Home特殊清掃「戦う男たち」2009年分Flight ~母の苦悩(前編)~

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

Flight ~母の苦悩(前編)~

依頼者は、中年の女性。
固い表情に女性の緊張も察したが、私に対して愛想は一切なく、正直なところ第一印象はいまいち。
また、部屋の状況や故人に関することはほとんど話さず、とにかく、現場調査を急ぐよう促してきた。

現場は、小規模の1Rマンション。
私は、女性の要望を汲んで、そそくさと現場に入室。
玄関を開けると、目の前には靴を脱く必要がないことが明白な汚部屋。
土足に慣れた私は、抵抗なく靴のまま上がり込んだ。

「やば・・・」
室内には、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて高く、素人が嗅いだら、何のニオイかも分からないまま卒倒するであろうレベル。
慣れたニオイと言っても鼻を塞がない訳にはいかず、私は、首にブラ下げていたマスクを急いで装着した。

「これかぁ・・・」
汚染は、トイレの中。
床は、赤茶黒の腐敗液が占領。
その汚染はヘビー級で、不気味な紋様を描いて光沢。
特掃の難易度は極めて高く、心の準備をしないと掃除できそうにないレベルだった。

「・・・」
腐敗液も充分にインパクトのある光景だったが、最も目を引いたのは、隅に置かれた七輪。
トイレで何かを焼いていたわけはなく、私は、探るまでもなく故人の死因を知ることとなった。

「自殺か・・・」
床にしゃがみ込んで、七輪を眺めていると、力の抜けるように想いばかりが沸々。
しかし、死因がどうであったって作業内容が変わるわけでなし。
私は、考えても仕方がないことは考えないように、努めて思考を切り替えた。

「キツい仕事になりそうだな・・・」
トイレの汚れは、精神的なことを含めても、素人では到底掃除できないレベル。
玄人の私でも腰が引けそうだったが、自分が生きることを考えて、特掃魂に熱を込めた。

「女か・・・比較的若そうだな・・・娘か?・・・」
部屋に残る家財生活用品は、訊かずして、故人の素性を明示。
そして、女性の心情を察して、その無愛想に納得した。

「それにしても、ヒドいなぁ・・・」
私は、部屋を観察して溜め息。
故人は、普段から掃除を怠っていたよう。
家財生活用品はどれもホコリが積もって薄汚く、床や壁もモノクロに変色。
破損した建具もいくつかあり、〝故人の死〟がなかったとしても、充分にヒドい状態だった。

一通りの室内調査を終えて外に出ると、女性の側には見知らぬ二人の姿。
一人は普段着の中年女性、一人はスーツ姿の中年男性。
挨拶を交わすと、女性は大家で、男性は不動産会社の担当者であることが判明。
どういう経緯かわからなかったけど、私が来ることを事前に知っており、それに合わせてやって来たようだった。

二人は、中の様子を知りたくて、矢継ぎ早に私に質問。
しかし、私が話すことがきっかけで、不測の災い・争いが発生したらマズい。
大家と女性の間・・・立場を対立させる双方の間に立たされた私は、無難に場を収める術を見つけるため、頭を悩ませた。

しかし、結局、妙案はでてこず。
自分の中で出た結論は、〝とにもかくにも、自分の目で見てもらうのが確実〟というもの。
玄関から覗く程度で構わないので、一度、中を見てくれるよう提案した。

そんな私の提案に対し、三者は三様の心情を露わに・・・
大家は嫌悪の表情、担当者は驚きの表情、女性は困惑の表情を浮かべて沈黙。
それから、短く協議。
結果、担当者が代表して室内を見てくることになり、顔は不満げ(不満げ?)に・身体は素直に私の後をついてきた。

「やっぱ、最近、多いんですか?」
本来は〝滅多にない出来事〟であるべきことが、〝よくある出来事〟になってしまっている昨今。
担当者は、私の肯定を聞いて、〝これは、自分だけの不運じゃない〟〝これも、不動産屋の仕事だ〟と、自分を納得させたいみたいだった。

「中に入らなくてもいいですよね!?」
担当者は、玄関を開ける前に一言。
滲みでる嫌悪感をつくり笑顔で誤魔化しながら、釘を刺してきた。

「うぁ゛~・・・なんだコレ!!」
中がヒドいことになっているのは、玄関前から一目瞭然。
担当者は、ハンカチで鼻を塞ぎながら、眉を顰めた。

「ここが、おかしかったんですよ・・・」
担当者は、自分のコメカミに人差指をトントン。
故人の人間性か・故人の生き方か・故人の死に方か・・・故人の何がしかを非難。
ただ、私には、それが、自分を含めたすべての人間に当てはまる言葉にも聞こえ、内心で恐縮した。

「いつか、こんなことになるんじゃないかと思ってたんですよねぇ・・・」
担当者は、呆れた表情で軽く溜息。
〝所詮は他人事〟と言わんばかりの乾いた表情をしていたが、ここまでの事になる前に策を打たなかったことにも、少し苦味を感じているいるようだった。

故人は30代、依頼者女性の娘・・・つまり、二人は母娘。
死因は、トイレでの練炭自殺。
死後経過は、二週間。
温暖な季節でもあり、その身体はヒドく腐乱していた。

一番はじめに異変を感じたのは、近隣住民。
数日に渡って漂う異臭を不審に思い、不動産会社に連絡。
それを受けた担当者は、故人宅を訪問。
室内からの応答がない中で、ドアポストを押し開けて鼻を近づけると、そこには外よりもはるかに高濃度の悪臭。
室内でよからぬことが起こっているのは明白で、直ちに警察に通報した。

パトカーや警官が集まれば、どうしたって目立つ。
野次馬も集まり、周囲は騒然。
しかも、当初は、硫化水素発生が危惧され、トイレのドアを開ける前に、近隣住民は強制退避。
そんな騒動の中で、故人は、危険人物ならぬ〝危険汚物〟として搬出。
結果、この部屋に自殺腐乱死体がでたことは、近所の誰もが知ることとなった。

生前の故人は、精神を患っており、近隣トラブルも頻発。
自転車の停め方・ゴミの出し方etc、マンションのルールを守らず。
夜中の騒音もお構いなし。
時には、壁や床を叩いたり、奇声をあげたりして、近隣住民を怖がらせることもあった。

母親(依頼者女性)は、故人宅から歩いて数分のところに居住。
スープの冷めない距離にいたにも関わらず、二人(母娘)はわざわざ別居。
しかも、二人は疎遠な距離を保って生活し、母親が、生前の故人宅を訪れることはほとんどなかったよう。
そして、久し振り訪問が最期の訪問となったのであった。

担当者は、自分が見たこと・嗅いだことを大家にストレートに報告。
その内容は、母親にとって不利なものばかりだったけど、それもこれも故人の仕業・室内の汚損が原因なので、やむを得ず。
それを聞く大家の表情は、みるみるうちに・・・単なる仏頂面だったものが、アッと言う間に鬼の形相に変容。
わずかに残っていた人の死を悼む雰囲気は一掃され、代わりにキナ臭さが漂い始めた。

「この責任は、キッチリとってもらいますからね!」
一通りの報告を聞き終わった大家は、怒り心頭で半ギレ状態。
言いたいことがあり過ぎて話す順番が整理できなかったのだろう、結論を先に持ってきて話の口火を切った。

対して、母親が反論できる余地は一切なく、防戦一方。
まさに、手も足も出ないサンドバッグ状態。
始めのうちは、一つ一つの言葉に黙って頷いていたものが、そのうち、うなだれたまま硬直。
それでも怒りが収まらない大家は、母親の消沈ぶりなど意に介さず、容赦なく言葉の剣を突き刺し続けた。

部屋の全面改修工事・将来の家賃補償・風評被害の資産補償・精神的苦痛に対する慰謝料etc・・・
大家は、震えがきそうなくらいの賠償を母親に請求。
私も、第三者として聞いているだけだったのに、まるで、自分が責められているかのように気分が沈んだ。

大家の苦情は、次第に悪口・罵声に近いものにエスカレート。
金銭的・精神的なことだけではなく、故人の人間性や人格まで言及。
すると、それまで呆然・無反応だった母親がわずかに反応。
大家が言葉を重ねていく毎に、蒼ざめていた顔に赤みがさし、虚ろだった目に反抗的な光が蓄えられていった。
そして、その変化に冷たい力を感じた私の頭には、悪寒にも似たイヤな予感・・・母親が持ってる〝切り札〟・・・大家も蒼冷める〝ジョーカー〟が過ぎったのであった。

つづく

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