性の息子で、20代の若者。
何年か前から精神を患い、仕事も、したりしなかったりと不安定。
決まった収入がなく、1~2ヶ月に一度のペースで親(男性)に金を無心。
親心が仇になるとわかっていても、息子(故人)を突き放すことができず。
終わりの見えない経済的支援が、何年も続いていた。

そんな故人は、数ヶ月間、家賃を滞納。
始めのうちは、催促の電話にもでていた故人だったが、そのうち電話もつながらなくなった。
業を煮やした不動産会社の担当者は、故人宅を訪問。
しつこくインターフォンを鳴らしても、中からの応答はなし。
居留守を疑ったけど、勝手に開錠するわけにもいかず。
玄関ドアの内側に別の警告文が貼られてあるのを知る由もなく、外側に警告文を貼ってその場を引き揚げた。

冬の低温は身体の腐敗を遅らせ、ドアの目張りは異臭の外部漏洩を遅らせた。
ドアポストに若干の郵便物が溜まっていた程度で、外観上は特段の異変も見受けられず。
同じアパートに暮らしていても、顔も名前も知らず、付き合いもない関係。
そんな他住人が、故人のことを気に留めないのは当然のことだった。

結果、死後二ヶ月ちかくが経過し、半壊させたドアの向こうから半解した故人が現れたのであった。

硫化水素の元・・・
買いたい人がいるから、売る人間がでてくるのだろうか・・・
売りたい人間がいるから、買う人間がでてくるのだろうか・・・
買いたいから、情報を求めるのだろうか・・・
売りたいから、情報を発信するのだろうか・・・
売る側の人間は、人助けでもしてるつもりなのだろうか・・・
買う側の人間は、それで救われるとでも思っているのだろうか・・・
それとも、双方、ビジネスとして割り切っているのだろうか・・・
死ぬために買い・死ぬために使われると分かってて売る・・・警告用紙まで付けて。

私は、これを否定的に捉えているけど、その売り買い自体を非難できる程の見識は持っていない。
ただ、それが、買う人間と売る人間の意図をはるかに越え・その責任では到底負えない不幸な結果を招くことだけは断言できる。

故人の誤りは明白。
〝人を道連れにしたくない〟との配慮で貼ったのだろうが、それはとんだ的外れ。
人を道連れにしない自殺なんてあり得ない・・・
肉の命は奪わないにしても、輝くべき人生に暗い陰を落とし、心の平安を奪い、場合によっては、一生這い上がることができない奈落の底に生命を突き落とすことになるのだから。

「余計な物、売りやがって!腹立つ!!」
そう吐き捨てた男性。
しかし、怒りの矛先を向ける相手は目の前におらず。
不動産会社に・大家に・近隣住民に、会わせる顔がない・・・
それでも、息子がしでかしたことの後始末はしなければならない・・・
目に涙を滲ませながらも、それを流すまいと必死に堪えている・・・
やり場のない怒りと悲しみに空を睨む男性に、そんな想いが見えた。

「これから、どうなるんでしょう・・・」
男性は表向き、部屋の物理的な処理を心配しているように装っていたが、私には、それが残った家族と自分の人生を案じる言葉にも聞こえた。
そしてまた、その怯えた表情に、故人の死よりも悼まく・その死よりも不幸なものを感じたのだった。

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