Home特殊清掃「戦う男たち」2009年分命根・命花 ~続・Flight~

特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

命根・命花 ~続・Flight~

もう四月。
春も本番。
冷え込みが和らぎ・暖かさが増し、陽も少しずつ延び・夜明けも早まってきている。

春の到来は、冬季の朝鬱を患う私には大歓迎なのだが、問題もある。
ここ二週間くらい、極度の不眠症に陥っているのだ。
更に、頭痛・食欲不振etc・・・

春を迎えて、私の中で何かが芽吹いているのか・・・
冬眠していた何かが目を覚ましたのか・・・
もともとの不眠症に輪がかかり、深刻な状態。
寝付きはいいのだが、早朝(夜中)に覚醒。
目が冴えたまま明け方を迎え、やっと眠くなったかと思ったら起床時刻。
そんな困った(弱った)状態なのだ。

そんな具合だから、このところ、昼間っから目がショボショボ。
頭も、回転が鈍化してボーッ。
常に軽い睡魔に襲われているような状態で、なかなかツラい日々を過ごしている。

ただ、そんな私にも、柔らかい元気を与えてくれるものがある。
満杯の酒・・・じゃなく、満開の桜だ。
これから一週間が見頃らしいが、〝桜好き〟の私にとって、それは格別の眺め。
欲を言えば、〝ゆっくり花見〟といきたいところだが、現実は、通りすがりに眺める程度。
それでも、何ともいえない快感覚をもって、私の心をプラスにもっていってくれる。
ありがたい春の風情だ。

母親との電話を終えてしばらく後、不動産会社の担当者から電話がかかってきた。
予定通り、母親は、私との電話が終わってすぐ、連絡を入れたよう。
そして、相続を放棄する旨を伝達。
言葉の端々には謝罪の意が混ぜられていたが、その口調は事務的で、一方的なもののようだった。

一方の担当者は、そうなることを全く予期しておらず、〝寝耳に水〟。
そんなことが罷り通ることが信じられず、唖然。
返す言葉もそのための知識もなく、ただ母親の言うことに返事をするのが精一杯だった。

「大家さんのプレッシャーが、藪蛇になりましたかね?」
「少なからず、影響したでしょうね・・・」
「困りましたよ・・・」
「資産補償や慰謝料の類はさて置いて、物理的な原状回復だけでも請求されたらいかがですか?」
「でも、それだけでも、相当の費用がかかるでしょ?」
「まぁ・・・アノ状態ですから・・・」
「多分、〝うん〟とは言わないでしょうね・・・」
「責任を感じていないわけではなさそうですから、打診するだけしてみたらどうですか?」
「・・・ですかねぇ・・・」
本来の権利義務者は、故人。
しかし、当人がいなくなったため、事後処理の責任は宙を浮遊。
〝母親が責任を負うべき!〟と断言できる根拠もない。
しかし、このままでは、大家が気の毒。
私は、部屋の原状回復だけは母親の責任で行われることを期待した。

「こんなことって、普通、あり得ないでしょ?」
「いや・・・多くはありませんけど、たまにありますよ・・・」
「え゛ー!そんなバカな話があるんですか!」
「法律上は、正規に認められた権利ですからね・・・」
「でも、さすがに、このまま黙って承知する訳にはいきませんよ!」
担当者は、全然納得できない様子。
母親を責める手だてがないことを承知しつつも、諦めきれない感情を抱えて苛立っているようだった。

「契約の保証人は?」
「それがですね・・・」
「母親じゃなくて、保証会社を使ってたんですよ・・・」
「そうなんですか・・・じゃ、(母親を責めるのは)尚更、難しいですね」
「ん゛ー・・・」
故人(娘)の自死を予感していた訳ではないだろうが、母親は、賃貸借契約の保証人にはなっておらず保証会社を利用。
ただ、保証会社が担うのは家賃滞納時の補償のみ。
部屋の原状回復は、まったく範疇にないことだった。

「大家さんはどうです?」
「それが・・・状況が呑み込めないみたいで・・・」
「はぁ・・・」
「とにかく、〝責任はとってもらう!〟の一点張りなんです・・・」
「・・・」
「娘がこんなことしでかしといて、何もせずに逃げるなんて、普通じゃ考えられないじゃないですか!」
「まぁ・・・」
「理解できるはずないですよ!」
「・・・」
母親の相続放棄に、大家も唖然。
そんな権利が母親に認められること、そして、それが自分にどういう事態をもたらすのか、現実のこととして理解できないらしかった。

そんなこんなで、話は煮詰まる一方。
いつまで話してても結論に達し得ないのは明らかで、我々は、再度、現場に集まることにして話を締めた。

約束の日時、私は再び現場へ。
大家と担当者は、約束通り現れたが、当然、母親は来ず。
それでも空気はピリピリと張りつめ、そんな中で、話は始まった。

部屋を放置したところで、状態は、悪くなることがあっても良くなることはない。
それは、腐乱死体現場に見識がない二人も、容易に理解。
短い話し合いの結果、トイレの特掃と消臭消毒だけは急いでやることに。
そうして、私は、その作業を請け負った。

「ところで、費用はどなたが?・・・」
その場は、お金の話をしにくい雰囲気。
しかし、無償ではやれない私は、浮くことを覚悟で費用負担の話を持ち出した。

「それは・・・」
担当者は、口を濁しながら視線を大家へ。
それ以上は言及せず、大家に返事を譲った。

「私が払います!」
私に対して向けられたものではなかったが、大家は、不満感情を丸出し。
鬱積する悔しさを吐き出すように、そう言った。

ほとんどの現場に共通することだが、特掃に着手する際、特有の嫌悪感を覚える。
特に、自殺現場はそれが強い。
この時は、特に、母親の相続放棄にも大きく引っかかるものがあったので、それが尚更だった。
しかし、請け負った仕事は完遂しなければならない。
私は、最初は余計なことを考えないようにして、機械的に腐敗液に手をつけた。

雨戸が閉められた部屋は、不気味な暗闇。
狭いトイレを照らすのは、小さな蛍光灯のみ。
そんな静寂の中での作業は、心身に堪えた。
しかし、仕事を完遂するまで後には退けない。
労苦と恐怖感と嫌悪感をグチャグチャに混ぜ、生きる糧と使命感に作りかえ、特掃魂を燃やした。

「ニオイは残ってますけど、見た目はきれいになりましたよ」
「そうですか・・・」
「家財生活用品はどうしますか?」
「処分するにも、それなりの費用がかかるでしょ?」
「それは、まぁ・・・」
「片づけたところで人には貸せませんし、ゆっくり考えて少しずつやりますよ・・・」
「はぃ・・・」
「ただ・・・七輪だけは持って行っていただけると、ありがたいんですけど・・・」
「はい・・・わかりました」
「すいません・・・」
大家は、〝冷静さを取り戻した〟というより〝元気をなくした〟といった様子。
当初のハイテンションとのギャップが大きく、その様が気の毒に見えた私は、誰もが嫌がる七輪の処分を二つ返事で承諾した。

それから後・・・
家財生活用品は、全て処分。
建具・備品も取り外し撤去。
そして、トイレをはじめ、すべての内装を解体。
最後に残ったのは、基礎コンクリートが剥き出しの四角いスペース。
そして、それは、住居に戻る予定もなく、無期限で放置されることになったのであった。

あれから、しばらくの時が経つ・・・
その後、アノ部屋は、原状を回復し、誰かが何事もなかったかのように暮らしているかもしれない。
そして、本件に関わった人々はもそれぞれの人生を歩いていることだろう。
母親も、大家も・・・
古い過去を捨て、悩める今を生き、新しい未来を描きながら・・・

今思うと、コンクリートの箱と化した部屋は、花ビラが散った後の桜と重なる。
独特の淋しさと虚無感がある中でも、再生・新生の希望がある。

花が散っても葉があれば、
葉が枯れても枝があれば、
枝が折れても幹があれば、。
幹が倒れても根があれば、
すべてを再生するチャンスを持つ。
根があれば強い幹も・しなやかな枝も・鮮やかな葉も・美しい花も生むことができる。
しかし、根を失っては、幹は幹でなくなり・枝は枝でなくなり・葉は葉でなくなり・花は花でなくなる。

美しいのは花ビラだけではない。
葉には葉の・枝には枝の・幹には幹の美しさと価値がある。
そして、その基は、誰にも気づいてもらえず・陽も当たらず・冷暗の中にあり・泥まみれになって汚れた根・・・つまり、〝命〟そのものにある。
そして、それこそが、命の花なのかもしれない。

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