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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

バスタイム(前編)

今日から三月。
東京では、ここ数日、曇雨が続いているが(一昨日は、雨混じりに初雪が降った)、今日もまた曇空。
私の気分を代弁するかのような空の下で、三月がスタートだ。

そんな年上旬・・・
〝一月は行く、二月は逃げる、三月は去る〟と言われているけど、今年に関してその感覚はない。
往々にして、充実して楽しい時間は短く感じるものたが、一月も二月も、充分な長さを感じたから。
ということは、私にとってこの二ヶ月は、いまいちなものだったのかもしれない。
ただ、その原因にコレといった心当たりはない。
しいて言えば、食欲不振と酒欲不振くらいか・・・
冬鬱は毎年のことだし、つまらないことに頭を悩ませたり・休暇不足で疲労困憊に陥るのは年中だし・・・
温度低めのぬるま湯にダラダラ浸かって、時を空費したような感じがしている。

何はともあれ、こんな季節には、湯治がピッタリ。
ゆっくり温泉にでも浸かってのんびりすれば、随分と癒されそう。
とりわけ、雪の露天風呂なんて最高(入ったことないけど)。
ゆっくり湯に浸かった後は、美味い肴を食べ・好きな酒を飲む。
翌日の仕事から解放されれば、なお結構。
(翌々日の仕事を考えて鬱になりそうだけど・・・←これが、私の性分〝筋金入のネガティブ男〟)
しかし、それは、現実・・・追ってくる時間と寒い懐が許してくれない。
実際は、入浴剤と缶ビールで、ささやかな湯治気分を味わうしかない。

そうは言っても、今の私にとって大切なのは、入浴より睡眠。
慢性の不眠症を抱える私には、ゆっくり風呂に入る時間より、布団で横になる時間の方が必要なのだ。

特に、この冬はそのニーズが顕著。
昨冬は、ほとんど毎日のように湯に浸かっていたように記憶しているが、今冬はそれをする余裕がない。
そそくさとシャワーを浴び、ガタガタ震えながら浴室を出て、少しでも早く就寝できるよう努める・・・
〝風呂に入らない〟という選択肢を持たない(持てない?)私は、そんな毎日を送っている。

中年の女性から、特掃の依頼が入った。
「1Rの賃貸マンション」
「浴室で死後10日」
「とにかく、現場を見に来てほしい」
とのこと。
女性は急いでいるようであったが、当日は私の都合が・翌日は女性の都合がつかず。
結局、待ち合わせの約束は、その翌々日となった。

現場は、小規模マンションの一階。
約束の時間よりかなり早く着いた私は、先に現場を確認。
玄関からベランダまで、外から見ることができる箇所をくまなく観察。
先入観があっても外観には特段の異変は感じられず、頭には、ヘビー級の光景は浮かんでこなかった。

そうこうしていると、約束の時刻近くになって、依頼者女性が現れた。
その顔には初対面につきものの愛想笑いはなく、不機嫌そうな面持ち。
そこに、心の動揺が如実に映し出されていた。
対する私は、空気が重くならないよう、努めて事務的に。
女性の温度を測りながら、話がメンタルな方へ折れないよう、あえてストレートな質問をぶつけた。

「〝浴室〟ということですが・・・」
「はぃ・・・」
「浴槽の中ですか?それとも・・・」
「・・・中・・・みたいです」
「そうですか・・・お湯に浸かった状態だったんでしょうか・・・」
「そうみたいです・・・」
「で、そのお湯はどうなってます?」
「さぁ・・・赤いものが溜まってたような気がしますけど、ハッキリは・・・」
話を掘っても、女性から出てくる情報はわずか。
女性が部屋に入ったのは一度きり、しかも一瞬。
記憶しているのは、ヒドく臭くて散らかってたことぐらい。
心の防衛本能が働いたのか、肝心の浴室については、〝赤いもの〟以外ほとんど憶えていなかった。

女性からの情報収集に限界を見た私は、一旦、話を中断。
短いやりとりにつき、特掃魂の暖機運転は充分にできなかったが、一度、部屋を見てくることに。
私は、女性から鍵を預かり、いつものマスクと手袋を身に着けて部屋に向かった。

「随分、乱暴だな・・・」
部屋はドロボウが入った時のような有様。
貴重品を探すために、警察が引っくり返したのだろうが、その散らかしようはヒドいものだった。

「どうするかな・・・」
部屋は散らかってはいたものの、目につく汚れは、浴室前の床に付着する例のものくらい。
それ以外には、大した汚れは見受けられず。
私は、靴を脱ぐべきか、土足のまま入っていいものか、迷った。

「風呂場までは勘弁してもらおう・・・」
どちらにしろ、警察も土足で入ったはず。
私は、浴室が面した玄関兼台所だけは土足で歩くことにして、玄関上に足を踏み入れた。

「あちゃー!やっぱ、中か・・・」
浴槽は、女性の記憶通りの様相。
そこには、女性の記憶違いを期待した私を裏切る光景が。
やはり、故人は、湯船に浸かっていたらしく、コーヒーに赤みをつけたような色になった水が、浴槽に満ちていた。

「酒が好きだったのか・・・」
浴室の中には、日本酒の空カップが数個。
故人は、気持ちよく湯に浸かりながら、ゆったりした気分で酒を飲んでいたのだろう・・・
その光景を思い浮かべると、目に映る凄惨さをよそに、マスクの下の頬が緩んだ。

「どおでしたか?」
「私の経験の中では、軽くもなく・重くもなく、〝普通〟と言ったところです」
「そうですか・・・きれいにできますか?」
「正直、やってみないとわかりませんけど、時間をいただければ、結構いい線までいけると思いますよ」
「そうですかぁ!よかったぁ!」
「ただ・・・どちらにしろ、ユニットバスは交換になると思いますよ」
「???」
女性は、怪訝そうな顔。
きれいにした上でも浴室を改修しなければならない理由が、わからないようだった。

「気を悪くされるかもしれませんけど・・・気持ちの問題があるんですよね・・・」
「・・・」
「人が亡くなった場所は、大方の人が気持ち悪がるんですよ・・・」
「・・・」
「しかも、ここは、この(腐乱死体)状態なんで尚更・・・」
「・・・」
「次に入居される方のことを考えると、お分かりいただけると思いますけど・・・」
「・・・」
私は、きれいになったからといって、自分がその風呂に入れるかどうかを女性に想像してもらった。
すると、アノ風呂を目撃し普通じゃなくなっていることを認識していた女性は、私が言いたいことをすぐに理解してくれた。

「そうか・・・そうですよねぇ・・・」
「やはり、普通の人(大家・不動産会社)さんだったら〝交換しろ!〟って言いますよ」
「・・・」
「汚れやニオイが少しでも残った場合は九分九厘・・・言わなきゃわからないくらいまできれいにできても、交換を要求される可能性は高いと思いますよ」
「そうなったら、結構な費用がかかるんでしょうね・・・」
「そうですね・・・」
私の口から出るのは、女性にとって酷な話ばかり。
女性の不安を煽るようなことばかり言わざるを得ないことに、悪人になったような罪悪感を感じた。

「あまり費用がかけられない事情がありまして・・・」
「はぃ・・・」
「それ(浴室改修)だけで済みそうですか?」
「それは、大家さんと不動産会社次第ですね」
「例えば、どんなことがあります?」
「その他の内装改修やルームクリーニング、家賃補償とか近隣対策などが考えられますね・・・」
「そんなに・・・」
「実際、揉めるケースもありますけど、今はそこまで考えなくてもいいと思いますよ」
「・・・」
「事後処理をキチンとやって誠実に対応すれば、相手(大家・不動産会社)の心象も違いますし」
「・・・」
「それで、事が小さく済んだケースも多いんですよ」
「そうですか・・・でもね・・・」
私が善意で提供した情報は、女性が抱える悩みの種を培養してしまったよう。
女性は、ヒドく難しい顔をして、黙り込んだ。

そうして、しばし沈黙の時・・・
気マズい空気が漂い始めた頃、女性は何らかの考えが浮かんだらしく、その表情を一変。
ひらめいた妙案に目を輝かせながら、口を開いた。
そして、それを聞いた私は、その突拍子もない考えに意表を突かれ、言葉を詰まらせたのだった。

つづく

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