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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

忠犬

「なんだか臭い」「でも、何の匂いだか分からない」「見に来てほしい」
そんな電話が入った。
依頼者は中年女性。
その口調から、死体がらみの案件ではないことがすぐ分かった。
話を聞くと、ただの消臭依頼だった。
特掃部には、たまにこんな依頼や相談も入ってくる。
どんな問い合わせにもキチンと応対するが、電話だけで片付くケースも当たり前のようにある。
できるだけ詳細な状況を聞き、できるだけ適切なアドバイスをするように心掛けている。
お金にはならないけど、これも大事な仕事だ。
それでもラチがあかない場合は出動となる。

この案件も電話アドバイスだけでは片付かなかったので、現場まで出向いた。
豪邸とまではいかなかったけど、そこそこ大きな家で築年数も浅かった。
依頼者一家は、主の仕事の都合で二年間海外に行っていたらしい。
社会的地位が高いことを自負しているようだった。
依頼者は世間話をしたくてウズウズしており、消臭作業に関係ない自慢話を延々と聞かされそうになった。
他人の自慢話を聞くのが苦手な私は、依頼者が脱線させる話を元に戻すということを繰り返しながら、状況を把握した。

聞くところによると、二年の海外暮らしから久し振りに帰った我が家の中は既に悪臭が充満していたとのこと。
家を空けている間、管理業者に庭の手入れと窓開け・空気の入れ替えを依頼していたらしかった。
しかし、その業者が契約を誠実に履行していたかどうかは怪しいものだった。

窓を開けて風を通したり、市販の消臭剤を多用したりすると一時的に悪臭は緩和されるが、またしばらくすると匂ってくるらしかった。
この状態はよくあるパターン。

私はまず、悪臭の根源を特定する必要があった。
肝心の臭いは、程度は軽いものの人間の腐乱臭に似ていた。
仮にも人間の腐敗臭だったら問題が大きいので、確信(責任)が持てるまでは具体的なコメントは控えておいた。

そして、匂いの元を犬のように鼻を動かしながら探した。
部屋の中にはそれらしきモノは見当たらない。外も同様。
どうも床下が怪しかった。
「床下に白骨死体でもあったら・・・」
そう思ったら急に動悸がしはじめた。

床下を見たかったが、どうやって見ればいいのか分からなかった。
外に出て床下に入れそうな所を探した。
通気口が何箇所があったが、とても私が通れる大きさではなかった。
ただ、その通気口から漂う悪臭は部屋の中より濃いもので、匂いの根源が床下にあることはほぼ特定できた。

さて、次はどうやって床下に潜るか。
幸いなことに、家人が長期不在だったために和室の畳は上げられたままになっており、依頼者の承諾をとって床板の一部を剥がした。
そして、首だけ床下に入れて懐中電灯で周辺を照らしてみた。
可能性は低いながらも「死体があるかも・・・」と思ったら、おのずと緊張してきた。
しかし、そこからは悪臭源らしきモノは何も見えなかった。
それどころか、コンクリートでできた床下基礎部分は間取りに合わせて仕切られており、一箇所から全体を見渡すことは不可能だった。
「やっぱ、潜んないとダメか」
全く気が進まなかったけど、暗くて狭くて臭い床下に潜るハメになってしまった私。

※作業手順の説明が続いて話がつまらなくなってきたのでこの辺でショートカットする。

私はリビングの床下に動物の死骸を発見した。
その大きさと骨格から、犬らしいことが分かった。
とりあえず人間じゃなくて、ちょっと緊張が緩んだ。
ただ、外で見ると大したことなさそうな死骸でも暗くて狭い床下で見るとかなり不気味だった。とっくに腐乱してウジもたかっていたし。

どこかの犬が床下で死んでいることを知った依頼者はとても迷惑そうな顔になり、すぐに清掃を依頼してきた。

骨を拾い、コンクリートに広がった毛と肉を削り・・・何とか清掃作業を完了させた私は「何かの手掛かりになれば」と、ビニール袋に入れた汚れた首輪を依頼者に見せた。
気味悪そうに眺める依頼者。
少しして、その表情が変わった。
依頼者は、何度もその首輪を確認し驚嘆した。
それは、海外赴任の前に飼っていた犬の首輪らしかった。

買うと高いブランド犬だったらしく、夫の海外赴任が決まってからペットショップに引き取ってもらったらしい。
しかし、そのペットショップがこの犬の面倒をキチンとみたかどうか、こうなってみたら怪しいものだった。

元飼犬が何故、自宅の床下で死んでいるのか全く見当もつかない様子の依頼者。
ペットショップに引き渡して以降のことも関知していないらしかった。
これはこれで、「結構冷たいなぁ」と思った私。
新しい飼主に捨てられたのか脱走したのか分からないけど、どちらにしろ、その犬がこの家に戻って死んだことには変わりはなかった。

犬は何を思ってこの家に戻って来たのだろうか(ただの帰省本能って野暮なことは言いっこなし)。
そして、何故死ぬまでここに居続けたのだろうか。
そんな事を考えると、私は手に持った汚物袋を撫でてやりたくなった。
依頼者も何か思うところがあったのか急に物静かになり、最後も丁重に私を見送ってくれた。

人間は誰(何)かを裏切れる生き物。
犬は裏切ることを知らない生き物。
「三日の恩は三年忘れない」と聞いたことがある。
一体、どっちがまっとうな生き物か。

安っぽいノーブランド人間だけど、少しは私もまっとうに生きてみたいものである。

街を徘徊する野良犬、道端に転がる轢死体が、今日も何かを訴え掛けている。

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