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特殊清掃を扱う専門会社「特殊清掃24時」:特殊清掃「戦う男たち」2006年分

特殊清掃「戦う男たち」

父と息子と老朽ビル

小さな雑居ビルに行った。
「ビル」と言っても低層で、かなりの老朽ぶり。
昭和30年代の建物らしく、かなりレトロな雰囲気だった。

依頼者はその建物のオーナー、中年の男性。
そのビルは、先代の父親から引き継いで所有・管理しているとのこと。
その父親は高齢・病弱で入院中。
「多分、生きては退院できないだろう」とのことだった。

私が依頼されたことは、臭いを嗅ぐことだった。
他の入居者から「変な臭いがする」と、大家である男性にクレームが入ったらしい。

私は、人に比べて格段に嗅覚が優れているわけではないと思う。
ただ、違うことと言えば、一般の人が知らない臭いを知っていることくらい。
「一般の人が知らない臭い」とは、死体の悪臭と私の足の刺激臭のこと。

話が脱線するが、五本指ソックスをこの前初めて買って履いてみた。
足ムレ対策には効果がありそうなんだけど、脱ぎ履きが面倒で私的には本格導入にはならなそう(くだらない話だね、ゴメン)。

私は、男性と一緒に連れられて上階の空部屋に入った。
その昔、男性が子供の頃に家族と暮らしていた部屋らしかった。
さすがにオーナーの部屋らしく、見晴らしがよく広い間取りだった。
しかし、老朽化は否めなかった。
古びた部屋はホコリっぽくて、以降は入居する人を募集しないとのこと。

窓が開いているせいか、部屋に入っても特に異臭はしない。
男性は窓を閉めながら、「しばらくジッとしていて下さい」と言うので、その指示に従った。
すると、しばらくしてプ~ンと変な臭いがしてきた。

「この臭いが分かりますか?」
「・・・分かります」
「じゃぁ、これが 何の臭いでどこから臭うか分かりませんか?」
「んー・・・多分、猫やネズミなどの小動物の死骸じゃないでしょうか」
「そうですか!」
「ただ、それが床下にいるのか天井裏にいるのかは、それぞれを解体してみないと分かりませんが」
「んー、解体ですかぁ」

男性は、大掛かりなことはしたくなさそうだった。
近いうちに取り壊す予定のビルに、今更、余計な費用をかけたくないみたい。
周辺は再開発の波に押されており、男性は、すぐにでもこのビルを取り壊したいようだった。
しかし、それに反対しているのが先代、入院中の父親だった。

父親は、「自分が死んだ後は好きなようにしていいから、生きているうちにビルは壊さないでほしい」と懇願しているらしかった。

不動産は、タイミングによっては莫大な金に化ける。
再開発の波に乗り遅れたら、大きな利益を逃すことにもなりかねない。
しかし、先代が存命中は手出しができない。

父親の長生きを願いたい気持ちと、ビルを取り壊したい気持ちの間で、男性は悩んでいるようだった。

「どうせ親父は病院から出られない身体なんだから、ウソをついて取り壊すことも考えたんだけど、金のために、老い先短い親父を騙すようなまねをしちゃ、人間失格のような気がしてね・・・」
「あと、このビルを壊したら、親父も死んじゃうような気もするしね・・・」

私は黙って聞いていた。
「床と天井を解体すれば何とかなりますか?」
「ええ、何とかします」
「じゃ、お願いするかなぁ」

後日、天井と床を解体した。
案の定、そこには何匹かのネズミの死骸とたくさんの糞があった。
干からびたネズミの死骸くらい、なんてことない。
さっさと片付けた。

でてきたモノのほとんどは塵とホコリだったが、その中に妙なモノを見つけた。
拾ってみると、それは人間の歯のようだった。

私はギョッ!とした。
「なんでこんな所に歯があるんだ?」
数えてみると、何本かあった人間の歯・・・。

廃材やネズミと一緒に捨ててしまおうかと思ったが、念のため男性に確認してもらことにして保管しておいた。

更に後日。
私は、男性と現場で待ち合わせた。
そして、天井裏と床下から歯がでてきたことを伝えた。
最初は驚いた男性だったが、そのうち笑顔に変わり、それから少しして神妙な表情に変わった。

「その歯、あります?」私は、とっておいた歯を渡した。
「・・・これは私の歯、正確に言うと私の乳歯です」
「私が子供の頃、親父と一緒に捨てたんですよ」
「懐かしいなぁ・・・父さん・・・」
男性は、手の平で歯を転がしながら、泣きそうに笑っていた。

「???」
何か、男性と父親には、この歯にまつわる楽しい思い出があるみたいだった。
私は、訳が分からないまま、男性につられて笑うしかなかった。

そして、男性は言った。
「親父が死ぬまでは、このビルはきれいに管理することに決めた!」
「新しい天井と床を注文しますよ」

この男性と父親と老朽ビルの、残り少ない時間を想いながら、リフォーム工事の算段をする私だった。

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