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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2009年分

特殊清掃「戦う男たち」

おにぎり(後編)

「それがですねぇ!・・・」
「???・・・」
女性は、急に声高に。
その変容から、私には、話が本題に移っていくことが読みとれた。

「不動産屋は、〝何も知らない〟って言うんですよ!」
「は?・・・」
私には、女性の言うことがすぐには飲み込めず。
ほんの一瞬だったが、頭の中が白くなった。

「どうも、大家に口止めされてるみたいなんです」
「なるほど、そういうことですかぁ・・・」
所有のアパートで腐乱死体がでたとなったら、大家は相当のダメージを喰らう。
だから、不動産会社に口止めした大家の気持ちが、わからないではなかった。

「とりあえず、警察は来ますよね?」
「えぇ・・・遺体が発見されてたら、結構な騒動になったはずですけどね・・・」
仕事で外出していた女性は、事の始終を把握しておらず。
遺体がでた事実も、実際に確認した訳ではなかった。

「事が事だけに、近所に訊いて回る訳にもいかないじゃないですかぁ・・・」
「そりゃそうですね・・・」
そんなこと訊いて回って、もしそれが事実でなかったら、かなりの顰蹙をかうはず。
また、事実だとしても、余計なことを近所に言いふらすことにもなりかねない。
女性は、確証を得る術がなくて、行き詰まっていた。

「臭ってることは、認めてるんですか?」
「えぇ、誰が嗅いでも明らかですから・・・」
漂う悪臭は、女性の鼻だけで感知されているものではなく・・・
不動産会社は、さすがに、そこまではトボケられないようだった。

「で、ニオイの原因は何と?」
「〝知らない〟〝わからない〟の一点張りです」
不動産会社が実状を把握してない訳はなく・・・
しかし、事の真相については、頑なに口を閉ざしているようだった。

「お話を伺った限りでは、ほぼ間違いないと思いますけど・・・」
「私も、そう思ってるんですけど・・・」
悪臭は悪臭でも、種類は色々。
可能性は高いにしても、はたして、それが本当に腐乱死体のニオイなのかどうかは、実際に嗅いでみないとわからないことだった。

「これから、伺いましょうか?」
「え!?いいんですか!?」
相手が、横柄な口をきく無愛想な男だったら、そんな気も起きなかったかも。
しかし、相手は礼儀をわきまえた女性。
更に、場所がそんなに遠くなかったこととに加えて身体が空いていたこともあり、私は、現場を見に行くことにした。

電話を切ってから程なくして、私は現場に到着。
まず、一階の共有通路を直進、女性宅前を素通りし、一番奥の部屋の玄関前で停止した。
すると、鼻を動かすまでもなく、辺りには憶えのあるニオイがプ~ン。
それは、嗅ぎ慣れた腐乱死体臭と酷似するニオイだった。
次に、ベランダ側に回って窓を観察。
その内側には、私の想像を裏付けるかのように、でっかくなった無数のハエが徘徊していた。

「御足労いただいて、ありがとうございます」
「どういたしまして・・・」
「このニオイなんですけど・・・どうです?」
「やはり、間違いないと思います」
「やっぱり、そうですか・・・」
「不動産屋に、強く言った方がいいんじゃないですか?」
「何度も言ってるんですけど・・・」
「必要でしたら、私が話しても構いませんけど?」
「そうしていただけると、助かります」
私に促されて、女性は、携帯電話を取り出してその場から不動産会社に電話。
私を強い援軍と感じてくれたのか、意外に強気な交渉を展開。
しばらく話して後、私にバトンタッチ。
〝専門家(自称)〟の出現に不動産会社も年貢の納め時を悟ったのか、〝喋ったことを大家にはバラさない〟という約束で、事の真相を明かしてくれた。

亡くなったのは高齢の男性。
自然死で、死後二週間放置。
家賃や公共料金の滞納はなかったが、まとまった遺産もなし。
更には、身よりらしい身よりはなく、賃貸借契約の保証人も既にこの世にはおらず。
後始末をしようにも、法定相続人・・・故人の権利義務を引き継ぐ人間が見当たらず。
不動産会社も大家も、誰の権利と責任で後始末をすればいいものやら・・・誰もが逃げ腰で、頭を悩ませているばかり。
結局のところ、〝後始末の目処は全く立っていない〟とのことだった。

「不動産会社の立場もわかりますけど、あまり頼りになりませんね」
「ですね・・・」
「この際、引っ越しを考えた方がいいかもしれませんよ」
「引っ越し!?」
「このまま、ズルズルいく可能性も大きいですし・・・」
「それは、ちょっと・・・」
女性は、常識的にも良識的にも、近々のうちに事の収拾が図られると信じているよう。
落ち度のない自分が退去しなければならないなんてことは、少しも考えていないようだった。

結局、二人で話してても妙案はでず。
不動産会社に対しては〝暖簾に腕押し〟で、故人宅に対して手も足も出せないため、根本解決の道は閉ざされた状態。
私ができることと言えば、女性に防臭の術を伝授することくらいで、非常に中途半端なかたちで役目を終えざるを得なかった。

「役に立たなくてスイマセン」
「いえいえ・・・とにかく、本当のことが聞けてよかったです」
「放っておいて、自然に臭わなくなるなんてことはありませんから、また困ったことがあったら連絡下さい」
「ありがとうございます・・・少ないんですけど、お昼代にてもして下さい」
帰り際、女性は、〝昼食代の足しに〟と、私にチップを差し出した。
紳士(?)のお約束で、一旦は断ろうかとも思ったが、それも野暮と思われたので、私は礼を言って素直に受け取り、現場を後にした。

帰途中、私は、もらったチップでいくつかのおにぎりを買い、それを頬張りながら車を軽快に走らせた。
昼食を逃してヒドく腹が減っていたせいか、女性の心遣いが嬉しかったのか、はたまた、何かの御褒美か、いつものおにぎりがいつもよりちょっと美味しく感じたのだった。

このブログも掲載数が400編を越え(多分・・・)、来月で丸三年を迎えようとしている。
終了宣言云々以降は、一回一回が最終回になる可能性を秘めている訳だが、振り返ると、〝よく続いてきたもんだ〟と、我ながら感心して(呆れて?)いる。

取り扱うネタは、〝生死〟〝命〟〝人生〟等、限られたもの。
多少、味付けや観点を変えているだけで、書いている内容・伝えたいことの核心はほとんど似たようなもの。
〝模様が単調〟というか、〝色が単一〟というか・・・平たく言うと〝ワンパターン〟。
しかし、私の浅知恵・偏見・独善・偽善・貧欲・杞憂・陰鬱・勘違い等の雑味が独自のテイストを作り出しているのだろうか、ありがたいことに、それぞれに違う味を見いだし、噛み分けてくれる読み手の方々がいる。

そんな本ブログが目指すところを食べ物に例えると、〝おにぎり〟なのかもしれない。
華もなく艶もなく、人の目を引く魅力もない。
地味で小さく、味も栄養価もほどほど。
中の具が多少変わるくらいで、食感も味も一辺倒。
一般の料理と並べるのもおこがましいくらい、舌や腹に飽きられやすい。

しかし、身近であり・手軽であり・優劣を感じることもなく・食べるのに背伸びする必要もない。
そして、食べれば、わずかでも飢えが癒やせる。
更には、命をつなぐことができる・・・
生意気を言うようだが、自分にとって・読んでくれる人にとって、本ブログはそんなささやかな糧になれば幸いだと思う。

しかし、それはお互いのこと。
〝もっと美味いモノはないのか!?〟〝もっと豪華なモノをたらふく食いたい!〟と、文句ばかりたれている私だけど、実は、気づかないところで、色んな人から色んな〝おにぎり〟を食べさせてもらっている。
だからこそ、こうして自分も〝おにぎり〟が握れているわけ。
そのありがたさと真味がわかってこそ、握り出す〝おにぎり〟の具が〝愚〟から〝Goo〟に変わるってものなのだろう。

そんな生き方を探求しながら、そして噛みしめながら、一粒の飯を一綴の文字に変えている私なのである。
(↑ちょっと、格好つけすぎだね。)

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