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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

ゴテゴテ

春なのに・・・大したことはやっていないのに・・・
睡眠不足と食欲不振が続いている。
ヒドい時は、倦怠感と拒食感が、一日中つきまとう。
お陰で、身体は痩せたような気がしているのだが、それに併せて体力まで落ちしまっては、もともこうもない。
放っておくと、気分まで落ちかねないので、暑くなる前に再起を図らなければいけないと思っているのだが、何をどうすればいいものやら・・・

まずは、食生活の改善?
今、食べ物は、アッサリ系・サッパリ系が中心。
バナナ・そば・おにぎり・・・そんな物が主食になっている。
もっと力のつきそうなものを食べた方がいいかもしれないけど、無理に食べると余計に体調が崩れてしまう。

重いものは、胃が受け付けない。
特に、油脂系はダメ!
もともと、子供の頃から、揚げ物が得意ではない私。
大人になって、だいぶ改善されたけど、それでも油脂系料理には弱い。
唐揚くらいなら普通に食べられるけど、天ぷら・フライになると量が限られる。
適量に抑えておかないと、胃がもたれるし消化不良を起こす。
下手をすると、腹をヒドく壊してしまうこともある。

また、本来は好物のはずの肉料理も、今の私には重過ぎる。
焼肉な焼鳥などはもともと大好物なので、口では美味しく食べられるけど、胃腸が受け付けない。
少し食べただけで、即座に不快感が襲ってくる。
そんな具合で、今は、ゴテゴテしたものを前にすると、吐き気をもよおしそうになるのだ。

「冷蔵庫を処分してほしいんですけど・・・」
30代くらいの声の女性から、不要品処分の依頼が入った。
その声はヤケに明るく、ネクラな私の耳には心地いいくらいのトーン。
しかし、並の家電処分依頼が、私のところに舞い込んでくるのは稀。
私は、それが不要品ならぬ〝腐妖品〟であることを、すかさず察知した。

「中は空?・・・じゃないですよね?」
「えぇ・・・実は、そぉなんですよぉ・・・」
「結構、たくさん入ってます?」
「冷蔵の方は少ないですけど、冷凍庫には結構・・・」
「それって、腐ってます?・・・よね?」
「多分・・・」
「電源は?」
「入ってます・・・今は・・・」
「〝今は〟!?」
「はぃ・・・」
女性は、羞恥心を越えた何かを達観していたのか、雰囲気は明るく口調もハキハキ。
〝私、バカでしょ?〟〝笑っちゃうでしょ?〟と言わんばかりに、明るく開き直っていた。

事の経緯は、こうだった・・・

女性は、海外へ短期留学することに。
準備を進める中で、しばらく空けることになる部屋も整理整頓。
出発の数日前からは、余計な食べ物が残らないように、食生活も注意。
買ってくる食品は常温で保存できるものを中心にし、生鮮類は完食できる量に制限。
そうして、腐る食品が残らないように努めた。

ただ、冷凍食品は別。
〝冷凍庫内の食品は長期保存に耐え得る〟と判断して、魚肉系食品が多く入る冷凍庫はそのまま手をつけず。
そうして、全ての準備は完了。
期待に胸を膨らませて、念願の海外留学に出掛けたのだった。

「それで?」
「しばらく空ける家に、電気は要らないじゃないですかぁ・・・」
「まぁ・・・そうですね」
「・・・」
「ん!?まさか?」
「そうなんです・・・安全のために、電気の ブレーカーを落として出掛けちゃったわけなんですよぉ・・・」
「あらら・・・」
「どうかしてますでしょ?」
女性か帰宅したのは、半年後。
久し振りの自宅は、出掛ける前と比べても変わったところはなし。
女性は、玄関を入ってすぐ電気がつかないことに気づき、電気ブレーカーをON。
眠っていた各家電は息を吹き返し、台所の冷蔵庫も〝ブーン〟。
その音は、女性が浸っていた海外生活の余韻を一気に吹き飛ばしたのだった。

生鮮食品を半年も常温で放置すれば、腐るに決まっている。
女性は、そこまでは容易に想像できたものの、それ以上の画が思い浮かばず。
その未知の不安が、恐怖心を掻き立て、冷蔵庫のドアを開けるのを躊躇わせた。
しかし、冷蔵庫をそのまま放置するわけにはいかず。
女性は、〝心の準備を整える時間が必要〟と考え、次の休日に片付けることを決意しコンセントを抜いたのだった。

しかし、心の準備は、なかなか整わず。
女性は、萎えた気持ちを立て直せないまま、休日を幾度もやり過ごし・・・
それでも、冷蔵庫は、中に抱える問題を外に訴えることなく辛抱していた。

そんな冷蔵庫の大人しさと女性の〝掃除したくない〟という気持ちとが相まって、女性の気持ちは、次第に〝気が向くまで放っておこうかな?〟という方向に変化。
後始末を先に延ばせば延ばすほど、大変さが増すことはわかっていたけど、自分の意志に理性は効かず。
そうして、腐妖冷蔵庫は、台所の一員として期限なく鎮座することになり、再びコンセントが差し込まれたのであった。

「そういうことだと、腐った食べ物は凍ってるわけですね」
「えぇ・・・多分・・・」
「妙な液体とか、漏れ出てません?」
「はぃ・・・特には・・・」
「ニオイは?」
「特段のニオイもありませんね」
さすがは冷蔵庫。(←何が〝さすが〟なのか、よくわからないけど・・・)
その機密性は高く、臭気も液体も漏らすことなく、外観は平然。
しばらく放置しても尚、外に問題らしい問題は発生していないようだった。

作業の日・・・
「お待ちしてましたぁ!」
女性は、電話で抱いた印象の通り、快活で愛嬌タップリのキャラクター。
留学から当日に至るまでの心模様も聞いていたし、また、その人間らしい弱さ親しみを覚えてもいたので、私の顔からも自然と笑みがこぼれた。

「どうなってるんでしょぉ・・・」
怖いもの見たさの好奇心もあってか、女性は、中を見たそう。
私が開けるのを期待しているようだった。

「やめときましょう」
安易に開けて〝腐敗液が流れ出す〟・〝悪臭が噴き出る〟等の事故が起きたら大変。
そうなったら、余計な仕事が増えるだけだし、クレームを誘発しかねない。
私は、冷蔵庫の扉(引き出し)を開けず、封印したままの状態で運び出すことにした。

「ありがとうございました!」
女性宅での作業は、冷蔵庫を回収するだけのこと。
ほんの十数分で請け負った仕事は完了した。

「あとは、持ち帰って、キチンと処分しますので」
女性から教訓を得た私は、当日中に中身を片付けることを心に予定。
ハツラツとした女性の笑顔に見送られて現場を後にした。

しかし、少し時間が空くと、女性から得た教訓はどこへやら。
中身の始末する作業を思い浮かべると、頭は憂鬱な気分が支配。
そして、嫌なこと・苦手なこと・気が進まないことへの対処を後手後手に回す・・・
切羽詰まった状態にまで追い込まれないと、腰を上げない・・・
時間は無限にあると錯覚して、大切な機会を逸する・・・
〝重症に陥る前に・重傷を負う前にやった方がいい〟ってわかっているのに気づかないフリをする・・・
そんな悪い癖が、ムクムクと顔を出してきた。

結局、萎える気持ちを奮い立たせることができず、当日の作業は断念。
しかし、翌日も・翌々日もやる気はでず・・・
しまいには〝このまま乾燥してくれないかなぁ〟なんて、ムシのいいことを考えるようになった。

しかし、現実はシビア。
電気を失った冷蔵庫は、自分を冷静に保つことができず・・・
そのうちに、妙な液体と異臭が漏れ出してきて、私に逃げ道はなくなり・・・
結果、後手後手のツケは、ゴテゴテしたものを前にした吐き気となって回ってきたのであった。

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