特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
輪廻転死?
遺品回収の依頼があった。故人は病院で亡くなったので腐乱死体現場ではなさそう。
とにかく、直ちに、現場に直行。
依頼者は中年女性。亡くなったのはその夫。
どことなく暗くて元気のない女性だったが、
「夫を亡くして間もないから仕方がない」
と思った。月並みのお悔やみを述べて、見積開始。今では、死体がらみじゃない仕事はどちらかというと不得意になっている私だが、一応、遺品回収・遺品供養も仕事のひとつなので、とりあえずは現場観察をして見積書を作った。
依頼者は遺品の供養に対して異常に神経質になっていた。
話を聞いてみると、夫の死去を含めるとこの家では三年連続で人が亡くなっているとのこと。それで、来年は自分が死ぬ番ではないかと心配していたのだ。
「このままこの家に住んでいると、来年は自分が死ぬことになるのではないか」
「怖くてたまらない」「どうすればいいか」
と相談を持ちかけられた。
神仏はもちろん、風水や妙な占いにまで頼って、自分の身を守ろうとしているのか、家中に訳の分からない置物や札などの護身?除霊?グッズが置いてあった。もちろん、清めの盛塩や清酒もあちらこちらに置いてあるような始末で。
この相談の返答には困った。
この人が最も恐れているものは「死」だが、その起因するものが何かを特定する必要があった。どうも霊的な祟りが連鎖していると心配しているようだった。
とにかく、この家に住む人間が毎年一人づつ死んでいっていることが怖くて仕方がなく、その原因が知りたくて知りたくて仕方がない様子。
「こういう類のことは俺の仕事じゃないんだけどなぁ」
と心の中でぼやきながら、どうしたらこの人の心の重荷を軽くできるか思案した。
私が出した最終結論は、
「ウソも方便」
ということ。
死体業に携わって積み重ねてきた経験をストレートにひたすら語り(これはウソじゃなく)、その上で、複数年連続して葬儀を出す家は決して珍しくないこと、もっと言えば、一年の間に複数回の葬儀を出す家だってあることを話した。
そして、ここからがウソになる。
自分には少し霊感があるように装ったのである。その上で、
「この家には霊的な祟りは感じない」
「死者が続いたのは、全くの偶然にしか思えない」
と目を閉じ、さも自信ありげに話したのである。その前に、さんざん私の経歴を聞いた後だったので、女性は疑いもなく真に受けたようで、安堵の表情を浮かべた。
そして、追い討ちを掛けるように、死体業をこんなにやっている自分がどんなに楽しくて充実した人生を送っているかを話して聞かせた。実際は、色んな悩みや苦しみ、辛いことだってたくさん抱えているんだけど・・・ね(苦笑)。
「霊的な祟りを気にするなんて、全くナンセンス!」
「そんな事言ってたら、私なんかとっくにあの世に行き!」
「明るく元気に生きていかないと、亡くなったダンナさんも心配しますよ!」
ってな感じで。
結局、それで女性の重荷が真に軽くなったかどうかは分からないが、その場で笑顔が戻ったのは事実。でも、せっかく私なんかを頼りに相談してくれたのに、ウソでしか癒すことができなかった自分が歯痒かった。
ついでに応えておく。読者からの質問もチラホラあるようなので。
私は霊感もなければ霊的な経験をしたこともない。
実は、私には思いっきり大量の霊がつきまとっているのに、私があまりに鈍感過ぎて、それに気づいていないだけ?もしくは、霊の方が気持ち悪がって近寄ってこないだけかも(笑)。守護霊も悪霊もドンと来い!私の場合、そんなの気にしてちゃ食べていけないんでね。
私は、腐乱現場で一人きりになったり、霊安室や遺体搬送車で遺体と二人きりになっても平気である。かつては、霊安室で遺体を前にして、昼食の弁当を平気で食べていたこともあったし、夜中の山道を遺体と二人きりでドライブをしたこともある。
ただ、現場に入る最初のときや、最初に遺体に触れるときには、心の中で故人に声を掛ける妙な癖?習慣?みたいなものがある。また
「この故人はどんな人生を歩いたんだろうなぁ」
等ということもよく考える。もちろん、返事を感じることはないが。
あとは、何故か昔から(中学生の頃から)心霊写真だけはものすごく苦手!!絶対に見ない!!
自分では意識していないつもりでも、たまには霊的な類のものを薄気味悪く思うこともあるので、半信半疑ながらも信じているということか・・・自分でもよく分からない。
「霊が見える」
という人は身近にも何人かいる。
最近は、霊能者・霊媒師のことをスピリチュアルカウンセラーと称するのか、その類の有名人もでてきた。彼等が何を言っているのかよく知らないが、知ったところで、多分、肯定も否定もしないだろう。それらは似て非なるもの。興味がない訳ではないが、結局のところ私の仕事には関係ない。
霊がどうのこうのと考えているヒマがあるくらいなら、私は一体でも多くの遺体を処置する。霊にも人にも礼を尽くして。