特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分
特殊清掃「戦う男たち」
ダメ男
どんな仕事にも共通することだろうが、私は仕事を通じて色んな人と出会う。
そして、出会う人(正確に言うと死人)の一人一人にドラマがある。
言うまでもなく、腐乱した本人は独居者であることがほとんど。
独り暮しをしていた理由も色々ある。
連れ合いと死別・離婚、生涯独身etc
ある腐乱現場。
狭い路地を入った古いマンションの一室。
電話をしてきたのは年配の男性だった。
そして、現場に現れたのは初老の男女だった。
てっきり夫婦だと思ったが、そんなことは私には関係ないので、あえて尋ねたりもしなかった。
汚染現場はトイレから脱衣場へまたがった入り組んだスペース。
床はビニールクロス。
半分乾きかけたチョコレート色の腐敗液の回りに、透明の脂が広がっていた。
そして、腐敗液に混ざった頭髪にウジが這い回っていた。
ウジって、身体を波うたせながら前に進む生き物。
よ~く見ると不気味(よ~く見なくても不気味か)。
今にもハエに羽化しそうに肥え太ったウジは、白い身体の中に黒ずんだ内蔵が透けて見えた。
更に、警察が遺体を回収する際に残していったであろう汚れが、トイレ・脱衣場の壁と玄関につながる廊下に付着していた。
そんな状況でも、私にとっては軽いものだった。
「どうしても気持ち悪い」「申し訳ない」と、二人とも汚染部分を見ることを拒んだ。
しかし、作業後のトラブルを防ぐために作業前の現場を見ておいてもらうことは、私にとって重要なこと。
でも、モノがモノだけに無理強いはできない。
仕方ないので、紙に現場の見取図を書き、イラストと口答で汚染の状況を伝えた。
男性は、それだけでも気持ちが悪そうにして、口と鼻からハンカチを離さなかった。
その場に女性も居たが、ほとんど黙ったままだった。
そんな状況で見積を済ませ、男性の強い要望でそのまま清掃作業に入った。
最初の電話でも作業の可能性を示唆されており、作業用の装備は整えていたので、問題はなかった。
やはり、完全にきれいにするには、床壁クロス・床板・壁の一部を交換しなければならなかったが、今回はとりあえずの清掃・消臭だけを先にやっておくことになった。
二人には清掃作業が終わるまで、できるだけ腐乱臭の少ない風通しがいい部屋で待ってもらった。
作業時間もそんなに長くかかりそうでもなく、見えない部分の汚染を残していくため、外出したそうにしていた二人に、頼んで現場に居てもらった。
私にとっては軽い汚染、手際よく作業を進めた。
硬くなった腐敗チョコは工具で削りながら、専用洗剤を使ってひたすら汚物を拭き取った。
予想外に腐敗脂が広範囲に広がっていたことと(薄く広がった脂は透明で、目で確認しにくい)、ウジ・頭髪が若干の障害になったものの、想定外のトラブルもなく作業は終盤に入った。
腐敗汚物はなくなったので、二人にも現場を確認してもらった。
やはり二人は、現場を見るのが怖いようだった。
私に促されてトイレ・脱衣場を恐る恐る覗き込んだ。
ほとんどきれいになった現場を見て、「ありがとうございます」と言ってくれた。
そして、「本当は、私達がやるべきだと思ったのですが、どうしてもできなくて・・・」と誰かに詫びるように言い、続いて故人について話を始めた。
私は、仕上げの拭掃除をしながらその話を聞いた。
依頼者の二人は夫婦ではなく、故人の兄姉だった。
故人(女性)は60代前半。端から見ると惨々な人生だったらしい。
戸籍上は独身だった女性だったが、実際はある男と一緒だった。
男性に言わせると、その男はかなりのダメ男だったらしい。
定職・定収がなく、酒・ギャンブルが好きだった。
男がつくった借金を故人が返済するような生活。
時には、故人に暴力を振るうこともあった。
挙げ句の果てに、他に女をつくって出て行ったことも一度や二度じゃない。
それでも、謝って戻って来る男を故人は許していた。
男は、「大きな夢がある」「並の人生じゃつまらない」「いつかは成功してみせる」等と、口では大きな事を言っていた。
男性は妹に、「そんな男とは早く別れろ!」と、何度も説得を試みたとのこと。
しかし故人は、「そうよねぇ」と同意しながらも、結局その男と別れることができなかったらしい。
私は、男に対する憤りと故人を不憫に思う気持ちがでてきた。
私は、思わず作業を手を止めて男性との会話に入り込んでいった。
いつの間にか、私達二人は男に対する批判を熱く語っていた。
ひとしきり男の悪口を言ったところで、女性が口を挟んできた。
「女心は、男には分からないもの」
「○○(故人の名前)は、それでも幸せだったのよ」
女性は更に続けた。
「自分をマトモだと思っている男ほど、実はダメ男だったりするのよねぇ」
女性に一本とられた。
「確かに、女性の言う通りだ」と思った。
私は黙るしかなく、返す言葉が見つからなかった。
ダメ男は自分だった。
どんな人物であれ、男は故人にとってかけがえのない人だったのだろう。
それは、当人達にしか分からなかったこと。
興味はあったけど、それから男がどうなったかは聞かなかった。
ただ、小さな仏壇にあった遺影と位牌が、それを思わせた。
世間の評価ばかり気にして、肝心の人からの評価は気にも留めない・・・
不特定多数の人から受ける評価を気にして、社会や会社から大事にされたいと思いながら空回りしている人は多のではないだろうか。
しかし、広い社会に、本当に自分のことを大事に思ってくれる人はどれだけいるだろうか。
本当に大切にするべきもの(人)は、もっと身近にある(いる)のではないだろうか。
身近な所に目を向けて生きることの大切さを教わった現場だった。