特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
俺の靴、世の靴
身の回りには色々な靴がある。
色んな仕事に、色んな靴がある。
私は、仕事用に三種類の靴を使っている。
一つは遺体処置と遺体搬送用で、黒い革靴。
ホワイトカラーのビジネスマンが履いているような、一般的な靴だ。
もう二つは特掃用の靴だ。
安全靴タイプ(紺)とスニーカータイプ(黒)の二つ。
手袋と違って、靴は使い捨てにはしない。
たまに消臭剤やエタノールをかけたり、そして、すご~くたまに洗ったりしながら使っている。
そんな特掃靴を、私は時々可哀相に思うことがある。
察してもらえる通り、特掃靴を履いて行く先は、並の場所ではないからね。
見積の時も作業の時も、容赦なく腐敗液の上を歩く。
ウジも潰すし、ハエも踏む。
靴が腐敗粘土に埋もれてしまうことも日常茶飯事。
私は、現場に行く度に思う。
「うわぁ・・・靴がヤバイことになっちゃったなぁ」
「この現場が終わったら、この靴ともサヨナラだな」
でも、作業が終わってみると、「次の仕事を最後にしよう」と思い直す。
情を持っている訳ではないのだが、私の靴は、どんな現場でも一番先に最前線へ突入していく、頼りになる有能な隊員。
まっ先に、しかも誰よりもヒドク汚れるイヤな役回りだ。
そんな靴を簡単に捨てることはできない。
結局、そんなことの繰り返しで、汚い靴を履き続けている。
物を大切にするのはいいことだしね。
思えば、靴によって助けられていることってたくさんある。
靴が汚れてくれるお陰で私の足は汚れないで済むし、靴が痛んでくれるお陰で私の足は痛まないで済む。
承知の通り、私が遭遇する汚れはハンパじゃない。
もし、店に売られている靴に買い手を選ぶ権利があったら、どの靴も私に買われることを拒むだろう。
無理矢理にでも買っさらっていこうものなら、靴は勝手に逃げてしまうかもしれない(靴だけに、逃げ足は速そうだね)。
私に買われた靴は災難だ。
金のため自分のためとは言え、私は世の靴みたいな役割をやらせてもらっている(?)。
そうだとすると、誰よりも汚れること、誰よりも汚い目に遭うことが、靴(私)の役割と存在価値(?)。
そう考えると、私の仕事がある故に、汚れなくて済む人がいるということか。
また、痛まなくて済む人がいるということか。
だとすると、少しは気分も軽くなる。
私の記事には、自分や自分の仕事を卑下するような文が少なくない。
その自覚も持っている。
ただ、決して、自己憐憫に陥っている訳でもないし、自分を謙虚な人間だと誤解している訳でもない(と思う)。
また、謙遜な人間になろうとしているのでもなければ、自分を虐めることに快感を覚えるSM嗜好も持っていない(と思う)。
もちろん、同情や理解が欲しい訳でもない(ホントは欲しいのかな?)。
現実を書こうとすると、おのずとそうなってしまう。
私を取り巻く現実に比べれば、これでも控え目に書いているつもり。
一般の人が想像する以上の戦いが、自分の内にあり、外にあるのだ。
ま、私が置かれている現実を少しは知ってもらうことで、それを知った人が何かの実を採ることができれば幸いだと思う。
この仕事をいつまで続けることになるか分からない。
一生やることになるのか、意外に早く止めることになるのか・・・先のことは誰にも分からない。
でも、やっている限りは世の靴になれるように頑張ろうかな。
汚く汚れて、クタクタになって捨てられるまで・・・
・・・できることなら捨てないでー!!